監修
田口 真穂 先生 (横浜薬科大学 臨床薬学科/レギュラトリーサイエンス研究室、実務実習センター 准教授)
まずは、逆性石けん(ぎゃくせいせっけん)の「逆性」とは、何が“逆”を表すのか、をお話しします。
普通の石けんも逆性石けんも、「界面活性剤(かいめんかっせいざい)」の一つです。
界面活性剤とは、界面(混じり合わない2つの物質が接する境界面)の性質を変える働きを持つ化合物の総称です。親水性(水になじみやすい性質)と疎水性(水になじみにくく油に溶けやすい性質)の両方の部分を持つ構造により、界面の性質を変える働きがあります。
界面活性剤は、水に溶けたときの電気的な性質(電荷)により、陽イオン性、陰イオン性、非イオン性、両性という4タイプに大別されます。
普通の石けんは、マイナスの電荷を帯びて陰イオンになります。それに対して、逆性石けんは、プラスに帯電して陽イオンになります。このように、電気的な性質が普通の石けんとは正反対であることから、「逆性石けん」と呼ばれています。
細菌を含め、生体内のタンパク質の多くは通常、マイナスの電荷を帯びています。これに対して陽イオン界面活性剤の逆性石けんは、水に溶けるとプラスに帯電(陽イオンの状態)して、マイナスに帯電している細胞表面のタンパク質に強く吸着します。その結果、界面活性作用により、細菌などの表面の細胞膜構造が不安定になって、その構造や機能が損なわれて細胞が破壊されます。
逆性石けんはこのような作用によって、多くの細菌を殺菌します(芽胞※1形成菌除く)。また、タンパク質からなるエンベロープ(膜)※2を持つ構造のウイルスを不活化する(死滅させる)ようにも働きます。
※1 芽胞(がほう):生育環境が悪化した際に形成され、熱、乾燥、紫外線などに対し高い抵抗性を示す細胞構造のこと
※2 エンベロープ:ウイルス粒子にみられる脂質からなる二重膜の構造。コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどが該当する
普通の石けんと逆性石けんの主な違いは以下の通りです。
普通の石けん | 逆性石けん | |
---|---|---|
性質 | 水に溶けると陰イオンになる(マイナスに帯電) | 水に溶けると陽イオンになる(プラスに帯電) |
特徴 | 泡立ちが良く、皮脂などを分解する作用があって洗浄に適しているが、殺菌消毒作用は弱い | 殺菌消毒作用は強いが、洗浄効果は高くない |
使用目的 | 手指の洗浄 | 手指や体の表面・製品・環境の殺菌消毒 |
含まれている界面活性剤 | 高級脂肪酸ナトリウム、 高級脂肪酸カリウムなど |
ベンザルコニウム塩化物、 ベンゼトニウム塩化物など |
使用されてる製品 | 石けん | 家庭、医療、食品工業、畜産などにおける殺菌消毒剤 |
逆性石けんは、水に溶けて正(プラス)に帯電することで消毒殺菌効果を発揮します。そのため、負(マイナス)に帯電する普通の石けんやシャンプー、または中性洗剤などと併用すると、作用が打ち消し合うことになり、殺菌消毒効果がなくなってしまいます。
よって、手指をきれいにするためには、普通の石けんで手洗いした後、その石けんの成分が残らないように十分にすすいでから、逆性石けんを使う必要があります。
逆性石けんとその他の主な消毒剤との違いは以下の通りです。
特徴 | 主な使用目的 | 使用されている製品 | |
---|---|---|---|
陽イオン界面活性剤 | このページで解説している逆性石けんのこと。芽胞をつくらない細菌の多くに有効で、肌に優しい。 | 手指や創傷面の殺菌消毒の他、器具や家具家電、 工場の施設・器具の消毒に使われている。 |
殺菌消毒剤(逆性石けん液)。 家具や家電、環境用の殺菌消毒剤など。 |
両性イオン界面活性剤 | 細菌の細胞膜表面の界面張力を低下させて、細胞膜にダメージを与える。 肌が荒れやすく、手指の消毒にはあまり使われない。 |
掃除・洗濯用品として用いられている。 | 台所用洗剤、シャンプー、ボディーソープ、洗濯用洗剤など。 |
エタノール | アルコールの一種。芽胞のない細菌の多くに有効で、ごく短時間で殺菌効果が発揮される。 | 手指や器具の消毒に広く使われている。 | 消毒用アルコール。 |
その他 | 医薬品としては、ポビドンヨード、クレゾール、過酸化水素水(オキシドール)、次亜塩素酸水などが、皮膚や粘膜の消毒または医療器具や機器の消毒に用いられている。一方、消毒効果を明示することはできない雑貨扱いの精油・アロマ成分の中に、消毒作用を持つといわれているものもある。 |
逆性石けんは手指の殺菌消毒だけでなく、さまざまなものを消毒できます。ここでは、逆性石けんの主な使われ方を紹介します。
逆性石けんが手指消毒に使われる場面は、家庭内だけではありません。医療においては手術前の、食品業界においては業務前・業務中の手洗い後の消毒など、専門職者の間で広く利用されています。
医療の現場では、逆性石けんが患者さんの体の表面の消毒、手術部位の消毒などにも使われています。また、怪我をした部位の殺菌消毒に使われることもあります。
食中毒などの防止のため、調理の際には手指の衛生だけでなく、調理に使う機器が清潔であることも大切です。特に他者に提供する飲食物を作るような環境ではこの点がより重要視され、逆性石けんによる消毒が行われることもあります。逆性石けんによる消毒を行う場合、消毒後、必ず水洗いを行ってから食器や機器を使用しましょう。
床、畳、家具、調度品、手洗い場、浴槽、トイレ、座席、手すり、電話機などの消毒にも、逆性石けんが活用されることがあります。
逆性石けんは、ごみ箱や冷蔵庫の消毒にも使用できます。
その他にも、食品工場、清涼飲料水工場、缶詰・製菓工場などの設備の環境消毒や、それらの施設で使われる器具の消毒、畜産・養殖関連などに、逆性石けんが利用されることがあります。
希釈(きしゃく)※の方法や使用量の目安は、製品ごとに異なります。そのため、記載してある用法・用量を確認して使用する必要があります。
ここでは、10%ベンザルコニウム塩化物(オスバンS®)を例に挙げて使用方法、希釈方法と使用量の目安を表にまとめましたので、以下を参考に使用してください。
※希釈:液体の濃度をうすめること
手指の殺菌消毒 | 水で100~200倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.05~0.1%溶液)で洗う。 |
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創傷面の殺菌消毒 | 水で400~1,000倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.01~0.025%溶液)で患部を洗うか、脱脂綿またはガーゼなどを浸して患部に軽く塗る。 |
口腔内の殺菌消毒 | 水で1,000~2,000倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.005~0.01%溶液)で含漱(がんそう/「うがい」のこと)する。 |
食器・器具類の消毒 | 茶碗、皿、コップ、ナイフ、包丁類、調理器具などは水洗いした後、水で200~500倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.02~0.05%溶液)に5分間以上浸した後、水洗いする。 |
室内や乗り物などの消毒 | 床、畳、家具、調度品、手洗い場、浴槽、トイレ、座席、手すり、電話機などは、水で200~500倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.02~0.05%溶液)で清拭(せいしき)※するか、または噴霧する。 |
ごみ箱や冷蔵庫などの消毒 | 水で100~200倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.05~0.1%溶液)を噴霧する。 |
その他 | 食品工場、清涼飲料水工場、缶詰・製菓工場の施設、器具の消毒には、水で200~500倍にうすめた液(ベンザルコニウム塩化物0.02~0.05%溶液)を用いる。 |
※清拭:皮膚の汚れを取り除き清潔に保つために、タオルなどで拭き取ること
100倍にうすめるには | キャップ2杯分を1Lの水に入れる。 |
200倍にうすめるには | キャップ1杯分を1Lの水に入れる。 |
400倍にうすめるには | キャップ1杯分を2Lの水に入れる。 |
500倍にうすめるには | キャップ2杯分を5Lの水に入れる。 |
1,000倍にうすめるには | キャップ1杯分を5Lの水に入れる。 |
2,000倍にうすめるには | キャップ1杯分を10Lの水に入れる。 |
「洗濯物の臭いを消す」という目的で使用されることもある逆性石けん。では、逆性石けんには本当に防臭効果があるのでしょうか?
洗濯物の生乾きの臭い、部屋干し臭または汗臭さ、わきが臭などは、皮脂や汗そのものの臭いではなく、それを雑菌が分解したときに発生する成分が原因です。また、室内の臭気は、建材のカビ(真菌)が放出する成分の臭い。そのため、逆性石けんを使って雑菌を減らせば、臭いが発生する成分も減るといえます。
実際、柔軟剤や除菌スプレーには逆性石けんが含まれているものが多くあります。また医療の現場では、逆性石けんは器具や設備の消毒に使われているものの、それが臭気対策という点でも役立っています。
ここでは、家庭内で逆性石けんを使用する場面を想定して、製品選びのポイントをみてみましょう。
家庭内での逆性石けんの用途として、手指の殺菌消毒や怪我をしたときの殺菌消毒、食器や器具の消毒など、いくつかの場面が考えられます。一方、市販されている逆性石けんの中には、手指の消毒などに用途を特化し濃度調整ができないタイプと、希釈して濃度を調整し使うタイプがあります。
逆性石けんを、怪我した部位や食器・器具類の消毒なども含めて幅広く使いたい場合には、目的ごとに適した濃度に調整する必要があるため、後者のタイプが適しています。
希釈後の安定性については、使用する製品によってまちまちです。また、本来は使用するごとに希釈するのが望ましい使い方です。
各製品に記載のある注意事項をよく読み、使用しましょう。
<注意点の例>
ドラッグストアや、メーカーのオンライン販売サイト(ECサイト)などで購入できます。なお、うすめて使うタイプの逆性石けんは医薬品に分類されるため、100円均一ショップ(100均)などでは販売されていません。
逆性石けんは、医療の現場では、結核菌やMRSA(メチシリン耐性黄色ブトウ球菌)を除く多くの細菌の消毒目的で使われています。また、災害の被災後のような感染症が流行しやすい状況では、逆性石けんで消毒することが推奨されています。
一方、結核菌やMRSAには効果が乏しく、また多くのウイルスにも効果が弱いことがわかっています。
また、新型コロナウイルス感染症のウイルスには、エタノールは有効であるのに対して、逆性石けんの効果は不十分(製品によっては未確認)との報告されてきました。しかし、Nite(製品評価技術基盤機構)による研究では、0.05%以上のベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物(すなわち、逆性石けん)は、新型コロナウイルスに効果があるという結果が出ています。
一部の感染症に対しては、予防対策として逆性石けんが役立つものの、効果を発揮しない感染症もあるため、用法・用量に従いながら、逆性石けん以外の消毒方法もうまく活用した対策をとると、より有効と考えられます。
逆性石けんが開発されたのは1930年代のこと。長い歴史の中で、家庭、医療、食品産業、畜産など、幅広い領域で活用されてきました。定められた使い方をしっかり守ったうえで、逆性石けんのメリットを生かし、日々の生活をより清潔で快適なものにしていきましょう。
参考文献
診断と治療社「感染症学 改訂第4版」2009