〈解説〉 北吉 正人 Takahito Kitayoshi(武田コンシューマーヘルスケア株式会社 製品開発部)
ビタミンB1は脚気予防に必要な栄養素として明治時代に発見され、その誘導体のフルスルチアミンを製剤化したアリナミンも60年以上にわたり、働き者の人々に選ばれ続けてきました。しかし、ビタミンB1誘導体「フルスルチアミン」の開発の歴史や製剤化されたアリナミン誕生の経緯、その効果の全容はあまり知られていませんし、研究の途上です。少子高齢化や労働人口の減少を背景に、働き方の見直しが取り沙汰される中、健康を維持して元気な毎日を送れるようにすることは皆さんの願いです。その一助として、フルスルチアミンや製剤化されたアリナミンに期待できる効果とこれまでの研究成果の一部をご紹介します。
※本記事は、武田薬報webに掲載していた当時の記事になります。
ビタミンB1を発見したのは日本人
皆さんは脚気という病気をご存知でしょうか?脚気を見つける一つの方法として「ハンマーで膝をたたく」というイメージはあっても、よく知らないという方は少なくないのではないでしょうか?
脚気は典型的なビタミンB1欠乏症で、眼障害、歩行困難、意識障害などの中枢神経系障害や全身倦怠、浮腫、四肢の知覚異常などの末梢神経系障害を生じ、重症化すると心不全に至るなど死亡することもある重大な疾患です。古くは源氏物語や枕草子にも症状の記載があり、白米が普及した明治時代には大変増加し、国民病と言われていました。この脚気がビタミンB1の欠乏によって起こることが発見されたのは、今から100年ほど前の話です。
ビタミンB1発見のきっかけは、1880年代に白米食中心の食事を摂っていた旧日本軍で脚気が多発したことです。当時、小麦でつくったパンや玄米を摂取している軍人では脚気がみられないことから、精米時に削ぎ落とされる米ぬかが着目され、研究が始まりました。ちょうどそのころ、オランダの研究者エイクマンも米ぬかが脚気を改善することを報告し、未知の不可欠栄養因子の存在が推測されていました。これらの研究をもとに、農芸化学者であった鈴木梅太郎博士が1910年、米ぬかから脚気の予防・回復に有効な成分の抽出に成功し、それをオリザニン(後のビタミンB1)と命名しました。ビタミンB1を発見したのは日本人だったのです。
ビタミンB1誘導体の発見
1935年米国ミネソタ州で飼育していたキツネに脚気様症状が発生し、これが餌にした生の鯉によるものだと判明しました。生の鯉には強力なビタミンB1分解因子が含まれており、このことによってビタミンB1分解因子の存在が明らかになりました。
そうした中、医学者であった藤原元典博士が1951年、食品中のビタミンB1分解因子を研究中、ニンニクでビタミンB1が消失する現象が起きました。古来より滋養強壮のために食べられていたニンニクにビタミンB1分解因子が含まれているとは思えなかった藤原博士は、ビタミンB1が何か別の物質に変化したのではないかと考えました。調べてみると、ニンニクによりビタミンB1(水溶性)が、脂溶性のアリチアミンという物質に変わったことが判明しました。アリチアミンには、ビタミンB1に比べ消化管で吸収されやすいという特徴がありました。これが最初に発見されたビタミンB1誘導体で、後の製剤化に道が開かれました。
フルスルチアミン(ビタミンB1誘導体)のチカラ
1952年にはアリチアミンの構造が明らかになり、藤原博士とタケダの共同研究により、その化学的構造にさらに手が加えられ、プロスルチアミンという物質ができました。プロスルチアミンはアリチアミンよりも安定性の高いもので医薬品に適した物質でした。後にこのプロスルチアミンは世界初のビタミンB1誘導体製剤「アリナミン糖衣錠」として発売されました。
プロスルチアミンは1万人に迫った脚気による死亡者を激減させる一助となりました。1960年代に入ると、ビタミンB1誘導体を大量に投与することで神経痛に有効であることがわかり、ビタミンB1誘導体はブームになりました。ところが広く使われることになるにつれ、プロスルチアミンに1つの問題が出てきました。それはニンニク臭が強いことでした。そこでタケダでは、さらに研究を進め、コーヒーの芳香成分の1つであるフルフリルメルカプタンを利用するとニンニク臭が低減されることを見出しました。こうして開発されたのが現在のアリナミンに配合されているフルスルチアミンです。フルスルチアミンには、ビタミンB1と比較して吸収に優れ、組織によく移行し、体内で働く形の活性型ビタミンB1を多く産生する特徴があります。(図1)。
ビタミンB1にはエネルギー産生作用および神経機能を維持する働きがありますので、フルスルチアミンを服用することで、肉体疲労時の栄養補給効果や、神経痛や筋肉痛を緩和する効果が得られます。
図1 フルスルチアミンの主な特徴
時代に伴って移り変わるフルスルチアミンの用途
ビタミンB1が発見された時代には脚気が国民病とされていました。戦後の高度経済成長期は、働く人に肉体疲労を与えました。近年になり世の中にはオフィスワーカーが増加し、IT化による目の酷使、肩・腰への負担が増加しました。
現代では「疲労」が社会問題となっています。2004年の文部科学省疲労研究班による疫学調査では、疲労感を自覚している人の割合は55.9%、その状態が半年以上継続している人が39.3%と報告されました1)。
さらに2017年のタケダの調査でも、4人に3人が「よく疲れを感じる」「ときどき疲れを感じる」と回答しており2)(図2)、疲労が現代人の間にさらに広がっている可能性が示されました。タケダでは、時代の移り変わりとともに製品に改良を加えてきました。高度成長期の1965年にはフルスルチアミンにエネルギー産生に役立つビタミンB群を配合したアリナミンAシリーズを発売しました。1993年にはフルスルチアミンに、ビタミンB6、B12をより多くの量を配合し、ビタミンEも追加することで、眼精疲労、肩こり、腰痛、神経痛など主として神経症状を和らげるのに効果的な「アリナミンEX」を発売しました。2005年には現代版に改良した「アリナミンA」と「アリナミンEXプラス」を、そして2017年、「アリナミンEXプラス」にビタミンB2を加えた日本で唯一(2018年2月調べ)の処方の「アリナミンEXプラスα」を発売しました。このようにフルスルチアミンを含むアリナミンは、その時代の疲労にあわせた製剤が創られ、社会とともに進化しています。
図2 疲れを感じる頻度
出典:「2017年6月タケダ調査」より(n=1,200、満20歳以上の男女)
さらなる高みを目指して~フルスルチアミンの最近の研究と展望
(超高齢社会における健康寿命との関わり)~
日本は世界が経験したことのない超高齢社会を迎えています。具体的には65歳以上の高齢者が人口に占める割合が、2030年には3割になることが予測されています。
健康でいきいきとした人生を送ることは、多くの人が望むことではありますが、高齢になるとなかなかそういうわけにいかないのも現実です。それが数値としてあらわれているのは、健康寿命と平均寿命の差です。健康寿命とは、健康で日常生活が制限されることなく生活できる期間であり、平均寿命との差が不健康な期間といえます。その差は男女ともに10年程度あり、これが日本社会の大きな問題と考えられています。
タケダは、この健康寿命の延伸に貢献したいと考えており、フルスルチアミンがその役に立てる可能性はないかと多方面から研究を行っております。
健康寿命を短縮する要因の大きなものに、生活習慣病があります。これは成人の多くが悩む疾患でもあります。生活習慣病の予防や治療には、その名のとおり生活習慣が大きく関係します。特に食生活、運動の習慣は重要です。そこで、フルスルチアミンがそれらにサポートができるのではないかという視点で現在研究を進めています。
例えば、フルスルチアミンが、身体が痛かったり意欲がわかなかったりという運動を妨げる要素に対して働くことはないかということを調べています。
研究の成果を一部だけご紹介すると、動物実験でフルスルチアミンを摂取すると行動意欲を高める効果が示唆されています。行動意欲の改善によって身体を動かし運動する。運動することによって、健康状態をよく維持できる。その結果、超高齢社会で自立して生活できることと、病気になりにくい身体をつくるという面で健康寿命の延伸に役立つのではないかと考えています。
脚気の歴史からフルスルチアミンの誕生、製品の移り変わりと最新の研究について紹介してきました。タケダは、時代を背景に社会のニーズにあわせた製品を提供して参りましたが、これからも社会のニーズに応える、健康に役立つ製品の提供を通じて皆さんのお役に立てる企業でありたいと考えています。今後の私たちの活動に是非ご期待ください。
【参考文献】
1)蓑輪眞澄ほか、疲労の量と質の疫学調査. 科学技術振興調整費 生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する総合研究」平成16年度研究業績報告書, 2005.
2)2017年6月タケダ調査