侮れない睡眠不足。
睡眠の重要性と
解消法とは?

睡眠不足はよくあることだと思っていませんか。侮るなかれ、睡眠不足は実は想像以上に体に負担をかけているのです。
心や体の不調、仕事上の失敗、不注意によるミス、予期せぬ事故――これらは睡眠不足が原因かもしれません。
そこで今回は睡眠不足に潜むリスクや、睡眠不足に陥っているサイン、解消法をご紹介します。

監修:渡辺 恭良 先生(理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム)

そもそも睡眠不足とは?

睡眠不足はどのような状態?

睡眠不足とは、自分にとって必要な睡眠がとれていない状態を指します。
必要な睡眠時間は人それぞれで個人差がありますが、日本人の成人の場合は6〜8時間くらいが妥当ではないかと考えられています。米国の国立睡眠財団では、26〜64歳の推奨睡眠時間は7〜9時間とされており、一概には決められないようです。
睡眠不足は必要な睡眠時間がとれない場合のほか、睡眠の質(深さ)や規則的な睡眠リズムに問題がある場合も引き起こされます。

睡眠の重要性

睡眠は心と体の疲労回復にとても重要な生理現象で、すべての人の心身の健康に直結しています。
例えば、脳の働きは睡眠の影響を大きく受けます。脳の重量は体重の2%程度ですが、脳が消費するエネルギーは体全体の20%にも及びます。そのエネルギーはほとんどをブドウ糖に依存しており、脳は全身が必要とするブドウ糖の量の約25%を使っているといわれています。
ところが、眠らずに覚醒を続けると脳はブドウ糖をエネルギーとして上手に利用できなくなり、脳の神経細胞が疲弊して働きにくくなってしまうのです。
この状態を回復するのが睡眠です。ラットでの実験では、5日間眠らないにことによって低下したブドウ糖の利用能力は、わずか1日の睡眠で正常近くにまで回復することが分かっています。人の場合は、回復にもっと時間がかかりますが、それにしても、驚くべき回復能力が睡眠の持つ本質的な機能であることが示唆されます。

睡眠不足のサイン

日中に眠気をもよおすのは睡眠不足のサインです。特に午前中の眠気がこれにあたります。昼食後に眠くなることがありますが、これは体内時計(体温やホルモン分泌など体の基本的な機能は約24時間のリズムを示すこと)による生理的な眠気だといわれています。
日常生活の中で「仕事が進まない」「学習が思うようにいかない」「いつもはしないミスが多い」のような些細な変化を感じたら、それは睡眠不足のサインかもしれません。
睡眠不足の疑いがある時は、前の晩の睡眠時間とその質を振り返ってみましょう。平日と休日の睡眠時間を比べてみるのも有効です。休日の睡眠時間が平日に比べて長い場合は慢性的な睡眠不足の可能性があります。

睡眠不足で起こる身体への影響

疲労感の増幅

眠気を催すメカニズムの1つに、起きている時間に蓄積された疲労から生じる「睡眠欲求」があります。睡眠欲求は目覚めている時間が長いほど強くなります。例えば徹夜などで目覚めている時間が長い場合、普段寝つきの悪い人でもすぐに眠りに入ることができます。睡眠が足りずにこの睡眠欲求が満たされないと、脳も体も十分な休息をとることができず、蓄積した疲労が残り疲労感が増幅されていきます。

さまざまな疾患の原因に

睡眠不足に陥っている人は、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症、心疾患、脳血管疾患など生活習慣病になる危険性が高いことがわかっています。例えば、高血圧で治療を受けている人の約30%、糖尿病の人の約37%に不眠があると報告されています。また、うつ病などの精神疾患とも非常に深く関係しているといわれています。うつ病の初期症状は、睡眠の質の低下や不眠がほとんどです。
そして睡眠不足だけではなく、睡眠の質の低下は疾患の原因になることがあります。例えば、多くの慢性疲労症候群(CFS)※の人に睡眠の質の低下が見られます。健康な人は睡眠時に副交感神経が優位になるところ、慢性疲労症候群の人は優位にならず、十分な睡眠時間を確保しても質の高い睡眠が得られず、疲労が慢性化してしまうものと考えられています。

※慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome:CFS):生活が著しく損なわれるほどの強い全身倦怠感、微熱、リンパ節腫脹、頭痛、筋力低下、睡眠障害、思考力・集中力低下などが休養しても回復せず、少なくとも6ヵ月以上の長期にわたって症状が続く疾患。

ストレスの増加

習慣化された就寝時刻が近づくと、脳は徐々にリラックスした状態に移り、やがて睡眠に入っていきます。脳の疲労は睡眠によって回復します。そのため、十分な睡眠が取れないと、脳の疲労が蓄積され、イライラをはじめとする気分や情動の不安定など、ストレスを伴う健康障害が起こりやすくなります。

認知機能の低下

睡眠不足によって脳の疲労が蓄積されると、集中力・記憶力・思考力も低下します。これらの認知機能は心の健康を保つ上でも重要です。
健康な人を対象にした研究では、睡眠不足の状態になると、不安や抑うつ、被害妄想などが発生・悪化するとともに、認知機能が低下することが認められています。これは仕事や学習においては効率の悪化やミスの発生がつながりかねません。

太りやすくなる

いくつかの研究で睡眠不足によって肥満になりやすくなることも判明しています。
睡眠時間の短い状態が続くと、食事や運動などの生活習慣の乱れを引き起こし、結果太りやすくなるというメカニズムが考えられています。また睡眠不足で、食欲を促進するホルモン・グレリンが増加、食欲抑制作用のあるホルモン・レプチンの分泌は減少します。さらに食事摂取の増加と内臓脂肪の増加にも関与する、ストレスホルモンのコルチゾールの分泌も増加してしまいます。これらホルモンの分泌量の変化により、エネルギー源の摂取量が増え、運動などによるエネルギー利用が十分でないと(エネルギー源の消費が十分でないと)エネルギー源を蓄積脂肪に変えることになり、体重増加につながってしまうのです。

睡眠不足解消法

食生活

睡眠不足にならないためには、食生活も非常に大切です。次のような食生活を心がけましょう。

●朝食を食べる
簡単なものでもよいので栄養バランスを考えて、とるようにしましょう。朝の目覚めを促し、睡眠と覚醒のリズムにメリハリをつけることができます。

●カフェインを摂取するなら就寝3〜4時間前までに
カフェインには覚醒作用があり、寝付きを悪くしたり、眠りを浅くする恐れがあります。また利尿作用があり、夜中に目が覚める原因にも。摂取する場合は就寝3〜4時間前までに。カフェインに弱い人は、午後3時以降カフェイン摂取を控えたほうが良いでしょう。

●寝酒は控える
アルコールは寝付きを促進するものの、一時的な効果です。カフェイン同様、寝ている途中で覚醒することが増え、眠りが浅くなり、熟睡感が得られなくなってしまいます。

●寝る前に夜食は食べない
消化活動が入眠を妨げるので避けましょう。ただ、ほんの少量のチョコレートなどは睡眠にも良いと考えられています。いつも寝ている時間に食事をとると体内時計が乱れてしまいます。

●睡眠の質向上に期待できる栄養素をとる
質の良い睡眠のために、栄養も意識しましょう。睡眠によいとされる栄養素とその栄養素を多く含む食品をご紹介します。

睡眠の質向上に期待できる栄養素

働き 含まれている食材
ビタミンB1 糖質をエネルギーに変える際に必要。不足すると糖質をエネルギー源としている脳や神経に影響を及ぼす 豚肉、うなぎ、玄米、豆類など
ビタミンB2 脂質の代謝を促進し、エネルギーを産生し疲労回復に役立つ レバー、納豆、卵、のり、チーズなど
ビタミンB6 睡眠の開始やノンレム睡眠※の中でも深い睡眠を調整するセロトニンの合成に関わる マグロ、カツオ、ヒレ肉(牛・豚)、バナナなど
カルシウム 興奮している神経を鎮静化する効果がある 大豆、枝豆、いわし、牛乳、チーズなど
マグネシウム 筋肉の収縮を制御し、緊張した体を緩和させ、リラックスさせる 青のり、わかめ、昆布、ピーナッツ、玄米、大豆など
アミノ酸グリシン 寝付き、眠りの深さ、睡眠の満足感、日中の眠気などに関与する 豚肉、ホタテ(煮干し)、するめ、大豆など
アミノ酸トリプトファン 眠り・癒しに必須のセロトニンの原料となるほか、セロトニンからさらに、「体内時計ホルモン」として睡眠・覚醒のリズムを生み出すメラトニンも作る 牛乳、ナッツ、マグロ、鶏肉など

※睡眠は「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」という質的に異なる2つの眠りで構成されており、一般に、脳(心)の疲労はノンレム睡眠のときに、体の疲労は双方の睡眠で、特にレム睡眠のときに回復するといわれています。
注:これらの栄養素の中には過剰摂取のリスクにより摂取上限量が設けられているものがあります。

上記の表のビタミンB1は不足しがちです。水溶性なので調理工程で失われやすく、また体内に吸収されにくいという性質があるためです。日本人の毎日のビタミンB1摂取量の統計では、潜在的に不足しているヒトが大部分であると考えられています。とくに、若年層に摂取不足が多いという統計もあります。

そんな時はビタミンB1の弱点を改良し、以下のような特徴を持つビタミンB1誘導体「フルスルチアミン」をビタミン剤から補給するのも手段の一つです。

[特徴1]ビタミンB1に比べて小腸などの消化管からの吸収がすぐれている。
[特徴2]筋肉や神経などの組織へよく移行する。
[特徴3]エネルギーの産生を助け、神経などの働きを正常に保つ補酵素「活性型ビタミンB1」に多く体内で変換される。

睡眠リズム

人には1日(約24時間)周期でリズムを刻む「体内時計」の働きにより、人は夜になると自然な眠りに導かれます。
そのため、平日や週末に関わらず、同じ時刻に起床・就床する習慣を身に付けることが重要です。週末の夜ふかしや休日の寝坊、昼寝のしすぎは体内時計の乱れに繋がるので注意しましょう。
ただし、必要な睡眠時間には個人差があるので、こだわる必要はありません。「◯◯時間眠りたい」といった目標は立てない方が望ましいのです。
また、寝床に入ったものの眠くならない場合もあるかと思います。寝床にいる時間が長すぎると熟眠感が減ってしまうので、そういうときは思い切って寝床から出た方がよいでしょう。

光の活用

体内時計は毎朝光を浴びることでリセットされ、一定のリズムを刻みます。体内時計の周期は24時間より長いため、それを毎日早める必要があります。朝の光には後ろにずれる体内時計を早める作用があるのです。朝起きたら、まずはカーテンや雨戸を開け、自然の光を部屋の中に取り込みましょう。
反対に夜の光には体内時計を遅らせる力があります。夜に強い照明を浴びすぎると、体内時計が遅れ早起きが辛くなり、睡眠に悪影響が出るので注意してください。

運動習慣

適度な運動は寝付きを良くし、寝ている途中で覚醒することを減らし、睡眠の質を高めます。1回の運動だけでは効果が弱いので、習慣的に続けることが大切です。運動のタイミングとして効果的なのは夕方から夜(就寝の約3時間前)がよいといわれています。
負担が少なく長続きするような、早足の散歩、軽いジョギング、ストレッチなどの有酸素運動で軽く汗ばむ程度のものが効果的です。
ただし、就寝直前の運動は体を興奮させてしまうので避けましょう。

昼寝

毎日一定のリズムで生活を送り、十分な睡眠をとれることが理想ですが、仕事や所用などで夜間に必要な睡眠がとれないこともあるかと思います。そんな時は午後の早めの時間に昼寝をしてみましょう。長く寝すぎると目覚めの悪さが生じてしまうので、短時間(30分以内)を心がけてください。

自分に合うリラックス法

質の高い眠りにとってストレスは大敵です。寝る前に「リラックスタイム」を設けて気分転換をはかり、心と体の緊張をほぐしましょう。
好きな音楽を聴く、軽めの読書、ぬるめのお風呂にゆっくり入る、好きな香りに包まれる…など、自分に合ったリラックス法を見つけてみてくださいね。

睡眠不足は油断大敵!少しずつでも改善を

私たちの生活には、睡眠不足に陥ってしまう多くの要因があります。睡眠不足になりやすいのが現代の生活といえるかもしれません。
睡眠不足の原因はストレスや生活の乱れだけではありません。体や心の病気、薬や刺激物の服用・摂取、寝室の騒音、光、音などの不適切な環境などさまざまなです。これら睡眠不足をもたらす要因を一つずつ取り除き、十分な睡眠ができる生活環境を少しずつ整えていきましょう。
努力しても睡眠不足が改善しない場合は、早めに医療機関に相談しましょう。

参考文献

・渡辺恭良ほか「おもしろサイエンス 疲労と回復の科学」日刊工業新聞社(2018)
・厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」
(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf)
・厚生労働省「健康寿命をのばそう SMART LIFE PROJECT」
(https://www.smartlife.mhlw.go.jp/minna/sleep/kenkou)