コロナ禍の「疲れ」を考える

監修:渡辺 恭良 先生 (理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム)

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で生活様式が変化し、ストレス性の疲労が増えているといわれています。

そこで、疲労研究の第一人者である理化学研究所の渡辺恭良先生に、日常生活における疲労の意味合いについてお話しいただきました。

疲労はメンタルヘルス疾患や病気のもと?
~抗疲労成分フルスルチアミンの可能性~

新型コロナウイルス感染症の流行の影響でストレス性疲労が増えている

新型コロナウイルスの感染防止対策として、国民一人ひとりが「密集、密接、密閉」の3密の回避に努めることが求められています。その一環として、オンラインによる在宅勤務や自宅学習が導入された結果、何らかの体の不調を訴える人が増えているといわれています。

症状別では「肩こり」「精神的ストレス」「腰痛」「姿勢の悪化」「目の疲れ」などが多く、身体的な症状については、テレワークによって座位のまま長い時間を過ごすことが原因の1つと考えられます。一方、「精神的ストレス」は、「いつどこで感染するかわからない」「パンデミックがいつまで続くのか見通せない」「仕事を続けられないのではないか」「仕事を失って生活が成り立たない」「いつ学校に行けるようになるのか」といった不安が背景にあると思われます。

一般社団法人ストレスオフ・アライアンスは、2017年から国民のストレスレベルを「ココロの体力測定」との名称でアンケート調査していますが、緊急事態宣言明けの7月に実施した調査でも、「これまでに比べてストレスは少ない」と回答した低ストレス者は減少し、逆に「ストレスが多い」と回答した高ストレス者が顕著に増加していることが明らかにされました。同法人は調査結果をもとに、現時点で日本の成人の47.6%が何らかのストレス性疲労を抱えていると推計しており、それが重度と推察される人たちは適切な量と時間を働けていないと考えられるため、ストレス性疲労の影響を多角的に研究する必要があると提言しています。


出典:一般社団法人ストレスオフ・アライアンス「ココロの体力測定」2017-2020比較

出典:一般社団法人ストレスオフ・アライアンス「ココロの体力測定」2017-2020比較

疲労は体を守るためのアラーム

それでは、「疲労」とは何なのでしょうか。「疲労」は心身への過負荷により生じた活動能力の低下のことです。似た用語に「疲労感」がありますが、「疲労感」は疲労が存在することを自覚する感覚で、多くの場合不快感と活動意欲の低下が認められます。つまり、「疲労」は私たちに休息の必要性を知らせるアラームなのです。たとえば登山に行った時、小さな子供は疲れれば「もう歩けない」といってその場にしゃがみこんでしまったり、おんぶをするとそのまま眠ってしまったりします。それは疲労に対する生体の防御本能です。しかし、大人は疲労感を自覚しながらも自分の体にムチを打って、できるだけ上まで登ろうとするのではないでしょうか。結果として、無理をせずに休んだ子供はまた翌日も元気に遊びますが、大人は翌日に疲労を持ち越してしまうのです。

「疲労」は「痛み」「発熱」と並ぶ三大生体アラームなのです。

ストレスに対抗し続けると疲労する

疲労には肉体的な疲労と精神的な疲労がありますが、いずれもストレスという負荷が過剰に、あるいは持続的にかかることで生じます。

気温の急な変化、外傷、感染症、行動制限、騒音などは一種の外的な負荷(刺激)であり、肉体面だけでなく精神面にも影響を及ぼします。さらに精神面に限れば、様々な不安、近親者の病気や不幸、言葉の暴力なども負荷となります。それらの負荷はストレッサーと呼ばれ、われわれの体はストレッサーに直面するとそれに対抗するための反応を起こします。

主な生活環境のストレス

ストレッサーに見舞われた当初は、体温や血圧の変化、細胞損傷などが起き、生体がストレスに波状攻撃を受けている状態になりますが、それに対して免疫系や自律神経系などの生体防御機能が活性化します(警告反応期)。

やがてその時期を過ぎると、ストレッサーに対する受身の反応からより積極的な適応反応に移行し、より安定的に抵抗するようになります(抵抗期)。

しかし、長期にわたる抵抗に疲れると免疫系や自律神経系などの機能が疲弊してバランスが崩れ、全身に機能低下が広まっていきます(疲憊期)。まさに疲労が蓄積し、様々な疾患を発症してもおかしくない状態になるわけです。

新しい生活様式でストレスも多様化

「風邪は万病のもと」とよくいわれますが、疲労やストレスの蓄積も万病のもとです。

今回のパンデミックではテレワークなどが増え、体を動かす機会が減っているのに疲労やストレスが増えています。その背景として、運動不足や長時間の同じ姿勢の持続がもちろん考えられますが、それに様々な不安などの精神的ストレスが疲労の蓄積に拍車をかけていると思われます。しかも、新しい生活様式により、ストレスや疲労のかたちもこれまで以上に多様化しており、そのコントロールも難しくなっています。

パンデミックが終息し、以前のような自由な生活を送るためには、われわれが健康でなければなりません。疲労を生体警報装置ととらえ、疲労を蓄積しないこと、ストレスを少しでも取り除くことが大切です。

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