味覚障害
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味覚障害

食事の時に味がわからない、おいしくない、舌の感覚が変だなど、味覚の低下や異常によって生活に支障が出る状態を「味覚障害」といいます。このような違和感が出ているにもかかわらず放置してしまうと、生活習慣病を誘発したり、健康悪化につながったりする可能性がある他、病気が隠れていることもあります。味覚障害についての理解を深め、適切な対処法を学んでいきましょう。

白土 秀樹 先生

監修

白土 秀樹 先生 (医療法人しらつち耳鼻咽喉科 理事長、九州大学医学部臨床教授)

味覚障害が起きる理由は?日常生活から考えられる原因

偏った食事による亜鉛不足

亜鉛不足は味覚障害の原因の多くを占めます。
亜鉛は、筋肉や骨を中心に、皮膚、肝臓、膵臓、前立腺など体内の多くの臓器に存在し、さまざまな酵素を構成する役割をもつミネラルです。食べ物ではカキやウナギなどの魚介類、肉類に多く含まれます。
偏った食生活によって食事から摂る亜鉛の量が不足すると、舌の表面にある味を感じる細胞(味蕾・みらい)の新陳代謝が十分に行われなくなるため、味覚障害が現れます。
なお、栄養の偏った食事を長く続けていると、植物性食品に多く含まれる食物繊維やフィチン酸(穀類、豆類に多い)、食品添加物などが亜鉛の吸収を妨害したり、アルコールの摂取で亜鉛が体外に排出されやすくなったりして、亜鉛が不足しやすくなってしまいます。

加齢による機能の低下

味蕾の数は年齢を重ねるにしたがって減っていき、高齢者では新生児期の半分~3分の1になるといわれています。高齢になると味覚が低下するのは、その影響です。
しかし、加齢による味覚の低下を自覚する割合は、聴力の低下に比べるとかなり少ないとされています。加齢による味覚の低下は、機能の低下だけでなく、唾液の分泌量の減少や、のちほど詳しく説明する薬剤の副作用などが影響している可能性もあります。

鼻詰まりなどによる嗅覚の低下

嗅覚と味覚は密接にかかわっています。
風邪や鼻炎などで鼻が詰まり嗅覚が低下していると、においがわかりづらいため食べ物の味が正しくわからず、味覚障害の症状を生じることがあります。これを“風味障害”と呼びます。

薬の副作用やがんの治療

薬の中には、唾液の分泌を少なくしたり、亜鉛の吸収を妨げたりする副作用をもつものがあります。そうした副作用のある薬を服用していると、「薬剤性味覚障害」と呼ばれる味覚障害が生じることがあります。
味覚障害を引き起こす可能性のある医薬品は、血圧降下剤、利尿剤、肝治療剤、消化性潰瘍治療剤など数多く存在します。高齢になると、服用する医薬品が増えることが多いため、薬剤性味覚障害は高齢者に多い傾向があります。
また、がんの治療にともなって、食べ物の味やにおいの感じ方に変化が現れることも少なくありません。抗がん剤や放射線治療を開始すると、味覚や嗅覚に変化を感じることがあります。味覚や嗅覚に異変を感じたら、早めに病院を受診するようにしましょう。

ストレス

長期間にわたってストレスを感じ続けたり、短期間であっても強いストレスを感じたりした結果、心因性の味覚障害が生じることがあります。
ストレスなどの影響により発症した統合失調症、うつ病の一症状として味覚障害が現れることもあります。

味覚障害とは?症状の種類

味覚障害とは、舌や口の中にある味覚を感じる神経そのもの、もしくは神経の中枢になんらかの異常が生じ、味覚の異常や低下が生じることです。
味覚の異常は大きく、以下の2つに分けられます。

(1)味覚低下(無味覚)
味覚低下(無味覚)とは、味がわからなくなることです。ある特定の味、例えば塩味や甘味だけがわからなくなる場合もありますが、ほとんどの場合、4つの基本的な味覚である、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」のすべてが低下し、味を感じない状態になります。

(2)異味覚
異味覚とは、口の中に常に「渋味」や「塩味」を感じるなど、通常とは味覚が異なった状態にあるのが特徴です。

この他、本来よりも味を濃く感じたり、本来とは異なる味(甘味を苦味に感じるなど)に感じたり、何を食べてもまずく感じてしまう場合もあり、味覚障害と一口にいっても症状の現れ方はさまざまです。

味覚障害は、直接命にかかわるような異常ではありません。しかし、食事を楽しめなくなるなど、生きがいの低下につながることがあります。また、食欲不振が生じることによる体力の低下や体調不良を招くこともあり、決して軽視して良いものではありません。

味覚障害をともなう疾患

疾患(病気)の一症状として味覚障害が生じることも少なくありません。味覚障害をともなう疾患の例を紹介しましょう。

※以下の病気(疾患)は、医師の診断が必要です。病気(疾患)が心配な場合には、早めに医師の診察を受けましょう。

亜鉛欠乏症

亜鉛欠乏症は名前の通り、なんらかの原因で体内の亜鉛の量が少なくなり、さまざまな症状が生じる病気です。亜鉛は人が生きていくために極めて重要なミネラルの一つです。
亜鉛が不足すると、味覚や嗅覚障害をはじめ、皮膚炎、脱毛症、生殖機能の低下、食欲不振、鉄欠乏性貧血、糖代謝異常などさまざまな障害が現れたり、感染症にもかかりやすくなります。
亜鉛欠乏症は、亜鉛の摂取不足や消化器疾患による亜鉛の吸収障害、腎臓の疾患による亜鉛の排泄の増加などによって引き起こされます。

舌炎

正常な舌の表面は、味を感じる細胞(味蕾・みらい)があります。舌炎はこの味蕾のある表面が炎症によって赤くなり、食べ物によってしみたり、歯にあたって痛み、味が見分けにくくなる味覚障害を起こします。原因はいろいろで、熱い食べ物による火傷、義歯による傷、ウイルス、細菌、カビによる感染などによるものがあります。

口腔乾燥症(ドライマウス)

口腔乾燥症(ドライマウス)は、ストレスや薬の副作用などで口の中の唾液が少なくなったり、口呼吸などで口腔粘膜の水分が失われたりすることで起こります。
唾液には、食事で摂取したでんぷんを体内に吸収しやすい形にしたり、歯についた食べ物のかすを洗い流したり、酸性になった口内を中性に戻して歯のカルシウムが溶けるのを防いだりする他、歯の表面を修復する再石灰化、殺菌作用や止血作用など、さまざまな働きがあることがわかっています。
ドライマウスが進行すると、こうした唾液の効果が低下し、プラーク(歯垢)がつきやすくなったり、舌のひび割れや痛み、口臭の悪化、味覚障害、発音障害などが生じたりすることがあります。
ドライマウスの原因としては、加齢をはじめ、よく噛まないで早食いをする食生活、生活習慣病、精神的なストレス、薬の副作用などが挙げられます。シェーグレン症候群※1という膠原病による場合もあり、医師の診断が必要です。

※1 涙や唾液を作っている臓器を中心に炎症を起こす全身性の自己免疫疾患

この疾患・症状に関連する情報はこちら ドライマウス

貧血

味覚障害の原因の一つに、貧血があります。鉄分の不足が主因で、酸素と結合して酸素を体のすみずみまで運ぶヘモグロビンが減少し、血液中の濃度が薄くなった状態を鉄欠乏性貧血といい、ヘモグロビンの数値が男性は13.0g/dl以下、女性は12.0g/dl以下になると、貧血とされています。だるさや倦怠感、めまいなどの症状が現れる前に、舌の表面が赤くつるつるした状態になり、味覚障害が起こることが少なくありません。

この疾患・症状に関連する情報はこちら 貧血

糖尿病

糖尿病などの全身疾患が、味蕾に影響を与え、味覚の変化や機能低下を生じさせることもあります。
糖尿病は膵臓でつくられるインスリンの分泌や作用が低下し、血糖値が慢性的に高い状態になる生活習慣病です。初期には自覚症状が現れませんが、放置すると重い合併症を引き起こすことがあります。糖尿病の合併症の一つには、神経障害があり、味覚を感じる神経が影響を受け、味覚障害を引き起こしているケースもあります。また、糖尿病性腎症により腎臓の機能が低下すると、尿への亜鉛の排泄量が増えるため、味覚障害が起こります。

顔面神経麻痺

顔の表情筋を動かす顔面神経に異常が生じ、脳からの信号が入ってこなくなることで顔面が動かなくなる状態を、一般に「顔面神経麻痺」と呼んでいます。
顔面神経には表情筋を動かす神経だけでなく、味覚を伝える神経(鼓索神経)、涙や唾液の分泌を調節する神経、大きな音から耳を守るために鼓膜を緊張させる反射を起こす神経(アブミ骨筋神経)なども含まれます。そのため、顔面神経に異常が生じると、筋肉の麻痺以外に味覚の障害、涙や唾液の分泌低下、聴覚の障害といったさまざまな症状をともなうことがあります。

聴神経腫瘍

聴神経腫瘍とは、耳の奥にある前庭神経を包んでいる細胞(シュワン細胞)から発生する良性の腫瘍のことです。
良性ではありますが、腫瘍が増殖したり大きくなったりすると、顔面神経や脳の三叉神経などを圧迫して味覚を伝える神経に影響を与え、味覚障害を生じさせることがあります。

脳梗塞、脳出血、頭部外傷

脳梗塞、脳出血、頭部の外傷などは中枢神経に影響を与え、味覚障害の原因になります。大脳、小脳や脳幹部にこれらの障害が起きると、激しいめまいや頭痛、吐き気、嘔吐などの症状とともに、味覚障害が起こることがあります。また、頭部外傷によって味覚に関与する中枢神経が障害されると味覚障害を起こします。

新型コロナウイルス感染症

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、発症早期に嗅覚、味覚障害が発生することが知られています。
COVID-19による嗅覚障害、味覚障害の発生頻度や特徴を把握する研究では、回答者の58%に嗅覚障害を、41%に味覚障害を認め、嗅覚障害、味覚障害ともに男性よりも女性に多く、さらに年齢が若い人ほど症状が現れやすいという結果が発表されています。※2
また、味覚障害はCOVID-19の罹患後症状(後遺症)の代表的な症状の一つでもあります。ただし、後遺症としての味覚障害の起こりやすさは、コロナウイルスの株によって異なるといった報告もあり、現在も研究が進められている最中です。

※2 出典:「飯沼 由嗣ら.厚生労働科学研究費補助金 厚生労働科学特別研究事業 新型コロナウイルス感染症による嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明に資する研究.三輪 高喜.2020年度総括研究報告書」(厚生労働科学研究成果データベース)(https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/146094)(2023330日に利用)

味覚障害の治療法・対処法

まずは病院で診察を受ける

味覚障害の原因は多岐にわたるうえ、味覚障害が単独で生じているのか、それとも嗅覚障害など、別の症状も一緒に生じているのかによって、治療法や対処法が異なります。そのため、まずはかかりつけの耳鼻咽喉科などを受診して検査などを行い、味覚障害の有無や原因の診断を受けるのが良いでしょう。診断の結果、原因などに応じて、服薬などの治療が行われます。
中には、味覚障害をきっかけに脳出血や貧血、糖尿病、膠原病などの病気が見つかることもあるため、「たかが味覚障害」と見過ごさず、医療機関を受診することをおすすめします。

日常生活でできる予防法

バランスの良い食生活で亜鉛不足を防ぐ

亜鉛は不足しがちなミネラルの一つです。
体内の亜鉛の濃度は、食事で摂取した亜鉛の量で決まります。
魚介類のカキをはじめ、ごま、海藻、大豆、ブロッコリーなど亜鉛を多く含む食品を積極的に摂り、おいしく亜鉛を摂取していくことが大切です。
なお、亜鉛が有効に働くためには、日頃からビタミンやミネラル、たんぱく質をバランス良く摂ることも重要です。

うがいや歯みがきで口腔内を清潔に保つ

口の中が汚れて細菌の増殖などが起こると、舌炎などが生じやすくなります。その結果、味覚障害が生じてしまうことも少なくありません。
うがいや歯みがきをこまめに行い、口腔内を清潔に保ちましょう。

唾液の分泌を促す

唾液が減少しドライマウスが進むことも味覚障害の原因の一つです。そのため、唾液の分泌を促すことは、味覚を保つうえで非常に大切です。
唾液には、口内環境を守るための重要な役割があります。唾液の分泌が低下すると、味覚障害の他に、食べ物を噛んだり飲み込んだりするのが困難になる嚥下(えんげ)障害や咀嚼(そしゃく)障害が起きやすくなる他、言葉の発音が困難になる発音障害なども生じることがあります。
唾液は、健康な成人で一日あたり1~1.5リットル分泌されるといわれています。
水分を積極的に摂るとともに、よく噛んで食事をするなどして、唾液の分泌を促しましょう。

どのくらいで治る?味覚障害の治療期間

味覚障害がどれくらいの期間で改善するのかは、原因や進行度合いによって異なります。
例えば、味覚障害の主な原因である亜鉛不足を補う「亜鉛内服療法」という治療には通常、即効性はなく、3ヵ月~半年ほど継続する必要があるといわれています。
また、味覚障害には八味地黄丸のような漢方薬が有効とされることもありますが、その場合の治療期間は、味覚障害が生じている期間の半分ほど(味覚障害が約6ヵ月間続いている場合は、少なくとも3ヵ月は必要)かかるともいわれ、長期間の内服が必要になります。
このように、味覚障害の治療は長期間にわたることが少なくありません。
味覚障害が直接命にかかわることはほぼありませんが、食欲不振による体力の低下を生じさせるなど、間接的な不調に大きくかかわってきます。また、長期にわたり味を感じにくい状態が続くと、味つけが濃くなり、塩分過多になってしまって、高血圧などの病気を引き起こす可能性もあります。
味覚障害は、できるだけ早めに気づいて治療を開始することが大切です。治療期間は長引くこともありますが、少しずつ改善を目指していきましょう。 

参考文献

  • 「味覚やにおいの変化」国立がん研究センター がん情報サービス
  • 「味覚障害」健康長寿ネット
  • 「味覚障害の診断と治療」日本耳鼻咽喉科学会会報 22:738-7432019
  • 「食品成分データベース」文部科学省Webサイト
  • 「新型コロナウイルス感染症による嗅覚、味覚障害の機序と疫学、予後の解明に資する研究」厚生労働科学研究成果データベース

プチメモ年をとるとあっさり味好みになるのはなぜ?

年をとるとあっさり味好みになるのはなぜ?

昔はこってりとした濃い味つけの食べ物が好きだった人も、年をとるにつれてあっさりしたものを好むようになります。これは、唾液が減ることででんぷんを分解する酵素の働きが低下したり、入れ歯のために噛むことが苦手になったりして、消化能力が衰え、胃に負担の少ない食べ物を好むようになるからです。また、エネルギー代謝が衰えて汗をあまりかかなくなるため、若い頃に比べて塩分の必要量も減ります。高血圧や糖尿病などの食事療法として塩分や糖分などに制限がある生活をしていることも、味覚の嗜好の変化に影響しているのではないかといわれています。