フルスルチアミンの抗疲労効果については多くの検証が行われてきました。主に、フルスルチアミンはエネルギー代謝を改善して抗疲労効果を発揮すると考えられています。一方、最新の研究成果として、脳への作用も示唆されています。これについて、筑波大学の征矢英昭先生と秦俊陽先生にお話しいただきました。
運動の継続には前向きな気持ちが大切
適度な運動は健康によいこと、とわかっていても、継続するのは難しいもの。疲れているときには、なおさらですよね。運動三日坊主と言われたりもしますが、運動の継続には実は脳の機能が重要な役割を担っています。運動を習慣化できない主な理由は、「運動は疲れる、楽しくない」などと感じてしまっているから、と考えられます。しかし誰しも、ひとたび運動(例えば、友人とのサイクリングなど)をすると、気持ちが楽しくなることは経験があると思います。この「楽しい」という感覚が、運動、そして仕事や勉強にも共通して、物事を継続する意欲に関わっています。
私たちの研究では、ヨガや太極拳、サイクリングといった軽い運動を10分間ほど行うだけで、脳(具体的には、前頭前野や海馬)が活性化し、実行機能(注意・集中など)や記憶力が高まることがわかっています。軽い運動は疲労感や不快感が少ないことから、運動の継続的な実施につながるうえ、脳にとっては十分な刺激となり、脳機能を高めるのです。
そして運動には、ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンといったモノアミン神経伝達物質の働きを高める効果があります。これらは脳の覚醒(活性化)に重要な物質であり、中でもドーパミンは、脳を活性化し、気持ちを前向きにする働きが知られています。ただし、ここで難しいのが、そもそも運動に取り組もうとする意欲がわかない人は、運動によって前向きさを得ることができないという点です。運動を始めるには、まずは前向きな気持ちになることが第一歩です。ヒントとなったのは、私の恩師である大学の先生が、常日頃からビタミン剤を愛用し、ご高齢になっても大変お元気に、前向きに過ごされていた姿です。もしやと思い、かねてより抗疲労成分として知られている「フルスルチアミン」に着目し、脳への作用について研究をしました。
フルスルチアミン投与により脳内の神経伝達物質が変化
まずは研究のファーストステップとして、フルスルチアミンを投与した際の動物の行動を観察しました。なぜかと言うと、フルスルチアミンが脳に作用するのであれば、それは動物の行動として変化が現れる、と考えたからです。
研究では、ラットのおなか(腹腔内)にフルスルチアミンを注射で1回(単回)投与して観察をしました。その結果、ラットの身体活動性が高まり、輪回し運動器でたくさん走行したり、自由に動き回れる環境(オープンフィールド)では活発に動き回って運動量が増えていました(図1)。その際、脳内(前頭前皮質)の神経伝達物質の変化を解析したところ、ドーパミン放出が亢進していることが判明しました(図2)。さらに、ドーパミン放出の亢進直後に運動量が増加していたことも確認しました。すなわち、フルスルチアミンが脳内ドーパミン放出を高め、運動量を増やしたのではないか、と考察しています*1。
(図1):フルスルチアミンまたは生理食塩水を投与したときの運動量(総運動量、経時的変化)
**p<0.01 vs 生理食塩水投与群 対応のないt検定
**p<0.01 vs 生理食塩水投与群 two-way ANOVA(Bonferroni 補正)
(図2):フルスルチアミン投与後のドーパミン放出の変化
*p<0.05**p<0.01 vs 生理食塩水投与群 two-way ANOVA(Bonferroni 補正)
脳への作用にまつわる関連情報と将来展望
脳内(特に前頭前野)に放出されるドーパミンは、前向きな気持ちや意欲を高めることに関与するといわれています。フルスルチアミンは元気の出ない人々には頼りになる成分となるかもしれません。今回の研究成果が、運動三日坊主に悩んでいる方々や元気になりたい方々、広く皆様の参考となれば大変幸いに思います。
なお、脳への作用にまつわる関連情報として、例えば海外では、幼若マウスにフルスルチアミンを投与して自閉症やADHD(注意欠陥多動性障害)に関連する行動特性を評価する研究*2や、自閉スペクトラム症の小児にフルスルチアミンを投与して治療効果を検証する研究*3も行われています。脳への作用について、今後の研究の進展が期待されます。
- 参考文献:
- *1 Saiki M, et al. Sci Rep. 2018 Jul 11;8(1):10469.
- *2 Hills JI, et al. Neurotoxicol Teratol. 2012 Mar;34(2):242-52.
- *3 Lonsdale D, et al. Neuro Endocrinol Lett. 2002 Aug;23(4):303-8.