ビタミンB1不足が心不全のリスクに!?
最新の観察研究データ


監修:田中 清 先生(静岡県立総合病院 リサーチサポートセンター 臨床研究部長、日本ビタミン学会 理事)
青 未空 先生(大阪樟蔭女子大学 健康栄養学部健康栄養学科 講師)

わが国では高齢化が進み、心不全患者が増加しています。心不全の要因はさまざまですが、最新の研究で、ビタミンB1の重度の欠乏(脚気)まではいかない、軽度の不足であっても心不全のリスクになることがわかってきました。この研究を行った田中清先生と青未空先生にお話をうかがいました。(取材:2023年10月)

  • Ao M, et al.: J Clin Biochem Nutr. 64(3), 239-242, 2019

ビタミンB1不足と心不全の関係

そもそも、心不全とはどのような病態か?

田中先生:

「心不全」という言葉は知っていても、どのような状態かを知らない人は多いのではないでしょうか。「○○不全」とは、その臓器がきちんと働いていない状態をいいます。つまり、心不全とは、心臓がその役割を果たしていない状態ということです1)

心臓の役割は、全身に血液を送るポンプの働きです。心臓の右側は、全身から血液を受け取って肺に送るポンプとして、左側は肺から血液を受け取って全身の臓器に送るポンプとして働いています。血液を送る働きをしているのは、右側の右心室、左側の左心室です。

「左心不全」になると、全身に血液を送る力が弱くなり、肺には血液がたまってしまいます(うっ血)。一方、「右心不全」になると、肺に血液を送る力が弱くなり、肺以外の全身の臓器に血液がたまってしまいます(図1)。どちらも全身にむくみや疲れやすさ、息苦しさなどの悪影響が生じる、よくない状態です。

図1 左心不全と右心不全

このように心不全は、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」といわれています。わが国の心不全患者は、2005年には約97万人でしたが、2030年には約130万人に達すると推計されています2)。これは高齢化に伴う増加であり、「心不全パンデミック」とも呼ばれています3)。厚生労働省が公表している、特定の1日あたりの入院患者数の推計値も、1980年代以降、増加傾向が続いています(図2)4)

図2 心不全による入院の推計患者数

(文献4に基づき作図)

私たちはビタミンB1が欠乏・不足するとどうなる?

田中先生:

ビタミンは13種類あり、大きく「水溶性ビタミン」と「脂溶性ビタミン」の2つに分けられます。ビタミンB1は水溶性ビタミンです5)

ビタミンは生きていくために必要な栄養素であり、ビタミンが欠乏するとビタミン欠乏症が起こります。代表的なものに、ビタミンB1欠乏症である脚気かっけ、ビタミンD欠乏症であるくる病・骨軟化症などがあります。

青先生:

脚気は、手足のしびれなどの神経障害を起こすほか、心不全を起こして命を落とすこともある病気です。かつては原因がわからず、多くの死者を出して、国民病と呼ばれていました。しかし、海軍軍医の高木兼寛が、航海中の食事について、精白米を減らして麦飯・肉類・牛乳・野菜を多くした食事に変更したところ、脚気の発生が減少したことから食事が関わっていることに気が付いたり、農芸化学者の鈴木梅太郎が、米ぬかに脚気を防ぐ因子(のちにビタミンB1と判明)があることを発見したり、その他にも世界中の研究者によって、ビタミンB1の発見およびビタミンという栄養素の定義に至り、脚気は激減しました。ちなみに鈴木梅太郎は1910年にビタミンB1について発表をしましたが、発表日の12月13日は今でも「ビタミンの日」とされています。

ビタミンB1は、体内のエネルギー代謝に不可欠な補酵素として、さまざまな代謝経路で働きます。とくにエネルギー代謝がさかんな心臓では、ビタミンB1の重要性が非常に高く、実際にビタミンB1は体内では心血管系に多く分布しています(図3)6)。よって、ビタミンB1が欠乏すると、脚気の症状として心不全を招くことがあるのです(衝心脚気しょうしんかっけ)。

図3 ビタミンB1の体内分布

(文献6に基づき作図)

田中先生:

1900年代は、さまざまなビタミンが発見された時期で、現在2000年代では日本人はビタミン欠乏症を克服したと思われています。しかし、欠乏よりも軽度の「不足」という状態は、今も私たちの健康に悪影響を及ぼしています。

例えば、ビタミンDは、骨の強化に必要なカルシウムやリンを骨に沈着させる役割を果たしています。そのビタミンDが欠乏するとくる病・骨軟化症になりますが、軽度に不足した状態でも骨折のリスクが高まることがわかってきました5)

同様に、ビタミンB1も軽度の不足によって心不全のリスクを高めるのではと考えられましたが、これまで日本人を対象にした研究は行われていませんでした。

ビタミンB1不足と心不全リスクの関係を調べた最新研究

青先生:

そこで私たちは、日本の高齢者施設の入居・利用者55名を対象に、ビタミンB1不足と心不全リスクの関係について研究しました7)

おもな測定指標は、血液中のビタミンB1濃度、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)濃度です。BNP濃度とは心不全の診断に使われる指標で、一般に高い値であるほど心不全リスクが高くなります1)。対象者のビタミンB1濃度は、軽度の不足~充分に足りている範囲であり、欠乏を起こしている人はいませんでした。

対象者は、年齢 84.2±6.6 歳、BMI 20.5±4.8 kg/m2でした。平均年齢が80代と高いものの、BMIは低値ではなく低栄養の(特殊な)集団ではないと考えられました。

結果は、ビタミンB1濃度が低い人ほどBNP濃度が高くなることがわかりました(図4)。すなわち、日本の高齢者において、軽度のビタミンB1不足であっても、心不全リスクを増加させてしまう可能性が示されました。

図4 血液中ビタミンB1濃度と血液中BNP濃度の関係

(文献7に基づき作図、第22回日本病態栄養学会にて青先生ご発表済み)

田中先生:

今回の研究は高齢者施設での初期的な研究ですので、今後より幅広い対象者で検証する追試を予定しています。ただし高齢者の一般的な特徴として、そもそも食事摂取量が少なく、ビタミンB1不足になりやすいという背景もあり、今後も同様のデータが蓄積されていくのではと考えられます。

さらには、若年者や働き盛り世代においてもビタミンB1が不足しがちな方はおられます。最近、海外では「Thiamine Deficiency Disorders」という概念が警鐘されています。ビタミンB1に関して、従来の典型的な「脚気」などの欠乏症状に限らず、便秘や筋力低下、認知機能低下などさまざまな徴候が見られるとされているのです。ビタミンB1の不足に関しては、更なる研究・警鐘が必要ではないかと考えています8)

ビタミンB1をしっかりと補給するには?

青先生:

日本人が習慣的に摂取すべきエネルギーと栄養素の量を示した「日本人の食事摂取基準」5)というものがあります。健康な人を対象に、摂取不足の回避、過剰摂取による健康障害の回避、生活習慣病の発症予防、といった目的に応じた量が示されています。ビタミンも摂取不足を回避する目的の推奨量や目安量が示されていますが、これは健康維持のための量であり、病気の発症リスク低減が目的ではありません。最低限の量を補給していて欠乏症を回避できていても、将来の病気予防の観点では不足しているかもしれないのです。今後、ビタミンと病気の関係についての研究が進み、疾患リスクを考慮した摂取必要量の策定が勧められることを期待しています。

ビタミン補給について、まずは食事から摂取することをおすすめします。ビタミンに限らず、体が必要とする栄養素にはたくさんの種類があるので、栄養素単体で考えるよりも、多様な食品を摂取して食事を充実させることを考えてください。そうすると、体に必要なそれぞれの栄養素が過不足なく摂取できる可能性が高くなります。

ビタミンB1を多く含む食材の代表格は豚肉ですが、ビタミンB1はほかのビタミンと協力しあって体に働くので、いろいろな食材を使った食事を摂ることが効果的です。例えば、「抗疲労食」という概念・レシピも発表されています。

レシピの一例(動画)はこちら:YouTube「健康サイエンスch byアリナミン製薬」『豚肉のピカタ』


そのうえで、食事がしっかり摂れない状況や体調が優れない時、毎日料理をするのは難しい時期など、不足分を補うためには、サプリメントや市販薬のビタミン剤などを利用するのがよいでしょう。

田中先生:

ビタミンB1は、仮に過剰に摂取したとしても余剰分は尿に排泄されるため、基本的に摂り過ぎを心配する必要はありません。

最後に、慢性疾患のリスク予防におけるビタミンの意義

田中先生:

心不全を引き起こす生活習慣病などの慢性疾患は、遺伝や生活環境などさまざまな要因が関わって起こる多因子疾患です。リスクを減らすにはたくさんの打ち手があります。

一方で、栄養素は1つの不足でいくつもの疾患リスクを高めてしまいます。すなわち、例えばビタミン不足を改善すれば、慢性疾患の複数のリスクを同時に低下させることができると考えられるのです。これは、日本全体の医療費抑制にもつながります。

若いうちから、ビタミンをしっかり摂取・補給していけば、将来の病気リスクを減らすことにつながります。本稿を通じて、ビタミンの重要性が皆様にお伝えできたら幸いです。

さまざまなビタミン不足と病気のリスク

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