監修
田中 清 先生 (静岡県立総合病院リサーチサポートセンター 臨床研究部長、日本ビタミン学会 理事)
健康寿命とは、世界保健機関(WHO)が2000年に新たに提唱した概念で「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」「自分が健康であると自覚している期間」を指します。
高齢者の健康について、「平均何歳まで生きられるか」という平均寿命が注目されてきましたが、「平均何歳まで健康に生きられるか」も重視しようという訳です。「健康かどうか」については主観を重視して評価します。
平均寿命と健康寿命の差が縮まれば、病気や要介護、寝たきりなどにより「不健康な状態で過ごす期間」が短くなり、人生・生活の質(QOL)が高まります。
出典:厚生労働省 第16回健康日本21(第二次)推進専門委員会 資料を参考に作成
上記のグラフは、近年の平均寿命と健康寿命の推移です。健康寿命は延びていますが、平均寿命も同じように延びています。2016年をみると、平均寿命と健康寿命の差は、男性で平均8.8歳、女性で平均12.4歳、寿命を全うするまでに「不健康な状態で生きる期間」が存在することになります。現在のところ、統計を取り始めた2001年から大きな変化はありません。
健康寿命を延ばすために重要なのは、栄養・食生活と運動習慣による生活習慣病対策です。
炭水化物・脂質・タンパク質・無機質(ミネラル)とともに五大栄養素の一つに数えられる、人体に必要不可欠な栄養素がビタミンです。
ビタミンは大きく以下の2種類に分けられます。
水溶性ビタミン/9種類 | 脂溶性ビタミン/4種類 | |
主な働き | 代謝を助ける | 機能を正常に保つ |
特徴 | 水に溶けやすい | 水に溶けにくい |
該当するビタミン | ビタミンB1・B2・ナイアシン・B6・葉酸・B12、パントテン酸、ビオチン、ビタミンC※1 | ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK |
※1 ナイアシン、葉酸、パントテン酸、ビオチンはビタミンB群の一種です。ナイアシンはニコチン酸アミドとニコチン酸の総称です。
生きていく上で欠かせないエネルギー産生など、体内で起こる物質の合成や分解をする代謝(化学反応)をサポートしたり、人体の機能を正常に保つ働きを担っています。
このように“潤滑油”のような働きがあるビタミンですが、体内でほとんどつくることができない※2ため、基本的には食事から摂取する必要があります。
ただし食材の保存の仕方や調理によって壊れやすい、また年齢を重ねると食事量が減少しやすい、などの理由から不足しやすい栄養素になります。
食事からのみでは不安、あるいは足りない場合には医薬品やサプリメントで補給することが良いでしょう。
※2ビタミンDは日光を浴びると皮膚で産生され、またナイアシンは必須アミノ酸のトリプトファンから体内で合成されますが、食品や医薬品、サプリメントなどからの摂取も重要であるため、ビタミンに分類されています。
各ビタミンの働きの詳しい情報はこちら
健康寿命を延ばし、不健康な状態で過ごす期間を短くするためには、介護が必要になる状態をできるだけ防ぐ必要があります。
健康的な生活を送ることができなくなる原因(介護が必要となった主な原因)として、認知症、脳血管疾患(脳卒中)、高齢による衰弱、骨折・転倒、関節疾患、心疾患が上位を占めています。
これらの病気や症状には、ビタミン不足が関与している場合があります。詳細は後ほど解説します。
ビタミンが重度に不足し「欠乏」状態になると、特徴的な症状が現れ、病気と発覚するものの、軽度の「不足」状態では目立った症状が現れないことが多く、徐々に体を蝕んでいくのです。
たかがビタミン不足、と甘くみてはいけません。
前述で健康的な生活を送ることができなくなる原因として挙げた病気や症状は、ビタミン不足が関与している場合があります。
ここでは、病気や症状の概要を確認し、それぞれの病気や症状に影響するビタミンの摂取・充足状況についても「令和元年 国民健康・栄養調査」と「日本人の食事摂取基準(2020年版)」を基に見ていきましょう。
心不全は、血液を送り出す心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液を送れなくなってしまった状態です。心筋梗塞・心筋症・弁膜症・不整脈・高血圧などが原因となって生じ、息切れ・むくみ・体重の増加をはじめ全身にさまざまな症状を引き起こします。
心不全を引き起こす危険因子は、原因で挙げた病気・症状だけでなく、多岐にわたります。各臓器から分泌されるホルモンのバランス、代謝・炎症に関連した病気、薬剤や化学物質、栄養障害など心臓以外に危険因子が存在する場合もあるので、注意が必要です。
ここでは、栄養障害に着目してみましょう。具体的には、ビタミンB1の欠乏が挙げられます。理由の一つとして、心不全の治療に使われる利尿薬によってビタミンB1を含む水溶性ビタミンが失われやすいという問題点があるためです。また、ビタミンB1が欠乏すると心不全を悪化させることも報告されています。※1
さらに近年では、ビタミンB1の軽度の不足でも高齢者における心不全のリスクになることが示唆されており、研究が進められています。※2
そんなビタミンB1の摂取状況ですが、65~74歳の1日あたりの平均摂取量・推奨量は以下の通りで男女ともに推奨量を下回っています。
平均摂取量 | 推奨量 | |
ビタミンB1 | 男性1.05mg 女性0.97mg |
男性1.3mg 女性1.1mg |
※1 中屋 豊:HEART’s Selection48(11), 2016:1251-1255.
※2 田中清,青未空:ビタミン92(11), 2018 :516-517.
脳血管疾患は、脳の血管の異常(出血・閉塞など)によって脳細胞が損傷を受ける病気の総称です。脳血管疾患を招く代表的な原因として、動脈硬化が挙げられます。
動脈硬化は、動脈の血管が硬くなって弾力性が失われた状態です。動脈硬化が進むと、血栓が生じたりして血管が詰まりやすくなり、脳血管疾患以外にも、心筋梗塞などを引き起こします。
動脈硬化の危険因子は高血圧・血中の脂質異常・糖尿病・加齢・喫煙・肥満・運動不足・ストレス・偏った食生活・嗜好品などさまざまです。
これらのほかに、血中のホモシステイン濃度の高さが危険因子となる場合があります。ホモシステインは、必須アミノ酸のメチオニンの代謝から生成される副産物で、動脈硬化促進作用や血栓形成刺激作用があるアミノ酸の一種です。葉酸・ビタミンB6・ビタミンB12のビタミンB群がこのホモシステイン濃度を低下させるとされています。
また、ビタミンA・C・Eなどの抗酸化ビタミン、体内でビタミンAに変換されるβ-カロテンなども、動脈硬化対策に重要です。
そんな各ビタミンの摂取状況ですが、65~74歳の1日あたりの平均摂取量・推奨量は以下の通りで、ビタミンAを除いたビタミンは男女ともに推奨量を満たしていますが、ビタミンAは男女ともに推奨量を下回っています。
平均摂取量 | 推奨量/目安量※3 | |
葉酸 | 男性350㎍ 女性351㎍ |
男女ともに240㎍ |
ビタミンB6 | 男性1.43mg 女性1.31mg |
男性1.4mg 女性1.1mg |
ビタミンB12 | 男性1.43mg 女性1.31mg |
男女ともに2.4㎍ |
ビタミンA | 男性594㎍RAE 女性632㎍RAE |
男性850㎍RAE 女性700㎍RAE |
ビタミンC | 男性117mg 女性136mg |
男女ともに100mg |
ビタミンE | 男性7.9mg 女性7.6mg |
男性7.0mg 女性6.5mg※3 |
※3 ビタミンEの欠乏症に関する研究データが乏しいため、推奨ではなく目安量の設定
骨粗鬆症は、骨強度(骨の強さ)が低下して、骨折しやすくなる病気です。日本にはすでに1000万人以上の患者がいるとされ、人口の高齢化にともなって患者数は増加傾向にあります。圧倒的に女性(とくに閉経後)に多い病気です。
骨粗鬆症の危険因子は、加齢や性別、食事や運動などの生活習慣が挙げられますが、ここでは食事、栄養面について説明します。
骨粗鬆症は、カルシウムはもちろん、カルシウムの吸収を促進するビタミンD、骨へのカルシウムの取り込みを助けるビタミンKの不足が大きく関与します。特にビタミンDは若い頃から不足すると、閉経後や高齢になった際に骨粗鬆症を生じやすくなるのです。
そんなビタミンD、Kの摂取状況ですが、1日あたりの平均摂取量と目安量は以下の通りです。ビタミンDは65~74歳の女性で目安量※4をやや下回っています。またビタミンKは一見十分に摂取できていますが、実は骨折予防のためには250~300μgが必要とされています。
さらにビタミンDに関しては、若い頃からの不足が課題という点で、15~29歳の男女は目安量を大きく下回り、将来的に骨粗鬆症のリスクが高まる可能性があります。
※4 ビタミンDは日光を浴びると皮膚で産生され、必要量を科学的に割り出すことが困難であることから、目安量のみが設定されています。
平均摂取量 | 目安量※5 | |
ビタミンD | <65~74歳> 男性9.5㎍ 女性8.3㎍ |
男性8.5~9.0㎍※6 女性8.5㎍ |
<15~19歳> 男性5.9㎍ 女性5.3㎍ |
||
<20~29歳> 男性5.9㎍ 女性4.6㎍ |
||
ビタミンK | 男性297㎍ 女性288㎍ |
男女ともに150㎍ |
※5 ほとんどの人に不足状態がみられない 1 日当たりの量(推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に算定される)
※6 15~17歳のみ9.0㎍
フレイルとは「加齢により心身が老い衰えた状態」を指し、一般的に以下の3項目以上が該当すると、フレイルだと判断されます。
フレイルは精神・心理的または社会的な面も含む概念ですが、それとは別に、加齢による筋肉量の減少および筋力の低下を示すサルコペニアという状態もあり、こちらは2016年に国際疾病分類に登録され、疾病と位置付けられています。
フレイルやサルコペニアに陥ると、身体能力の低下や精神的・社会的機能の低下などが生じ、さまざまな病気にかかりやすくなり、死亡率が上昇してしまうのです。
フレイルはさまざまな要因によって生じますが、主には生活習慣病などの病気と加齢が挙げられます。他に喫煙、うつ、孤立、さらに食事・栄養面なども影響を及ぼします。
食事・栄養面ではビタミンDの不足に注意しましょう。ビタミンDは筋肉や骨の健康を保つ働きがあるため、不足するとフレイルやサルコペニアといった状態に陥る可能性があります。ビタミンDの65~74歳の摂取状況は前述で解説した通り、女性が目安量をやや下回っています。
関節疾患は、骨と骨を繫ぐ関節部分に生じる疾患の総称です。高齢者に多いのは、加齢にともない徐々に関節が変形したり、関節軟骨がすり減って関節に痛みや腫れが生じる変形性関節症です。60代以上の80%以上が該当するとされています。
変形性関節症の患者数は年齢とともに増加し、特に変形性膝関節症、変形性股関節症(約9割が女性)が多くなります。体重を支える膝関節、股関節などに症状が出ると、日常生活に支障が出やすい状態に。
主に加齢による関節周りの変化、体重増加や運動のし過ぎなどによる機械的刺激や、感染症による炎症の刺激などが加わることで進行します。
これらに加え、ビタミンDの欠乏が発症や症状悪化に関わるという報告があります(今のところ投与による効果ははっきりしていません)。また、関節痛に対しては、末梢神経の修復に関与するビタミンB群の摂取が勧められます。
そんな各ビタミンの摂取状況について、1日あたりの65~74歳の平均摂取量・推奨量は前述の通りですが、女性はビタミンD、ビタミンB群いずれも推奨量より下回っているので注意しましょう。男性はビタミンB群に属するビタミンB1・ビタミンB12が下回っています。
膝の痛みの詳しい情報はこちら
認知症は、脳の病気や障害などのさまざまな原因により、認知機能が低下して日常生活全般に支障が生じる状態をいいます。日本における65歳以上の認知症の人の数は約600万人(2020年現在)と推計されています。
主な認知症には、脳神経が変性して一部が萎縮するアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害によって起こる血管性認知症があります。
認知症に陥る主な要因は、冒頭述べた通り、脳の病気や障害ですが、栄養障害も影響を及ぼす可能性があります。
具体例を挙げると、ビタミンEの欠乏です。抗酸化作用をもつビタミンEは、欠乏するとアルツハイマー型認知症の発症と関係するという報告があります。その他にも、いくつかのビタミンの重度の欠乏によって認知機能低下が生じることがあります。
具体的に挙げると、まずはビタミンB1。欠乏すると、錯乱や運動失調、眼の麻痺などの症状を起こすウェルニッケ脳症を発症し、進行すると認知症と同じような記憶力障害や作話などの症状(コルサコフ症候群)が起こります。またビタミンB12の欠乏による認知機能低下も比較的頻度が高いとされています。また、ビタミンDの欠乏によっても認知機能低下が起こるようです。これらのビタミンの欠乏に陥らないことが大切です。毎日の食事を中心にしっかりビタミンを摂るよう意識しましょう。
高齢者は、加齢による身体面、社会・生活面の影響で食欲が失われがちです。下記のような状態が続くと、体力や気力が衰え、買い物や調理さえおっくうになり、食欲不振がますます悪化するという悪循環が生じます。さらにフレイルをはじめ、ビタミンなどの必要な栄養素が不足し、健康に大きな悪影響をもたらしてしまうのです。
・消化機能の低下
胃や腸などの消化に関わる内臓の働きが加齢によって低下し、栄養素が吸収されにくくなります。例えばビタミンB12が挙げられます。加齢にともなう胃酸分泌の低下により、食品からの吸収効率が低くなり不足しやすくなってしまいます。この後に詳しく説明しますが、年齢を重ねると食欲不振にも陥りやすいため、このような場合には食品だけでなくビタミン剤などの活用が有効です。内臓の働きの低下は、胃もたれや便秘などにもつながり、さらに食欲が減退しやすくなるので注意が必要です。
・味覚、嗅覚の低下
味やにおいが分かりにくくなって、食べ物を美味しく感じにくくなります。
・咀嚼(そしゃく)機能の低下
入れ歯や歯周病などによって噛む力が低下し、食事しにくくなります。
・活動性の低下
動くのがおっくうになり、運動量が低下する。その結果、消費エネルギーが少なくなり、食欲の低下を招きます。
・社会活動の低下
友だちと会うといった人との交流の機会が減りがちで、運動量が低下する他、外食の機会も少なくなります。
・孤食の増加
一人暮らしにより、家族で食卓を囲む習慣がなくなると、食べること自体への関心が薄れてしまいます。
食欲がないときは無理をせず、少量でも栄養価の高いものを食べて「量より質」の食事にしたり、食事からの摂取で不足しそうな時はビタミン剤や栄養補助食品を活用して栄養補給することを心がけてください。
参考文献
関連情報
症状・疾患ナビ「食欲不振」
症状・疾患ナビ「関節痛」
症状・疾患ナビ「膝の痛み」
ビタミン・ミネラル事典