監修
渡辺 恭良 先生 (日本疲労学会 理事長、神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 特命教授、理化学研究所 名誉研究員、Integrated Health Science株式会社 代表取締役CEO)
食品から体に摂り入れる栄養素は、大きく三つの目的で使われます。
ビタミンは主として③の役割を担っています。その中でビタミンB1は、糖質からエネルギーを作り出す過程に不可欠なビタミン。そのため、ビタミンB1が充足されていることでエネルギーを効率よく得られ、抗疲労(疲労を回復する)効果も期待できるのです。また最近は、筋肉の疲労だけでなく、ビタミンB1と脳の疲労の関係、肝臓・腎臓といった臓器の疲労との関連も研究されています。
その他にも、神経の正常な働きを保つためにもビタミンB1は重要で、さらに免疫(腸管免疫)を正常に保つためにも必要とされています。
最適な栄養素の摂取量は一般的に、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」を参考に考えます。それによると、ビタミンB1の必要量はチアミン(ビタミンB1の化学名)として0.35mg/1,000kcal、チアミン塩化物塩酸塩量として0.45mg/1,000kcalであり、それを基に年齢別に以下のような摂取量が示されています。
なお、推定平均必要量とは、日本人の必要量の平均値の推定値のこと、推奨量とは日本人の大半(97~98%)が摂取している量のこと、目安量とは栄養状態を維持するのに十分な量のことです。
■ビタミン B1 の食事摂取基準(mg/日)
性 別 |
男 性 |
女 性 |
||||
年齢等 |
推定平均 |
推奨量 |
目安量 |
推定平均 |
推奨量 |
目安量 |
0 ~ 5 (月) |
─ |
─ |
0.1 |
─ |
─ |
0.1 |
6 ~11(月) |
─ |
─ |
0.2 |
─ |
─ |
0.2 |
1 ~ 2 (歳) |
0.4 |
0.5 |
─ |
0.4 |
0.5 |
─ |
3 ~ 5 (歳) |
0.6 |
0.7 |
─ |
0.6 |
0.7 |
─ |
6 ~ 7 (歳) |
0.7 |
0.8 |
─ |
0.7 |
0.8 |
─ |
8 ~ 9 (歳) |
0.8 |
1.0 |
─ |
0.8 |
0.9 |
─ |
10~11(歳) |
1.0 |
1.2 |
─ |
0.9 |
1.1 |
─ |
12~14(歳) |
1.2 |
1.4 |
─ |
1.1 |
1.3 |
─ |
15~17(歳) |
1.3 |
1.5 |
─ |
1.0 |
1.2 |
─ |
18~29(歳) |
1.2 |
1.4 |
─ |
0.9 |
1.1 |
─ |
30~49(歳) |
1.2 |
1.4 |
─ |
0.9 |
1.1 |
─ |
50~64(歳) |
1.1 |
1.3 |
─ |
0.9 |
1.1 |
─ |
65~74(歳) |
1.1 |
1.3 |
─ |
0.9 |
1.1 |
─ |
75 以上(歳) |
1.0 |
1.2 |
─ |
0.8 |
0.9 |
─ |
妊婦(付加量) |
+0.2 |
+0.2 |
─ |
|||
授乳婦(付加量) |
+0.2 |
+0.2 |
─ |
〔厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」より〕
※1チアミン塩化物塩酸塩(分子量 =337.3)の重量として示した。
※2身体活動レベルⅡの推定エネルギー必要量を用いて算定した。
※特記事項:推定平均必要量は、ビタミン B1 の欠乏症である脚気を予防するに足る最小必要量からではなく、尿中にビタミン B1 の排泄量が増大し始める摂取量(体内飽和量)から算定。
ビタミンは、脂溶性ビタミンと水溶性ビタミンに大別されます。脂溶性ビタミンは、油に溶けやすく、そのままのかたちで脂肪や肝臓などに貯蓄されます。一方の水溶性ビタミンは水分に溶けるため、尿と共に排泄されやすく、体内に貯蓄できません。ビタミンB群は水溶性ビタミン。ですから定期的に摂取し続ける必要性がある栄養素です。
チアミンの体内貯蔵量はわずか30~50mgで、半減期(※体内に入った薬などの物質が、代謝や排泄などによって半分に減るまでに要する時間のこと)は10~20日ほど。そのため摂取不足が2週間以上続くと、体内のビタミンB1貯蔵量が欠乏に近づきます。
なお、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」を見ると、日本人のビタミンB1の摂取量は平均的には充足されていることがわかります。ただし、これは日本人全員のビタミンB1が足りていることを意味するものではなく、不足している人も少なくないようです。また、充分に摂取はできていても、生活習慣・身体の状態によっては体内で有効に使い切れず、結果的に不足している、といった様相になっているケースもあります。具体的に、どのような生活習慣・身体の状態でビタミンB1が不足しやすいのか、見てみましょう。
アルコールは体内で代謝(吸収から排泄の過程)される際に、ビタミンB1を大量に消費します。そのため、お酒好きの人はビタミンB1が不足しがちです。
既に解説したように、炭水化物(糖質)からエネルギーを作り出す過程でビタミンB1が必要とされます。そのため、炭水化物の摂取量が多い人では、ビタミンB1が不足しやすくなります。
高齢の方は、栄養素の吸収が低下していることが少なくなく、ビタミンB1を摂取していたとしても、十分体内に取り込まれていないことがあります。がんなどのために胃を切除して、消化吸収力が低下している人も同様です。
偏食をする人は摂取できる栄養素が偏りがち。ビタミンB1が含まれている食品をあまり食べていなければ、当然、ビタミンB1の摂取量が減ります。
スポーツのためのエネルギーをグリコーゲン(体内の炭水化物の貯蓄)などから作り出す際、ビタミンB1がたくさん消費されます。
スポーツ飲料や炭酸飲料の中には、エネルギー源となる糖質が多く含まれている一方、ビタミンはあまり含まれていないものがあります。スポーツ飲料の飲みすぎでビタミンB1欠乏症となるという事例も報告されています。
下痢や肝臓・腎臓の病気、甲状腺機能亢進症、妊娠悪阻(つわり)なども、ビタミンB1の吸収を低下させたりして、体内で使える量が不足する原因です。
ビタミンB1は、冒頭でお話ししたように、エネルギーを作り出したり、神経の正常な働きを保つために欠かせない栄養素です。それが不足すると、さまざまな症状が現れたり、病気の原因になることもあります。
食べたものからエネルギーを効率よく作り出せなくなるため、疲れやすくなります。また、気力や活力が減退したり、食欲がなくなったりすることも。
さらに、イライラしやすくなったり、集中力や記憶力が低下したり、慢性的な眠気、情緒不安定などにも、ビタミンB1不足が関係していることがあります。
目の疲れや肩こり、腰痛、手足のしびれなどにもビタミンB1の不足が関係していて、ビタミンB1を補給することで、それらの症状が改善することがあります。
ビタミンB1欠乏のために、脚気(かっけ)になることもあります。それどころか、古くはビタミンB1欠乏による脚気で亡くなることも珍しくありませんでした。食糧事情の良い現在は、命にかかわるような脚気はごくまれですが、ビタミンB1欠乏のために末梢神経障害や体重減少、浮腫(むくみ)などの脚気の症状は、現在でも見られます。
ウェルニッケ脳症という病気もビタミンB1欠乏によって発症するもので、アルコールを多飲する人などがなりやすい病気です。初期症状としては吐き気や嘔吐が多く、進行すると視力が低下したり、歩行できなくなったり、意識に障害が現れたりします。チアミンによる治療で改善しますが、後遺症が続くこともあります。
豚肉は、食べる機会の多い食品の中で、ビタミンB1の含有量が高く、かつ、いろいろな料理に利用できる食材です。ただし、ビタミンB1は調理による損失が大きいことも知られています。例えば、豚肉の生の状態を100%とすると、ゆでたあとのビタミンB1は半分くらいに減ります。そのゆで汁も料理として使えば80%程度は維持されるので、スープなどに利用するのも一つの手です。
なお、豚肉は部位によって、含まれているビタミンB1の量が異なります。一番多いのは赤身のヒレ肉で、その次に赤身のもも肉。逆に脂身つきのばら肉は、ビタミンB1があまり多くありません。
豚肉を使って加工されたものの中では、ロースハムや焼き豚などがビタミンB1の多い食品です。
■豚肉に含まれるビタミンB1量(可食部100g当たり)
食品名 |
加工状態など |
ビタミンB1(㎎) |
豚 [大型種肉] ヒレ 赤肉 |
焼き |
2.09 |
豚 [大型種肉] ヒレ 赤肉 |
生 |
1.32 |
豚 [大型種肉] ヒレ 赤肉 |
とんかつ |
1.09 |
豚 [大型種肉] もも 赤肉 |
生 |
0.96 |
豚 [大型種肉] ロース 赤肉 |
生 |
0.80 |
豚 [大型種肉] かた 赤肉 |
生 |
0.75 |
〔参考:文部科学省「食品成分データベース」〕
豆類には、ご飯(精白米)の約10倍ものビタミンB1が含まれていて、前述の豚肉などの肉類と並んでビタミンB1を多く含む食品です。主菜や副菜としていろいろな料理に使うことで、主食から摂り入れる糖質を効率的にエネルギーとして利用することができるようになります。
■豆類に含まれるビタミンB1量(可食部100g当たり)
食品名 |
加工状態など |
ビタミンB1(㎎) |
いんげんまめ 全粒 |
ゆで |
0.17 |
あずき 全粒 |
ゆで |
0.15 |
挽きわり納豆 |
― |
0.14 |
おから |
生 |
0.11 |
絹ごし豆腐 |
― |
0.11 |
調製豆乳 |
― |
0.07 |
〔参考:文部科学省「食品成分データベース」〕
脚気の原因がビタミンB1欠乏症であることが明らかになる前、ビタミンB1が豊富な玄米や麦飯ではなく白米を食べていた都会の人に脚気が多く、「江戸患い」と呼ばれていました。地方から江戸に来て「江戸患い」になった人が地元に帰り、玄米の生活に戻ると「江戸患い」が治ったそうです。このようなことからも、ビタミンB1をたくさん摂るには、主食には精製度の低い全粒穀物を混ぜて食べると効率的でしょう。実際、玄米に含まれているビタミンB1は、同量の白米に比べて約4倍に上ります。
■穀類に含まれるビタミンB1量(可食部100g当たり)
食品名 |
加工状態など |
ビタミンB1(㎎) |
全粒粉パン |
― |
0.17 |
[水稲めし] 玄米 |
― |
0.16 |
ライ麦パン |
― |
0.16 |
食パン |
― |
0.07 |
そば |
ゆで |
0.05 |
うどん |
ゆで |
0.02 |
〔参考:文部科学省「食品成分データベース」〕
上記の他に、ナッツ類もビタミンB1が多い食材です。例えば、落花生、アーモンド、くるみ、ぎんなん、カシューナッツ、カボチャの種、ひまわりの種、ひよこ豆などの他、ごまもビタミンB1が豊富です。これらはそのまま食べても良いですし、もちろん料理にも活用できます。
また、植物性の食品では、そばやライ麦、とうもろこし、枝豆、しいたけなど、動物性食品では鶏や豚のレバーなど、魚では、うなぎやさば、かつおなどもビタミンB1が豊富な食材です。
ビタミンB1は調理による損失が大きい栄養素です。具体的には高温に弱く、また水溶性であるために、水分があるとそちらに移行してしまう傾向も。熱を加えてゆでたり煮たりすると、ビタミンB1は食材から、ゆで汁や煮汁へと移ってしまうので、汁もしっかり飲むことができるような調理の工夫をしましょう。
また、生の貝類や甲殻類、淡水魚には、アノイリナーゼというビタミンB1を分解する酵素が含まれています。この成分は加熱すると活性がなくなるのですが、加熱によってビタミンB1も失われてしまうことは前述のとおりですので注意が必要です。
ビタミンB1は、アリシンという成分と一緒に摂ると、吸収率が高まることが知られています。アリシンは、にんにく、こんにゃくやたまねぎ、ニラなどに含まれます。
ビタミンB1とアリシンが結合すると、吸収されやすくて分解されにくい、「アリチアミン」という化合物に変化します。なお、アリチアミンの安定性を高めた「フルスルチアミン」が、医薬品や医薬部外品の成分として使われています。
ビタミンB1不足が心配。だけど、忙しくて料理に時間をかけていられない。という人も少なからずいらっしゃると思います。そのような場合は、ビタミン剤やサプリメントの利用を考えてみるのも良いでしょう。
なお、ビタミン剤とサプリメントは同じようなものだと思われるかもしれません。しかし、ビタミン剤の中には上記のとおり、ビタミンB1が吸収されやすく分解されにくいかたちに変化した化合物であるアリチアミン、その安定性を高めた「フルスルチアミン」(ビタミンB1誘導体)を成分としているものがあり、この点でサプリメントと異なります。
過剰なビタミンB1は尿中に排泄されて体内には蓄積されないため、食品から摂取している限り、摂りすぎる心配はありません。また、一般的に過剰症などもないとされています。定められた用量を守っていれば問題ないので、足りない分は、医薬品やサプリメントなどで上手に取り入れましょう。
なお、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」でも、「耐容上限量」を示すための根拠となるデータはないとして、その数値を定めていません。
ビタミンB1は身体活動のエネルギーを高めたり、神経の働きを維持するのに欠かせず、しかも体内に貯蓄できない微量栄養素。バランスが良く規則正しい食生活を心がけて、毎日しっかり摂り続け、不足に陥らないようにしましょう。生活習慣が不規則だったり、食事が偏りがちな人やアルコール好きの人などは、とくに気を付けましょう。
参考文献
「おいしく食べて疲れをとる―JAPANESE FOOD『ああ疲れた』にこの1冊!」(著)渡辺恭良、水野敬 、浦上
治療102(2),p.165-,2020「ビタミンB1」
診断と治療109(8),p.1051-,2021「ビタミンB群」
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
文部科学省「食品成分データベース」https://fooddb.mext.go.jp/index.pl