執筆
木村 容子 先生 (東京女子医科大学附属東洋医学研究所 所長 教授)
「カラダが大きく変わる」と聞くと、子どもから大人への成長をイメージされる方が多いかもしれませんが、大人になっても大きく変化します。実際にどのような変化が現れるのでしょうか。
中国最古の医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」では、10歳までに五臓が発育して、20歳までに血気が盛んになり、30歳までに五臓が強くなって肌や筋肉が堅固(けんご)になる、と説明しています。そして40歳を過ぎると老化が意識され始めます。これが更年期にあたるといわれ、老化が始まることが古くから認識されていたということがわかります。つまり40歳を過ぎるといつ更年期症状が起きてもおかしくないのです。
さらに黄帝内経では「女性のカラダは7年ごとに節目を迎える」とも指摘しています。女性が心身のピークを迎えるのは28歳(=7年×4回)で、それ以降は、35歳(=7年×5回)で容姿が衰え、42歳(=7年×6回)になると顔がやつれて白髪が目立ち、49歳(=7年×7回)で閉経する――この黄帝内経の記述は、現在の一般的な閉経時期(50歳前後)にもあてはまっています。
日本産科婦人科学会によると、日本人の平均閉経年齢は約50歳ですが、個人差が大きく、早い人では40代半ば、遅い人では50代後半に閉経を迎えるとされています。更年期の期間は「閉経の前後5年」と定義され、40代半ば〜50代半ばとなります。この更年期にさしかかる前の「プレ更年期(30代半ば〜40代半ば)」から、心身が閉経に向けて変化しカラダの不調が起き始めます。
また、閉経以後は、「ポスト更年期(50代半ば以降)」に移行し、女性ホルモンによる心身の不調は少なくなり、老化に伴う症状が主体になります。
更年期のホルモンバランスの乱れによって起こる日々のつらい症状で日常生活に支障がある状態を「更年期障害」といいます。卵巣機能の低下に伴い、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が閉経に向けて急激に減っていくことが主な原因とされていますが、性格、ストレス、職場・家庭環境や人間関係など複合的に影響するため、出現する症状も個人差があります。特に、頑張り屋さんなど完璧主義な性格の人は、自身のカラダの変化を気合いで乗り切ろうとしてしまい、かえって不調になりやすいので要注意です。
更年期障害の症状には次のようなものがあり、これらの症状は、ホルモンバランスの乱れによる更年期障害の可能性があり、日によって、または一日のうちでも午前と午後でみられる症状が変化することもあると知っておくと対処しやすいでしょう。
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ここまででカラダの変化や更年期についてお伝えしてきました。ここからは汗とカラダの関係を解説していきます。
発汗には、更年期のホルモンバランスや自律神経の働きが深く関係しています。
気温は高くないのに、汗が噴き出てしまう。そんな発汗やほてり、のぼせは、更年期における女性ホルモンの急激な減少が発端になります。
また、発汗には、血管を収縮・拡張させる働きのある自律神経が関係しています。元来、発汗は体温調節の役割を担っていますが、自律神経のバランスが崩れると、特に暑いわけではないのに汗がでたり、体温調節とは無関係に汗が止まらなくなったりします。
この自律神経が乱れる原因のひとつに、更年期における女性ホルモンの急激な減少があります。女性ホルモンは脳の視床下部によってコントロールされています。脳は卵巣に、エストロゲンを分泌するための指令を出します。卵巣はこの指令によって、エストロゲンを分泌し、脳に分泌していることを知らせます(応答)。この指令と応答でホルモン分泌が調整されています。40代になるとエストロゲンの分泌量は低下しはじめ、減少する速度が急激になっていきます。すると、脳が命令を出してもエストロゲンが分泌されず、脳からの指令ばかりが多くなり、視床下部が混乱します。視床下部は女性ホルモン分泌のほか、自律神経系の働きもコントロールしているため、自律神経にも乱れが生じ、さまざまな不快な症状が現れるのです。すなわち、女性ホルモンが減少する更年期は、誰でも自律神経のバランスが乱れやすい状態といえます。
多汗を含め、更年期のほてり・のぼせを「ホットフラッシュ」と呼びます。主な症状は次のとおりです。
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ホットフラッシュには複数の要因が関係すると考えられています。
視床下部の体温調節中枢では、深部体温が一定の閾値の範囲で調節されており、体温が上昇して閾値を外れると、発汗によって体温を低下させる反応が起こります。
エストロゲンの分泌が減少すると、深部体温の閾値の範囲が狭まるため、ちょっとした体温の変化によってホットフラッシュが生じます1,2)。
体温調節には脳内のノルエピネフリンやセロトニンなどの神経伝達物質が関与しており、エストロゲンの減少は、ノルエピネフリンの活性化をはじめ、セロトニンの減少とバランスの崩れを招いて、ホットフラッシュが起こりやすくなると考えられています3,4)。
ノルエピネフリンは交感神経の働きに関与しており、交感神経を抑制する薬によってホットフラッシュが改善されたとの報告1)があることから、自律神経の働きを整えることはホットフラッシュ対策として大切になります。
そのほか、最近では視床下部にある神経ペプチド(神経伝達物質やホルモンとして作用するもの)、例えばニューロキニンが活性化されて、ホットフラッシュや発汗が起こることが報告されています5)。
エストロゲンなどの内分泌系や自律神経の神経系は体内環境を一定に保つ機能である「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」を担っていますので、ホメオスタシスについて次の章で触れてみましょう。
ヒトはストレスを受けても、体内環境を一定に保つ機能が備わっています。この機能をホメオスタシス(恒常性維持機能)といい、「神経系」「内分泌系」「免疫系」の3つから成り立っています。この3つの機能がバランスよく働くことで、体内環境を一定の状態に維持できます。ヒトの体温を一定に保てるのもこのホメオスタシスのおかげです。
過度なストレスがかかったカラダは、交感神経が優位になるため緊張状態が続き、発汗しやすくなるとともに、どうき、不眠などの症状がみられます。
内分泌系に影響が及ぶと、更年期では卵巣機能の低下を助長して、女性ホルモンのバランスが不安定となってホットフラッシュが出現しやすくなる恐れがあります。
心身にゆがみを生じさせる原因となるストレスには、漢方では「外因」「内因」「不内外因」があります。
「外因」は気候の変化などの環境要因を指し、風、寒、暑、湿、燥、火(熱)が心身に「邪」(害)を及ぼすと考えて「六邪」といいます。昨今の寒暖差も心身へのストレスとなり、発汗を助長する可能性があります。
「内因」は感情の変化を意味し、喜、怒、思、悲、憂、恐、驚の七情が過度になると心身に影響を与えると考えます。このため、イライラして怒りやすくなると、汗をかきやすくなる場合があります。
「不内外因」は、過労、寝不足、不摂生、食生活の乱れといった生活習慣などを意味します。更年期世代は、子どもの受験や就職、独立、夫婦仲、両親の病気や介護などでストレスを抱えやすい年代といえます。このため、家事や仕事のほか、介護などで多忙になり、寝不足や不規則な食事が慢性的になると、自分で自分にストレスを与えて、ホットフラッシュなどの更年期症状を悪化させてしまいます。
コロナ禍による生活と仕事の激変も大きなストレスになります。
厚生労働省によると、コロナ禍は人々に次のようなストレスを与えたことがわかります。
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「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査」令和2年
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/gaiyou.pdf
未知の感染症に対する不安を感じる中、外出の自粛などでストレスが発散できにくい状況が続きました。また、出勤や登校などで外出する際には、感染しないようにと常に緊張している状況が続いたことで、心身の「ON」と「OFF」のスイッチがうまく切り替えられなくなってしまい、なかなかリラックスできなくなり、さらなるストレスを生むという悪循環に陥っていました。
更年期のホットフラッシュなどの症状が落ち着いていた方がコロナ禍のストレスを契機に悪化したり、また、更年期ほどの女性ホルモンの大きな乱れはないはずのプレ更年期の30代後半の女性でものぼせや発汗など、更年期のような不調を訴えられた方もいらっしゃいました。
現代は、便利で快適な生活が可能ですので、「不内外因」である生活習慣が原因のストレスは減っているはずですが、実は、夜更かしや遅い夕食、南国のフルーツを一年中購入できること、冷房の効きすぎなど、便利になった生活によって生じる不調があります。
不規則な生活習慣によって自分自身にストレスを与えて、自律神経を乱している場合があります。
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このような生活をしている人は、行動や活動を改善することで、ストレスを減らして、自律神経の乱れによる発汗の悪化を軽減することが期待できます。
具体的にどのように改善したらよいかご紹介します。
更年期のホットフラッシュや汗は、エストロゲンが減ることで起こる症状のひとつなので、誰にでも起こりうる症状ですが、個人差が大きいのも事実です。
焦ったり、不快なことがあるとホットフラッシュが酷くなり、一方、家でリラックスしたり、旅行中、観劇やコンサートに夢中になっているときにはホットフラッシュはあまり起こらない、ということもしばしばみられます。
このため、不快な発汗をできるだけ最小限にできるよう、発汗が起こってからの対処だけでなく、汗が起こす悪化要因にもアプローチすることで、汗のコントロールを試みましょう。
更年期には、寒さと暑さの両方に弱くなるので、寒暖差にカラダがついていけなくなり、天候の変化に適応するにも時間がかかるようになります。
汗をかいたままにしておくと、汗を乾かすために熱が奪われて(気化熱)冷えやすくなります。このため、汗をかきやすくなったと感じてきたら、以下のような汗を意識したファッションや呼吸法を試してみましょう。
発汗を悪化させる要因には自律神経の乱れがあります。また、更年期は、ホルモンバランスが不安定となることで、ホメオスタシスが乱れやすくなり、社会・環境要因の変化などさまざまなストレスの影響を受けやすい状態といえます。
自律神経の働きを整えるためには「食事、睡眠、排便」が基本となります。このため食事、睡眠、排便が乱れると自律神経の働きが悪くなりますので、発汗を悪化させないためには生活習慣を整えることが大切になります。
自律神経は鍛えることができます。ストレスなどによって自律神経のうちの活動神経である交感神経の働きが過剰になると、リラックス神経といわれる副交感神経にうまく切り替わらない状態になります。この「ON」と「OFF」との間の切り替えがスムーズになるよう自律神経を鍛えることで、不調を感じにくくなります。
おすすめは、「お風呂にゆっくりとつかる」と、「ちょっと汗をかく程度の運動をする」です。
シャワーで済ませている方は、入浴の習慣を身につけましょう。
ぬるめのお湯に20〜30分程度ゆっくりつかってください。心身がリラックスし、血液のめぐりもよくなります。
リラックスすることで、カラダを活発にする交感神経が働いている状態から、カラダを休める副交感神経が働く状態に移行します。
これが「ON」と「OFF」の正しい切り替えを促し、自律神経を整えます。
運動不足や肥満はホットフラッシュなどの血管運動神経症状の危険因子といわれています。
また、「気分が落ち込む」「ネガティブ思考」という方は、「OFF」から「ON」への切り替えをうまくいくようにすることが大切です。そのために、「適度な運動」がおすすめです。少し汗をかく程度、少し疲れを感じる程度、普段使っていない筋肉を少し使う程度にしましょう。過度な運動はかえって体力を消耗してストレスになることもあります。ウォーキングやジョギングなどから始めて、汗を程よくかくことでカラダに溜まった余分なものを除くことができるように、自分に合った運動を無理なく続けましょう。
漢方は、中国から日本に伝わり、日本で発展した臨床医学です。漢方の考え方によってつくられた薬が漢方薬です。
漢方医学では、「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」が滞りなくめぐっている状態を健康と考えます。そして、気血水に過不足があったり、めぐりが滞ると心身に不調が現れます。
女性ホルモンのバランスが乱れることで起こる更年期障害では、月経周期の異常、手足の冷えなど「血」と関連する症状のほか、疲れやすい、イライラ、不安など「気」の異常や、めまいや頭が重いなどの「水」の問題など、気血水にまたがる多様な症状がみられます。
ホットフラッシュは、気の上衝(気逆)、月経異常(瘀血)、汗(水毒・水滞)など、気血水の全てに関与しています。ただし、気血水の異常の程度は、各自異なります。
医食同源なので、食材の紫蘇は気のめぐりを良くしたり、ナツメは胃腸の働きを良くして元気にします。しかし、症状があるときに、その症状を緩和させるために普段よりも食材を多くとることはなかなか難しい場合があるかと思います。そのようなときには、植物由来の素材が濃縮されている漢方薬を活用するのもおすすめです。
漢方薬は医療機関で医師の診察を受けて処方される医療用医薬品と、ドラッグストアなどで購入が可能なOTC医薬品(一般用医薬品)があります。
気になる症状を感じたら、セルフケアとともに、漢方薬に詳しい薬剤師に相談して、OTC医薬品を試してみるのも一つの方法です。
セルフケアやOTC医薬品を使用してもつらい症状が続く場合は、減少した女性ホルモンを補うホルモン補充療法(HRT)などさまざまな治療法がありますので、医療機関を受診しましょう。また、症状の背景に甲状腺機能異常や婦人科系疾患などの病気が隠れていることがあるので、症状が続くときには医師に相談しましょう。
更年期の女性には、さまざまな体調の変化が起こります。症状に個人差がありますが、カラダは不調のサインを出しています。その不調に敏感に気づき、それまでの習慣や固定概念にとらわれずに、カラダからのサインに対して柔軟に対応することが大切です。例えば、夜にお風呂に入る習慣を、疲れが酷いときにはまず寝て体力を回復させてから、朝にシャワーを浴びるなど、それまでの習慣にこだわらないようにすることがポイントです。心身のバランスをとることを最優先することで、更年期による不快な症状を軽減していきましょう。
更年期の女性は、気温が高くもないのにどっと汗がでてくることがあります。
それは自律神経の乱れやホルモンバランスが崩れているからかもしれません。
その場合、精神面や生活習慣を整えることが症状を悪化させる要因を減らすことになるので、つらい汗などの症状の緩和につながる可能性があります。また、漢方薬やOTC医薬品も力強い味方になってくれます。自分に合ったいろいろな対策を試してみましょう。
しかしそれだけでは症状が緩和されず、日常生活に支障をきたすようであれば、医療機関を受診しましょう。
・更年期障害 公益社団法人 日本産科婦人科学会
・気血水 日本臨床漢方医会
・「HUMAN+」 公益社団法人 日本産科婦人科学会
・女40歳からの「不調」を感じたら読む本 木村容子 静山社文庫 2010
・女50歳からの「変調」を感じたら読む本 木村容子 静山社文庫 2011
・ストレス不調を自分でスッキリ解消する本 木村容子 さくら舎 2014