監修
石田 浩之 先生 (慶應義塾大学スポーツ医学研究センター 所長・教授)
筋トレを行うと、筋肉を構成する筋線維の一部が傷つきます。この傷ついた筋線維が修復される過程で、筋線維は元々より少し太く・強くなります。この回復と成長の仕組みは「超回復」と呼ばれ、超回復を繰り返すうちに、筋肉が全体的に太くなり、筋力も上がります。この「超回復」がきちんと行われるためには、運動後に必要な栄養素を摂取すること、すなわち食事がとても大切です。
筋トレ後は、筋肉に蓄えられている糖質の一種である「筋グリコーゲン」が消費された状態です。筋グリコーゲンは運動時の筋肉のエネルギー源であり、これが不足すると、筋肉はエネルギー不足に陥り、疲労や運動能力低下につながってしまいます。
筋グリコーゲンは、主に糖質を摂取することで体内に補充されます。糖質は体内でブドウ糖に変換されて全身のエネルギー源として利用されるため、糖質が不足すると、エネルギー不足により全身の疲れやだるさを感じたり、筋肉の疲労回復が遅れたりすることがあります。
一日のなかで複数回のトレーニングを行う場合などは特に、速やかに糖質を補給することが大切です。これによって筋グリコーゲンを早く補充でき、筋肉の疲労回復を促すことができます。なお、糖質をエネルギーに変換するためには、後述の通り、ビタミンB1が欠かせません。筋トレ後は、糖質を摂取するのとあわせてビタミンB1を摂取することを意識すると良いでしょう。
タンパク質は、筋肉など人の体の構成成分であり、筋トレで損傷を受けた筋線維の修復・合成に欠かせない栄養素です。
筋トレをしていると筋タンパク質の分解と合成が高まるので、より多くのタンパク質が必要になります。筋タンパク質の合成は特にトレーニング後に高まるとされているため、筋トレ後にタンパク質を摂取することで、筋肉量の増大が期待できます。
また、タンパク質とあわせて摂取したいのが、タンパク質の代謝に必要な補酵素のもととなるビタミンB6。食事から摂取したタンパク質は、アミノ酸に分解されて体に取り込まれ、その後体内で必要なタンパク質に再合成され、筋肉や細胞などの材料になります。タンパク質の分解、合成、すなわち代謝回転が上がるとビタミンB6の必要量が増えるため、筋トレを定期的に行っている人はタンパク質摂取とともにビタミンB6の摂取も意識すると良いでしょう。
トレーニング後にエネルギーや栄養素をしっかりと補充しないと、筋肉を修復・回復させるための“材料”が足りず、疲労が長引いたり、筋線維の修復が遅れてしまうことに。さらに筋タンパク質の合成効率が低下し、筋肉量を効果的に増やせなくなってしまうでしょう。
トレーニングの効果を最大化するためには、食事を取るタイミングと内容が大切です。ここでは、筋トレ後の食事で意識したいことを解説します。
筋トレ後は、できるだけすぐに糖質とタンパク質を補給することを意識しましょう。
エネルギーのもととなる筋グリコーゲン回復のためには、30分以内、あるいは運動終了後からさらに早い時間帯で糖質を摂取した方が効果的であることが明らかとなっています。トレーニング後に摂取すると良い糖質の量は、体重1kg/1時間あたり1.0~1.2gとされており、例えば60kgの人なら、トレーニング後に60g~72g程度を毎時間摂取できると良いでしょう。
タンパク質の合成速度はトレーニング後、1~2時間の間、亢進するとされており、筋肉量を増やすためには、この時間帯を意識してタンパク質を摂取するのが最も効果的と考えられています。
また筋タンパク質の合成を高めるためには、同時に糖質も摂取することが効果的とされています。糖質を摂取することで分泌されるインスリンが筋肉のタンパク質の合成を高め、分解を抑えてくれるとされています。すぐに食事を取ることが難しい場合は、トレーニング後にドリンクやゼリー、バナナ、プロテインなどの補食で簡単に栄養を補給しておき、後から食事で補うのもおすすめです。タンパク質の摂取による相乗効果は、運動後24時間は持続するともいわれているので、筋トレ後だけでなく、1日を通じてタンパク質を積極的に摂取しましょう。
運動量が増加するとタンパク質の必要量も増加しますが、多く摂れば摂るほど筋肉が増大することはなく、適正量を著しく上回って摂取すると、腎臓や肝臓に負担をかけたり、結果的に総エネルギー摂取量が多くなって体脂肪量が増加することにもつながります。筋タンパク質の合成を亢進するタンパク質摂取量は体重1kgあたり1日2g程度が上限の目安とされているため、60kgの人なら、120g程度のタンパク質を上限とすると良いでしょう。なお、腎臓疾患を持っている方は摂取量の上限については注意が必要なので、主治医に相談することをおすすめします。
筋トレ後だけではなく、日々の食事においては、糖質やタンパク質に限らず、主食・主菜・副菜を基本に、脂質、ビタミン、ミネラルを含めた五大栄養素をバランス良く摂取することが大切です。
●ビタミンB1
筋肉を激しく使うと、エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が大量に消費され、その結果、疲労物質が体内にたまりやすくなります。ビタミンB1は、糖質を効率的にATPに変えるための代謝に不可欠で、エネルギーの再合成を助けることで、疲労の回復を早めると考えられています。
筋トレ後の食事では、糖質やタンパク質とともに、ビタミンB1を多く含む食材を意識して取り入れるようにしましょう。
食事から摂取するのが難しい場合はビタミン剤を活用するのも一つの方法です。ビタミンB1は、水に溶けやすく、食品から摂取しても体内に吸収されにくいという特徴があるため、ビタミンB1をより吸収しやすい形にしたビタミンB1誘導体「フルスルチアミン」を含むビタミン剤を選ぶと良いでしょう。
●ビタミンB6
前述の通り、タンパク質を多く摂るにつれて、ビタミンB6の必要量が増えるため、タンパク質を摂取する際はビタミンB6の摂取も意識できると良いでしょう。
●ビタミンC
筋肉にはビタミンCが多く存在しています。血液中のビタミンC濃度の高い女性は、筋力が強く、身体能力が高いことがわかりました1)。さらにビタミンCを合成できないマウスの研究で、ビタミンCの不足期間が長くなるにつれ、筋肉が萎縮し、筋重量が減少することがわかっています。筋肉のためにもビタミンCは積極的に摂取したい栄養素です。
1)東京都板橋区在住の70~84歳の女性(957人)を対象とした横断調査(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター 東京都健康長寿医療センター研究所)
●ビタミンD
骨格や歯の発育促進だけではなく、筋機能を適切な状態に保つ働きもあります。ビタミンDの栄養に関する高齢者での研究ではありますが、ビタミンD補給が筋力の増加と筋肉の機能および平衡機能の維持に働き、転倒リスクの減少につながるとされています。摂り過ぎに注意が必要ではありますが、筋肉のためにビタミンDも意識すると良いでしょう。
筋トレ後に積極的に食べたい食べ物・飲み物を紹介します。コンビニなどで手軽に買えるものも多いので、ぜひ意識して取り入れてみてください。
筋トレ後は、タンパク質と糖質、ビタミンB1やビタミンB6を組み合わせて摂るようにしましょう。タンパク質は肉や魚、卵、大豆製品、乳製品などに、糖質はご飯やパン、麺類、果物など、ビタミンB1は豚肉やウナギなど、ビタミンB6はバナナやカツオの刺身などに多く含まれています。
ダイエットや減量をしている場合は、脂質の多い食材や料理を避け、ヒレ肉や鶏むね肉、ささみ、白身魚など低脂質な食材を選ぶようにしましょう。メニュー例としては、焼き魚や鶏の照り焼きが挙げられます。
またクエン酸は疲労回復速度を速める効果があるため、梅干しやレモンなどをメニューに取り入れるのも良いでしょう。
【プチメモ】コンビニなどで買える筋トレ後におすすめの食べ物・飲み物は?
牛乳・ヨーグルト・チーズなどの乳製品、豆乳、ゆで卵、ちくわ、サラダチキンは手に入りやすい良質なタンパク質です。乳製品は糖質を適度に含み、カルシウムなどのミネラルも一緒に補給することができます。おにぎりやパン、バナナは手軽に糖質を補給できるため、筋トレ後におすすめの食べ物です。糖質とタンパク質を一緒に摂るには、鮭おにぎりやツナマヨおにぎりを選ぶと良いでしょう。
時間がないときは、ヨーグルトや甘みのついた豆乳、市販のプロテインドリンクなど、タンパク質と糖質を同時に摂取できる飲み物で栄養補給するのも効果的。またエネルギー産生の効率を高め、疲労の回復を早めるために、ビタミンB1誘導体であるフルスルチアミンを含む栄養ドリンクやゼリー飲料をプラスするのもおすすめです。
基本的には運動の2~3時間前までに消化の良い食事を済ませておくと良いとされています。しかし空腹過ぎる状態も避けたいため、トレーニング開始までに時間が空く場合は適度に補食を取り入れるようにしましょう。
補食としては、脂質が少なく消化の速い糖質中心の食品がおすすめです。例えば、あんパンやカステラといった甘いパン類、バナナ、フルーツゼリー、和菓子のようかんなどは、エネルギー源となる糖質を手軽に補給できます。補食のために十分な時間が取れない場合には、ゼリー状飲料なども活用できると良いでしょう。
他にも、筋トレ後の食事についてよくある疑問や、知っておきたいことについて解説します。
筋トレ後にもし筋肉痛が生じた場合は、特に糖質+ビタミンB1の組み合わせを意識するようにしましょう。筋肉痛の改善には、傷ついた細胞を修復するためのエネルギーが必要です。このエネルギーを産生するためには、糖質とビタミンB1の摂取が欠かせません。
食事をプロテインドリンクに置き換えると、必要なエネルギー量を摂取することが難しくなります。また、摂取できる栄養素が限られるため、栄養素のバランスも悪くなるため、基本は、日常の食事からバランス良く栄養素を摂取することが望ましいです。プロテインドリンクなどはあくまでサプリメント、すなわち補助食品であり、通常の食事で必要な栄養素を十分に摂れない場合の補助として活用するようにしましょう。
激しい運動の直後で食欲が湧かないときでも、牛乳や豆乳、ジュース、ゼリー、スープなどから、タンパク質・糖質など必要な栄養を摂取できます。
特に、ビタミンB₁が不足するとエネルギー産生効率が下がり、疲れやすくなるため、食事からしっかり摂取することが望ましいですが、食事からの摂取が難しいときは、ビタミンB1を含むドリンク剤などを活用するのもおすすめです。
筋トレ後、食事を取るのが夜遅い時間になる場合は、消化に負担をかけない軽めの食事を取るようにしましょう。夜遅い時間に食事を取ると、摂取エネルギーが消費されず体脂肪として蓄積されやすくなるため、食事の量や内容には注意が必要です。
また胃の中に食べ物が残っていると、寝ている間も消化のために内臓が働き続けるため、睡眠の質が低下してしまいます。帰宅が遅いことで食事を取る時間も遅くなってしまうのであれば、例えば、トレーニング後に補食でタンパク質と糖質を摂り、家ではスープなどの軽食を選ぶなどといった工夫をしてみましょう。
筋トレの効果を最大限に引き出すためには、その後の食事が重要です。トレーニング後は糖質とタンパク質を中心に、栄養をしっかり補給するよう心がけましょう。ダイエット中であっても、プロテインなどに食事を置き換えるのではなく、主食・主菜・副菜を基本とした、バランスの良い食事を心がけることが大切です。
また、タンパク質や糖質だけでなく、ビタミンをはじめとした他の栄養素も意識して摂取するようにしましょう。忙しくて栄養バランスが乱れがちな人は、これらを含んだサプリメントを活用するのもおすすめ。ぜひ自分に合ったスタイルを見つけてみてください。
【プチメモ】筋トレ中の水分補給の重要性
筋トレ中、筋トレ後は汗をかくことで水分とナトリウム・ミネラルなどの電解質を失っています。体重の2%以上の水分が失われると、パフォーマンスや集中力の低下を招くため、運動中、運動後は意識して水分補給する必要があります。
必要な水分量は、運動する環境や運動の強度などによって異なるため、状況に応じて自分に必要な量を知っておくことが大切です。運動前後に体重をはかり、体重が減ったなら、その分は脱水によるものと考えて良いでしょう。特に熱中症が心配な季節は、減った分の約1.5倍を目安に水分を補給するようにしてください。
参考文献
・松本 恵「『スポーツと栄養』─コンディショニングと栄養摂取」日大医誌 80 (2): 75–80 (2021)
・藤田 聡「アスリートの効率的な筋量増加にむけた運動と栄養摂取」日本スポーツ栄養研究誌 vol. 10 2017 総説