疲れに抗疲労物質
フルスルチアミン


監修:渡辺 恭良 先生 (理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム)

私たちは日頃から睡眠などの休息や適度な運動などで疲労回復を図りますが、回復する前に次の疲労が重なりなかなか改善しないことを経験していると思います。

そうしたなかフルスルチアミンの抗疲労効果が注目されています。そのメリットについて、理化学研究所の渡辺恭良先生にお話しいただきました。

進む疲労の研究

疲労の程度は数値化ができてから、研究が加速されました。指先の加速度脈波(APG)すなわち血流拍動変動や心電図・アクティブトレーサーによる心拍変動解析から自律神経系機能を定量的に評価し疲労度を判定する方法等が開発され、疲労を客観的にとらえることができるようになりました。また、腸管免疫は獲得免疫の代表ですが、その活性を唾液中のsIgA(分泌型免疫グロブリンA)と呼ばれる物質の濃度で評価できます。疲労すると免疫力が落ちるため、このsIgAによっても疲労度を判定できると考えられています。

さらに、疲労に関連する物質や生体反応についての研究も進んできました。たとえば、運動を強制して疲れさせたマウスから抽出した脳脊髄液を元気なマウスの脳に注入すると、そのマウスが疲労状態になることがわかり、その原因がTGF-βと呼ばれる免疫物質の反応であることが示唆されています。また、慢性疲労症候群の患者の脳内では、いくつかの部位に炎症と萎縮が見られ、脳内の神経回路に異常をきたしていることも確認されています。

いくつもの抗疲労物質が特定

このような研究から、疲労の軽減や回復のためには、生体のエネルギー代謝や免疫力、あるいは抗酸化システムを調整・改善する作用がある物質の摂取が必要と考えられています。

たとえば、パントテン酸やビタミンB群は糖質や脂肪の代謝を促進してエネルギーの元であるアデノシン3リン酸(ATP)を増産し、修復エネルギーを十分にすることで、身体のすべての細胞、皮膚や粘膜の健康維持にも働きます。また、前回お話ししたクエン酸は、クエン酸サイクルを回す最初の羽根車の役割を果たし生体のエネルギー産生を高めます。抗酸化作用では、2つのアミノ酸が結合したイミダゾールジペプチド、還元型コエンザイムQ10、緑茶に含まれる茶カテキン、レバーや菜の花、ほうれん草などに含まれる葉酸やαリポ酸、若返りホルモンといわれるDHEA-Sなどが知られています(図1)。さらに、緑葉の成分である青葉アルコールや青葉アルデヒドも抗疲労効果があります。森の中を散策すると疲れがとれるのはそのためです。

そうした様々な物質が提唱される中で、日本の農芸化学者、鈴木梅太郎が発見したビタミンB1とその誘導体であるフルスルチアミンに再注目したいと思います。

図1 過労予防、疲労回復が期待される候補物質

物質名 特徴・作用
フルスルチアミン
(ビタミンB1誘導体)
  • ●エネルギー代謝において補酵素として働く
  • ●ビタミンB1より腸管吸収性がよく、神経や筋肉などにもよく移行し、多くの補酵素を生成する
アセチル-L-カルニチン
  • ●エネルギー代謝において脂肪酸キャリアーとして働く
  • ●神経伝達物質の合成原料を提供する
アスコルビン酸(ビタミンC)
  • ●抗酸化作用を示す
イミダゾールジペプチド
  • ●抗酸化作用を示す
  • ●緩衝作用を示す
α-リポ酸
  • ●エネルギー代謝において補酵素として働く
  • ●抗酸化作用を示す
還元型コエンザイムQ10
  • ●エネルギー代謝において補酵素として働く
  • ●抗酸化作用を示す
BH4
(テトラヒドロビオプテリン)
  • ●神経伝達物質の生合成に必須の補酵素
  • ●神経伝達物質の放出を促進させる作用を持つ
DHEA-S
(デヒドロエピアンドロステロンサルフェート)
  • ●副腎皮質ホルモンの一種。CFS患者では血中のDHEA-Sが低下している

疲労回復と免疫力強化に働くフルスルチアミン

抗疲労の基本的な考え方は、「疲労による心身の障害が元に戻れなくなる前に、可逆性の範囲内でできる限り早期に回復させる工夫をすること」です。フルスルチアミンには2つの効果が確認されています。

1つは抗疲労効果です。すでに過労状態にあるラットにフルスルチアミンを投与し、さらに強制水泳をさせてどれだけ泳げるかを、フルスルチアミンを投与しないラットと比較した実験があります。この実験では、フルスルチアミンを投与したラットの遊泳時間が著明に長く、パフォーマンスが高まることが示唆されました。肉体疲労時にはエネルギーを貯蔵、供給するアデノシン3リン酸(ATP)の濃度が筋肉組織で減少します。フルスルチアミンはこのATPの産生に関わる酵素の補酵素として重要な役割を果たします。この実験でも、フルスルチアミンを投与したラットの筋肉組織では、ATPの減少が大きく抑えられていることが確認されました(図2)。すなわち、フルスルチアミンはATPの産生を促し、エネルギー代謝を改善して抗疲労効果を発揮すると考えられます。

また、ウイルス疑似感染症モデルとして良く使われるPoly I:Cと呼ばれる人工核酸をマウスの腹腔内に投与すると発熱し、極度の疲労状態になりますが、そのマウスにフルスルチアミンを投与すると、早期に回復することも確認されています(図3)。さらにこのとき、フルスルチアミンを発熱前に投与したほうが後に投与するより回復時間が早いこともわかりました。

図2 強制水泳直後のATP濃度の低下率

フルスルチアミンを投与すると筋肉中のATPの産生・供給が高まり、その低下が抑えられることがわかりました。

Nozaki S. et al.: Nutrition Research 29(12): 867-872. 2009 改変

図3 フルスルチアミン投与による疲労回復の度合い

片岡洋佑・大和正典:医学のあゆみ 228(6): 728-732. 2009 改変

疲労はメンタルヘルス疾患や病気のもと?
~抗疲労成分フルスルチアミンの可能性~

フルスルチアミンの可能性

これまでの研究で、メンタルヘルスのリスクの高い人では血漿中ビタミンB1が少ないこともわかっています。近年のわが国では精神的なストレスを強く感じている人が増えているといわれ、まさにそうした人たちではビタミンB1の不足が危惧されます。そのため睡眠や運動、栄養バランスのよい食生活など、健康的な生活を送ることがもちろん大切ですが、ビタミン剤などからフルスルチアミンのような抗疲労成分を摂取することもおすすめです。

西洋医学では、長年にわたり病気の診断や治療に重きが置かれてきました。しかし現在は、病気になる前の兆候の把握、病気にならないための予防といった健康医学に大きく舵が切られつつあります。この健康医学の推進のためには、疲労、特に慢性疲労のメカニズム解明も重要であり、その過程では抗疲労物質の探索も大きな研究テーマとなっています。

なかでも、今回取り上げたフルスルチアミンの研究は、明治時代に始まり、今なお進展しており、新たな可能性も次々に見出されています。国民の約4割が半年以上持続する疲労に苦しんでいるといわれる今日、疲労の回復方法や過労予防法を探っていくことは、医学のみならず社会科学的にも大きな意義がある取り組みです。フルスルチアミンは、そこに解決の糸口を与える1つの物質ではないかと思います。この古くて新しい画期的な抗疲労物質の活用を考えることは、生活環境の向上に必ずや寄与するものと考えています。

コラム「世界初!フルスルチアミンの体内動態を可視化」


  • ※こちらのコラムには人体のポジトロン断層撮影画像が含まれていますので、不快に感じられる可能性があります。不快に思われる場合は、画像を閲覧しないでください。

フルスルチアミンの体内動態
-世界初!ビタミンB1誘導体の体内動態を可視化-


健康な人を対象とした臨床研究で、フルスルチアミンの体内動態が確認されました。これは、理化学研究所で開発された、フルスルチアミンを炭素の放射性同位体(11C)で標識化する技術を応用した研究です。
画像(人体のポジトロン断層撮影画像が含まれていますので、不快に感じられる可能性があります。不快に思われる場合は、画像を閲覧しないでください。)は、標識化したフルスルチアミンをポジトロン断層撮影(PET)プローブとし、静脈内投与後90分間の撮像をしたもので、その撮像の前半時点の投与後30分周辺と後半時点の投与後70分周辺の図です。いずれも、撮像装置の制約上全身を一度に測定できず、身体の各部位を順番に測定する必要があることから、厳密に正確な値とは言えませんが、臓器分布を定量的に評価可能な図です。

解析の結果、フルスルチアミンは投与後前半で特に心臓、肝臓に多く取り込まれることが判りました。加えて、血中(血管の走行として視認)、膵臓、脾臓、腎臓・膀胱、また唾液腺にも多く取り込まれ、次いで投与後後半では骨格筋、脳にも取り込まれていることが判りました。

最新の技術により、ビタミンB1誘導体の人での定量的な体内動態が、世界で初めて可視化されました。

フルスルチアミンの効果の背景には、このような体内動態が関わっているのかもしれません。

TOP