監修
橋本 健史先生 (慶應義塾大学スポーツ医学研究センター所長・教授)
アスリートの疲労回復方法として効果的なのが、スポーツ界で広く浸透している「アクティブレスト」です。
アクティブレストとは日本語では「積極的休養」と呼ばれ、「疲れを感じる時こそ、あえて身体を動かすことにより効率的な疲労の回復を促進する休養法」のこと。スポーツやトレーニング後に行うストレッチやランニングなどのクールダウンは、アクティブレストの代表です。
また、栄養面においてアスリートは、エネルギー源となる糖質(炭水化物)や脂質、タンパク質はもちろんのこと、ビタミンやミネラルを一般の人より多く摂取する必要があります。中でもビタミンB1は、炭水化物(糖質)をエネルギーに変換し、疲労回復に関連するため、十分な量を摂取することが大切です。アクティブレストと十分な栄養素の補給で効率的に疲労を回復させ、パフォーマンスの向上につなげましょう。
アスリートのスポーツやトレーニング後の疲労の原因は、エネルギーの不足、脳の疲労、筋肉の痛みや損傷、疲労物質(代謝産物)の蓄積などです。なお、かつては疲労の原因が「乳酸」であると考えられていましたが、これは誤りであることがわかってきました。筋肉が疲れを感じると乳酸が増加するため、長年、乳酸が悪者と捉えられていましたが、乳酸はエネルギーに替えることのできる中間代謝物質です。日々の練習や試合が繰り返し行われるアスリートや、普段からスポーツをする人は、効果的な方法による一刻も早い疲労回復の必要があります。
スポーツやトレーニングにより疲れがたまると生じるリスクとしては、運動パフォーマンスの低下、練習や試合時の集中力などの低下、筋肉の損傷や炎症などが挙げられます。スポーツやトレーニングで激しく身体を動かすことによる疲労は、蓄積させると「慢性疲労」に移行し、疲れが長引きやすくなります。疲労が蓄積する前に効果的な改善策を取り、疲れを取るように努めましょう。
ビタミンB1は「疲労回復ビタミン」とも呼ばれ、疲れを取ることが重要なアスリートには必須の栄養素といえます。スポーツやトレーニングによる疲れの予防や改善のためにも、ビタミンB1を積極的に摂ることをおすすめします。どの食品に多く含まれているのかなど、詳しくは後ほど説明します。
アスリートがスポーツやトレーニング後に続けて行うストレッチは、休息に入る前に身体をクールダウンさせるための重要なプロセスです。ストレッチを行うと血流が改善され、疲労物質の除去や自律神経の調整作用などから疲労回復効果が生じます。また、ストレッチなどの自分の身体に合った負荷の運動は、疲労の蓄積を防ぐだけでなく、ストレスの解消にも効果的です。ストレッチの方法など、詳しくは後ほど説明します。
スポーツやトレーニング後のマッサージは、血流の促進やリラックス作用、自然治癒力の向上をもたらし、効果的な疲労回復へとつながります。マッサージは手を使って身体の各部をさすったり、もんだり、押したりすることが基本。マッサージする場所に合わせて、手の部位(親指のみ、手のひら全体で、手の付け根で…など)を使い分けながら行うとよいでしょう。なおマッサージは運動した当日ではなく、1日経った翌日に行うのがおすすめです。また、マッサージを頻繁に行うとアスリートの自己回復力の低下やマッサージへの依存を招くこともあるため、毎日行うことはおすすめしません。
有酸素運動であるジョギングも、ストレッチと同様にアクティブレストの一種であり、血流の改善効果や自律神経を整える効果によって疲労回復効果をもたらします。しかし、激しすぎる運動は疲れの原因となる活性酸素を生み出し、自律神経を疲れさせてしまいます。疲労回復のためのジョギングは、軽く汗をかく程度で週に数回程度にとどめましょう。
疲労回復効果の高い入浴方法として近年注目を浴びているのが、「温冷交代浴」です。もともとは海外のトップアスリートがよく行う疲労回復法のひとつでした。方法は簡単で、「温かい湯に3分入った後、冷たい水に1分入る」ことを3回繰り返します。それぞれの温度は「温かいほうが40℃を少し超える程度、冷たいほうが20~25℃」を目安にするとよいでしょう。普通に入浴するだけでも疲労回復効果はありますが、身体を動かした直後ではなく、30分後から1時間後の入浴がおすすめです。スポーツやトレーニング後は、まず疲労回復のために筋肉に血液を流すことが理想的です。しかし身体を動かした直後に入浴すると、皮膚の表面が温まって末端の血管が開き、血液が優先的に末端に流れ込んでしまうのです。すると筋肉に十分に血液が行かず、疲労回復が遅れてしまう可能性があります。また、温冷交代浴の注意点として、水分補給を忘れないこと、冷水に浸かる時に急に飛び込むことは避けましょう。血管や心臓に負担をかけてしまい、心筋梗塞や狭心症、脳卒中を起こすこともあります。必ずしも水風呂である必要はなく、シャワーを活用してもよいでしょう。
アスリートはエネルギー消費量が多く、必然的に食物の摂取量が増えるため、多くの栄養素を摂りやすいといえます。そのため、特定の栄養素が極端に不足することは考えにくいのです。しかし、ビタミンB1は身体を動かしてエネルギーの消費量が増えると必要量が増えるため、意識して摂取する必要がある、数少ない栄養素です。
ビタミンB1は炭水化物(糖質)をエネルギーに替える際に必要不可欠な栄養素で、豚肉やウナギなどに多く含まれます。ビタミンB1が不足すると代謝が滞ってしまったり、疲弊した筋肉や全身の細胞の回復が遅れるため、必要十分な量を摂取することが大切です。ビタミンB1が欠乏すると、手足のしびれや倦怠感などの症状が起こる脚気になるおそれがあります。
なお、ケガの療養期間や、体重を減らすために食事摂取量を抑えるなどして栄養素が不足しがちなアスリートは、マルチビタミンやマルチミネラルを摂るほうがよいとされています。
ひとつずつ紹介します。
ひとつずつみていきましょう。
アスリートがスポーツ後にビタミン類などを含む栄養ドリンク(指定医薬部外品)を飲むことは、栄養素の不足を手軽に解消するひとつの方法です。十分なエネルギーの他、不足しがちな栄養素などをバランスよく補給することができ、効率的な疲労回復へとつながります。また、ビタミンB群を配合した医薬品を活用することもよいでしょう。いずれもドリンクやパウチタイプ、錠剤といった剤形があり、目的とする効能や活用したい生活のシーンにあわせて選べることも利点です。
なお、注意点として、医薬品と異なりサプリメントや食品には配合された成分をすべて記載する義務がありません。知らず知らずのうちに禁止薬物を摂取してしまう可能性もあるため、アスリートはドーピング違反のリスクを冒さぬよう、日頃から摂取するものに注意を払う必要があります。アンチドーピング認証を取得した商品を選ぶのもおすすめです。
疲労回復に欠かせないビタミンB1は、ニンニクやニラ、玉ネギなどに多く含まれる「アリシン」という成分と共に摂取することで、「アリチアミン」に変化します。そのアリチアミンは、通常のビタミンB1よりも身体への吸収率がぐっと高まるとされています。食事の際に、ビタミンB1を多く含む豚肉やニンニク、ニラなどを使ったスタミナメニューを取り入れれば、効率よく疲労回復を図ることができます。ビタミンB1を意識して摂取することは、アスリートにとって強力なサポートとなるでしょう。ただし、毎日ビタミンB1が豊富かつアリシンを含むメニューを継続して摂ることは難しいため、アリチアミンの安定性を高めた成分である「フルスルチアミン」(ビタミンB1誘導体)の入った製品の活用もおすすめです。フルスルチアミンはビタミンB1より腸からの吸収がよく、筋肉や神経などの細胞の中で効果を発揮する「活性型ビタミンB1」に変換されます。その作用は疲労の軽減や、神経、筋肉の働きに関与し、機能低下を回復することで肩こりや腰痛などの症状を和らげるといったものです。詳しくは製品ごとに表記されている効能をしっかり確認し、用途にあったものを選ぶとよいでしょう。なお、フルスルチアミンは医薬品成分のため、医薬品(指定医薬部外品を含む)にのみ配合が認められ、サプリメントの成分としては認められていません。
運動後に大切にしたいのが、タンパク質と炭水化物(糖質)の摂取です。かつて「タンパク質は運動後 2時間以内に摂るとよい」といわれていたようですが、最近の研究では必ずしも2時間以内である必要はなく、食事由来のタンパク質も計算に入れながら、1日あたりの必要量が確保できればよいようです。
また、炭水化物は 4時間以内に摂取しましょう。運動で消費されたグリコーゲンの補充のため、血糖値が早く上がるように GI値※が高いものが推奨されます。市販の砂糖が入ったヨーグルト( 180g× 2個)は、タンパク質と糖質の両方を手軽に補給でき便利です。
※GI(Glycemic Index )値:50gの炭水化物(糖質)を摂取した場合の血糖値の上昇の度合いを、ブドウ糖を100として比較し表したもの。
スポーツやトレーニングを行う際、身体の各部を動かすために脳が司令塔の役割を担います。高いパフォーマンスを発揮するためには高い集中力を要することも。そのため脳の疲労は、アスリートの疲労原因のひとつとなります。身体だけでなく脳の疲労にも目を向けて、ストレスと脳の疲れに役立つ食事を摂ることも効率的な疲労回復へとつながります。
これまで、アスリートにとって重要な疲労回復のためにおすすめしたい、さまざまな方法をご紹介してきました。未来のパフォーマンス向上のためには、トレーニングと同じくらい疲労回復にも気を配る必要があります。自分にあった方法で今の疲れをできるだけ早く解消し、次の練習や試合に臨みましょう。