監修
石神 昭人 先生 (東京都健康長寿医療センター研究所 副所長、日本基礎老化学会 理事長、日本ビタミン学会 理事)
ローリングストックとは、普段使っている食品などを少し多めに買い置きしておき、常に一定量を備蓄しておく考え方のことです。
大規模な災害が起こると、倉庫や物流拠点が被災したり、道路が損傷して使えなくなったり、緊急車両の通行が優先されたりして、物流がストップする可能性があります。また、水道・ガス・電気といったライフラインも使えなくなることが多く、当面の食料や水などを家庭内に備蓄しておくことが必要です。
しかし、いつ起こるかわからない災害のために、常に一定量の備蓄を用意するのは意外と大変なものです。そこで、備蓄食を災害時のためだけに用意するのではなく、日常の一部として食べ、食べたら買い足すという行為を繰り返すこと(ローリング)。そして常に家庭に新しい備蓄をすること(ストック)が大切です。
ローリングストックなら「今日は災害用備蓄の買い出しに行かなくちゃ」とわざわざ特別な時間を作る必要がなく、災害時用の商品を探す手間もありません。
いつも使っている商品、日ごろから食べている食品を少し多めに購入するだけで、普段の買い物の範囲で手軽に備蓄ができます。
ローリングストックは、いつもの買い置きを収納しておくスペースを少し広げるだけでできます。
災害用の備蓄をしておこうと思うと、意外と置き場所がかさむものです。備蓄専用の収納場所を用意することは、難しいご家庭も多いでしょう。
一方、ローリングストックは備蓄用に大きなスペースを用意しなくても良いので、身近なところから始めやすいというメリットがあります。
また、いつもと同じ場所に備蓄が置いてあるので、いざというときに備蓄品がどこに置いてあるのかを探す必要がなく、家族の誰でも手に取りやすいことも利点の一つです。
ローリングストックをしていれば、災害が起きてもいつもと同じ食料を食べることが可能です。
大きな災害によるショックもあるなか、慣れない環境での避難生活は、相当なストレスの蓄積が予想されます。そんなとき、普段から食べ慣れた商品や、好みの食べ物を用意しておくことが、安心感につながることもあるでしょう。
また、乳幼児や高齢者、疾患を抱えた人などに向けた特別な食事は、災害時には入手しにくいものです。粉ミルクや市販の離乳食、介護食、療養食など、その人に合った食品を多めに備蓄しておくことで、いざというときに慌てなくて済むでしょう。
ローリングストックをするうえでの一つ目のコツは、最低3日~1週間分×人数分の備蓄をすることです。
災害が発生したとき、被災地では電気・ガス・水道といったライフラインが使えなくなることが少なくありません。災害の種類や規模などの状況によりますが、ライフライン復旧までには、最低でも3日。被害状況によっては1週間以上かかるケースも多くみられているようです。
また、災害支援物資の到着が遅れたり、物流機能の停止で食品が手に入らなかったりすることもあります。そうした事態を想定し、最低3日~1週間分×人数分の備蓄をしておくのが望ましいでしょう。
ただし、ライフラインが何日でどのように復旧するかは、被害状況や立地によって大きく変わります。お住まいの地域のハザードマップなどを確認し、被害状況を想定して備蓄量を検討すると良いでしょう。
ローリングストックの二つ目のコツは古いものから使い、すぐに補充することです。
ストックした買い置きは、必ず古いものから消費し、新しいものを備蓄しておけるように心がけましょう。そうすることで、食品の消費期限切れなどを防ぎ、無駄な廃棄をせずに備蓄を継続できます。
なお、買い置きがなくなった直後に災害が来る可能性もあります。使った後はすぐに補充することを家族間で徹底しましょう。
ローリングストックの三つ目のコツは、普段の食生活や好みに合った備蓄を心がけることです。
災害時は、避難場所での寝起きはもちろん、自宅で避難生活を送る場合でも普段と違う行動が強いられるため、大きなストレスがかかります。食べ慣れたもの、家族それぞれが好きなものを用意しておけば、食事の間だけでも気を紛らわせることができたり、明るい気持ちを生んだりすることにつながります。
ローリングストックの四つ目のコツは、栄養バランスを考えて用意することです。
避難生活では、まずは主食の確保が優先されるため、おにぎりやパンなど主食の配給が優先されることも少なくありません。災害直後は特に、物流の停滞や調理環境の不足などから、手軽に食べられて多くのカロリーを摂取しやすい炭水化物中心になりがちです。新鮮な野菜や果物、肉や魚などはなかなか食べることができず、栄養バランスが崩れやすくなります。
ローリングストックでは、できるだけさまざまな食品を揃え、栄養が偏らないよう努めることが大切です。お米やパンなどの主食だけでなく、タンパク質が摂れる肉や魚の缶詰類、ビタミンやミネラル、食物繊維を摂るための野菜類(日持ちする野菜、乾物、野菜ジュースなど)、お菓子類を揃えておくのがおすすめです。
ローリングストックの際に欠かせないのが水です。水は、人間が生きていくうえで欠かせないものなので、どんな状況の家庭でもストックしておく必要があります。飲み水としては1人当たり3リットルを用意しましょう。なお、湯煎したり、洗い物をしたりする水は別途必要になります。
水の備蓄には、ミネラルウォーターのペットボトルを普段から多めに購入しておき、飲みながら買い足していく方法や、定期的に水が配達されるウォーターサーバーを利用する方法がおすすめです。
また、水道水は3日程度なら飲料水としても利用可能。定期的に汲み置いて、洗い物や掃除などに使いながら備蓄することもできます。その場合は、清潔な容器を用意して、空気に触れないよう口もといっぱいまで水道水を入れてフタを閉め、直射日光の当たらない涼しい場所で保管しましょう。
さらに水以外にも、普段から飲んでいるお茶やジュースなどのペットボトルを多めに用意しておくのもおすすめです。
ローリングストックをするときには、水で調理できるごはんや缶詰といった非常時に役立つ食品はもちろん、普段から食べている米や乾麺、インスタント食品を多めに買い置きしておきましょう。災害時は水が貴重な場合が多いので、とぎ水が必要ない無洗米がおすすめです。
災害時には電気が止まってしまい、電子レンジなどが使えないこともあります。お湯や水があれば食べられる商品も用意しておきましょう。
災害時は食事が主食に偏りがち。そのまま、もしくは簡単な調理(あたためたり、水で戻したりなど)でタンパク質やビタミン類、食物繊維が摂れる食品を意識して用意しておきましょう。
避難生活で不足する栄養を補う食品や、おやつとして食べられるお菓子類もストックしておくと安心です。お菓子のなかには、手軽に栄養を摂れるものもあるのでおすすめ。例えば、じゃがいも由来のポテトチップスは、災害時にビタミンCが摂りやすい食品です。
また、避難生活で疲れたり、栄養不足を感じたりしたときのために、ゼリー飲料や栄養ドリンクを用意しておくのも良いでしょう。
災害時に起こりうる健康被害として、栄養バランスの偏り、特にビタミン不足が挙げられます。ビタミン類は、人間の体の機能を正常に保つために不可欠な栄養素にもかかわらず、体内ではほとんど合成できません。そのため、ビタミンは食事などから摂取する必要があります。
しかし、災害直後に配給されるのは、おにぎりやパンなどの主食と、味噌汁やスープなどの汁物がほとんどです。そのため、野菜や肉・魚類、乳製品、豆類、果物などから摂取すべきビタミンが不足しがちです。
特に、ビタミンCなど水溶性のビタミンは体内にためておくことができないため、毎日の食事からこまめに摂取する必要があります。主食以外の食べ物をいかに摂り、ビタミンを補給できるかが重要です。
また、ビタミンCは身体的・精神的ストレスがかかったときに多く消費します。特に災害時はストレスが大きいこともあり、普段以上に早く不足状態になることが予想されます。ローリングストックで、不足するビタミンを補う食料をあらかじめ用意しておきましょう。
ビタミン類の大幅な不足は、壊血病や脚気、夜盲症、くる病、ウェルニッケ脳症などの原因になることが知られています。病気を発症しなくても、ビタミン類が不足することで体がうまく機能せず、だるさや疲労感、めまい、頭痛、便秘、下痢、口内炎、貧血などの症状が現れます。特に、ビタミンB₁やB₂、Cの不足はその他のビタミンと比べ、比較的早く症状が出ることも知られています。
乳児では、ビタミンB群に属するビオチン※が入っていない粉ミルクを飲むことによって、栄養性ビオチン欠乏症状を発症することがありますので注意が必要です。脱毛や皮膚炎などの症状が挙げられます。
ビタミン類をバランス良く摂取するためにも、ローリングストックでさまざまな食品を備蓄し、栄養が偏らないように注意しましょう。
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健康寿命を延ばす鍵はビタミン!? 改めて知るべきビタミンの大切さ
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※ビタミンB群に属する水溶性のビタミン。皮膚の炎症を防止する因子。
ライフラインがストップした場合に備えて、電気やガスがなくても調理ができるよう、熱源と調理器具を用意しておきましょう。避難生活では、冷たい(冷めた)食品を口に入れることも多いので、あたたかい食事があれば体があたたまり、避難生活でもホッと一息つけます。
また、洗い物が少なくなるよう、食品用ポリ袋を使って調理をしたり、ラップやアルミホイルをお皿にかぶせたりすると便利です。
日常的に消費している物品がなくなると、精神的なストレスが大きくなります。乳幼児や高齢者がいる場合はオムツなどの用意も必要になるので、必要なものを確認して、忘れずにストックしておきましょう。
災害時には医薬品も手に入りにくくなります。普段から使い慣れた風邪薬や鎮痛剤、整腸剤、虫刺され薬などを常備しておきましょう。
慢性的な疾患で医師から処方されている薬がある場合には、外出時に最低でも3日分の薬を持ち歩くのが理想です。災害時には、普段服用している薬が手に入りにくくなる場合があります。いつも飲んでいる薬にもローリングストックの考え方を応用して、薬がなくなってしまう前に医師の診察を受けるようにすると良いでしょう。
また、ローリングストックにはビタミンを摂れる食料が重要!の内容でも紹介しましたが、災害時は食事内容が限られ、ビタミン類が不足するリスクがあります。ビタミンC、B群などが補給できるビタミン剤やサプリメントなどを用意しておくと、食事からビタミンを摂れない状況になったときに役立ちます。
さらに、医薬部外品に分類される栄養ドリンクやゼリー飲料を用いることで、わざわざ食材を切ったり、調理したりしなくても、手間をかけずにさまざまな成分を摂取できます。成分は製品によって異なりますが、ビタミン類やブドウ糖などを含んでいることが多く、ビタミン不足のときや、食欲不振のときにも栄養補給がしやすいため、常備しておくと便利です。なかでも、パウチになっている商品は非常時にも持ち出しやすく、災害時には特におすすめ。栄養ドリンクはもちろん、ゼリー飲料ものど越しが良く、食欲がないときでも固形物と比較して摂取がしやすいため、備えておくと安心です。しかし、あくまでも食事からの栄養が不足している場合や食欲不振の場合に、栄養を「補給する」という意味合いで用いると良いでしょう。使用期限を確認しつつ、使ったら補充しましょう。
食品などを使いながら備蓄するローリングストックは、備蓄した食料を消費期限前に使い切ることができるため、地球環境にも優しいエコな防災です。この記事を参考に、ローリングストックのリストを作成してみるのも良いかもしれません。いざというときに慌てないよう、家族ともよく話し合い、日ごろからしっかり備えておきましょう。
<参考文献>
J-STAGE/日本ビタミン学会誌「ビタミン」2011.8
石神昭人「災害時におけるビタミンC の不足と摂取の必要性」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/vso/85/8/85_KJ00007406415/_pdf/-char/ja
農林水産省 家庭備蓄ポータル
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/foodstock/index.html
J-STAGE/日本ビタミン学会誌「ビタミン」2011.8
「災害時におけるビタミン栄養の確保(<緊急特集>災害栄養-ビタミン・ミネラルから食事と健康まで-)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/vso/85/8/85_KJ00007406414/_pdf/-char/ja
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