監修
近藤 一博 先生 (東京慈恵会医科大学 ウイルス学講座)
日本疲労学会では「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」と定義しています。つまり、疲労とは心や体に過度な負荷(ストレス)がかかったことにより、日常的な活動能力が下がってしまう状態です。
「ただの疲れ」と軽視しがちですが、実は痛みや発熱と同様、体の異常を教えてくれる大切なサインの一つです。疲労という体が発しているアラームを見逃してしまうと、健康を著しく害してしまう可能性も。そんな疲労は主に『肉体疲労』と『精神疲労』に分けられます。
主にスポーツや労働などで体を動かしたことによる身体的な疲れ。
頭を使う作業や、人間関係の維持などの精神的な活動による脳の過活動、過度なストレスが主な原因となる精神的な疲れ。ほとんど動かずに作業しているつもりでも、長時間同じ姿勢でいると筋肉が緊張状態となり、血行が悪くなって疲れやすくなります。さらに、目や脳は絶えず動いて活動しているため、肉体疲労と精神疲労を同時に感じることもあります。
また、疲労の種類には他に、倦怠感や全身の重だるさといった『全身疲労』、体の一部分(目や脚、腕など)の使いすぎなどにより生じる『局所疲労』があります。私たちが感じている疲労は、こうしたさまざまな疲労が複合的に絡み合っていることが多いのです。
では、疲労が解消されないとどうなるのでしょうか。疲れが溜まると、心身に次のような症状が表れることがあります。
「スポーツで激しく体を動かして疲れた」「仕事をがんばりすぎて、体も気持ちもグッタリ…」このような日常的に繰り返される疲れは『急性疲労』と呼ばれ、休息や睡眠によって解消されることがほとんどです。しかし、急性疲労をしっかり対処せず、蓄積させると『慢性疲労』に進行し、不快な疲れが長期間にわたって続く状態に。慢性疲労に陥ると、休息や睡眠では解消されず、日常のパフォーマンスはどんどん低下していきます。さらに、内臓機能も低下して病気にかかりやすくなるうえ、放置してしまうと、過労死に至ることもあるのです。
実は、あなたが感じている『疲労感』と根本の『脳を含む体の疲れ』は別物です。疲れたな…と思う感覚としての『疲労感』は、脳を活性化、覚醒させるはたらきがあるカフェインなどの成分の摂取や局所的なマッサージなどで対処できますが、根本の原因である『脳を含む体の疲れ』はきちんと休息することが重要です。つまり、雑草を切っても、根っこが残っている状態と同じなのです。
栄養ドリンクなど「疲れに効く」とされるものの多くには、疲労感を感じなくさせる効果がある抗酸化成分が含まれているものがあります。あくまで一時的な「今日だけ乗り切れば休める」ような場合には効果があるものなので、上手に活用しながら、根本の『脳を含む体の疲れ』を無視しないようにしましょう。
その他にも、休息をとっても回復しない病的な疲労も存在します。例えばうつ病を発症している場合、体に異常がないのに疲労感が消えないことも。うつ病には、わかりやすい症状が表れない「仮面うつ」のような、判断が難しいものもあります。対処しても疲労感が消えない場合、医療機関に相談することも大切です。
睡眠は体だけでなく、脳の疲労回復にとても重要な生理現象です。睡眠にはサイクルがあり、浅い眠りでよく夢をみるレム睡眠、深い眠りであるノンレム睡眠が約90分周期で変動していきます。ノンレム睡眠時には主に脳を休め、レム睡眠時には全身の筋肉が弛緩し、体を休めて疲れを回復するといわれています。このことから、長く寝れば疲れがとれると考える人がいるかもしれません。しかし大切なのは、睡眠時間を増やすことよりも「睡眠の質」を上げることです。質の良い睡眠によって効率的な疲労回復につながります。睡眠の質を上げるポイントの一部をご紹介します。
夜にぐっすり眠るためには、一日のリズムを整え、規則正しく生活することが大切です。毎日同じ時間に起き、同じ時間に布団に入るというリズムがホルモンの分泌を促し、健やかな眠りに導いてくれます。
人間の体には24時間周期の体内時計が備わっています。日中に活動して夜間に眠る、というリズムに沿って生活することが疲労回復の近道です。体内時計は朝、太陽の光を体に受けることでリセットされる作用があるので、起床後にカーテンを開け、朝の光を取り込むようにしましょう。
寝つきをよくするためには、就寝2~3時間前の入浴が効果的です。熱すぎる湯船は、自律神経が乱れ、より疲れてしまうので、ぬるめの湯船に軽く汗をかく程度浸かると良いでしょう。
スマホやパソコンなどのデジタル機器の画面から発せられるブルーライトが生体の覚醒と睡眠のサイクルに影響するという報告があります。防ぐためにも就寝2~3 時間前からデジタル機器の使用を控えましょう。この時間より前に利用する際にも、機器のダークモードやナイトモードを活用することをおすすめします。
疲労回復のポイントは、1日3食を規則正しい時間に食べることです。睡眠のパートでもお伝えしましたが、疲れを溜めこまないためには、朝起きてから夜寝るまでのリズムを整えることが大切です。また、胃が消化活動をしている間は、胃に血液が集まるためうまく眠れないことがあります。就寝3時間前には食事を終え、胃を休められるようにしましょう。
さらに、栄養も疲労回復にはとても重要です。必須とされる栄養素はいずれも不足すると、エネルギー不足や細胞の維持に必要なタンパク質の不足などを引き起し、疲労の原因となります。ここでは、最新の研究で疲労回復効果が明らかになった栄養素をご紹介します。
疲労対策に必要な栄養素として、まずビタミンB1が挙げられます。ビタミンB1が不足すると疲労回復力や疲労に対する抵抗力が低下します。また心臓などの臓器の機能低下も招いてしまうので、注意が必要です。ビタミンB1は豚肉・玄米・うなぎなどに多く含まれていますが、水に溶けやすく、熱に弱い性質のため、調理で失われがちです。また、体内に蓄えておきにくく、不足すると疲労感の増加、臓器の機能低下を引き起こすことも。さらに糖質中心の食生活や飲酒量の多い人はビタミンB1が不足がちになります。
米ぬかなどに多く含まれる成分で、疲労回復力を高める作用があります。
納豆やチーズなどの発酵食品に多く含まれる成分で、スペルミンとスペルミジンが良く知られています。疲労回復力を高める作用があり、心臓などの臓器の機能低下を改善させる効果も期待されています。
サケ、マス、カツオ、マグロに多く含まれる成分です。疲労回復力を高めるはたらきがあります。1日摂取目安は200mgで、マグロの赤身なら100gほど食べればOK。熱に強く加熱しても壊れませんが、水に溶けだす性質があります。
散歩やウォーキングなどの軽い運動は、疲労を軽減するだけでなく、睡眠の質を上げる効果があります。自分の体に合った負荷の運動はストレスの解消にも効果的ですが、激しい運動はむしろ体に悪いことも。激しすぎる運動が疲れの原因ともなる活性酸素を多く生み出し、自律神経を疲弊させてしまうので、汗が流れないくらいの軽い運動を週に数回行う程度にとどめると良いでしょう。また、筋肉が衰え、筋力が低下すると、少し動いただけで疲れてしまうため、疲れにくい体づくりのためにも程良い運動がおすすめです。
休養というと、睡眠を思い浮かべる人も多いかと思います。しかし、睡眠以外にも、疲れを感じたらその都度休養をとることが必要です。「休む」というのは、何もしないでじっとしていることだけではありません。疲労回復のためには、体を安静にしてゆっくり休めることはもちろん、趣味に没頭したり、家族や友人と楽しく過ごしたり、社会活動や文化活動に参加したりするなど、充足感を得られる活動によって「養う」ことも効果的です。
デスクワークなどで長時間同じ姿勢を保っていると、首や肩、腰、脚など全身の血行が悪くなり、さらに筋肉が緊張して硬くなってしまいます。この状態が続くと、肩こり・腰痛などのつらい症状が進行するリスクが高く、疲労感がさらに強くなる原因になります。
実際にある研究では、座っている時間が長いほど、疲労度の平均値が高いという報告も。また、いつも同じ脚に体重をかけて立っていると、骨盤にゆがみが生じてしまいます。骨盤がゆがむと、体に左右差が生まれてアンバランスになるため、体の動きにくさや疲れやすさを助長してしまう恐れがあります。体の重心を定期的に動かすよう、心がけましょう。
疲労は、誰もが日常的に感じているため、つい後回しにしがちです。しかし、放っておくと病気のリスクが増大し、ときには取り返しのつかないことにもなりかねない体からの大切なサインです。しっかり睡眠・休息をとり、必須の栄養素を不足させないバランスのとれた栄養摂取が疲労回復の鍵となります。日本人の食事で不足しがちなビタミンB1などのビタミン類には特に注意が必要です。自分の心身にきちんと向き合い、正しく対処しましょう。
しかし、疲れが過剰に蓄積してしまうと、セルフケアでは対処しきれないことがあります。疲労感の裏に病気が潜んでいることもあるので、普段の疲労感とは違う疲れを感じたり、休んでも改善しない場合は医療機関を受診しましょう。
参考
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