疲労のコアメカニズムとその影響

監修:渡辺 恭良 先生 (理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム)

疲労は全身の恒常性を維持するために心身の活動を制限する生体アラームの一つですが、そのメカニズムについてはあまり知られていません。そこで、疲労のコアメカニズムとその影響について、理化学研究所の渡辺恭良先生にお話しいただきました。

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疲労のメカニズムとは

働いている人であれば、疲労が蓄積したときに慣れているはずの仕事が捗らなかったり、ミスをしたりした経験があると思います。そうしたときは、栄養ドリンクを飲む、美味しいものを食べる、ゆっくり湯船につかるなど自身のストレス解消法で元気を取り戻そうとするのではないでしょうか。

しかし、疲労が蓄積された状態が続くと慢性疲労の状態になり、疲労の改善が簡単ではなくなり、病気を発症するリスクも高まってきます。したがって、日頃からこまめに休息をとることを心がけ、疲労を抱え込まないようにすることが大切です。そして、疲労の本質を理解することも必要です。

健康の脆弱化と疲労に共通するコアメカニズムとしては、神経細胞は精神的要因、筋肉などの肉体組織は運動性要因、免疫細胞は感染性要因により、それぞれ影響を受け、機能の低下や細胞障害を起こします(図1)。それらの基盤には、オーバーワークにより生じる酸化ストレスで細胞内の大切な部品がさび付き、そのさび付いた部品を処理工場に運んだり新しい部品を作って置き換えたり非常にエネルギー[アデノシン3リン酸(ATP)]の必要な修復を行うのですが、その修復エネルギーが不足している状態では細胞機能が落ち、疲労が起こります。酸化ストレスや細胞損傷を身体を守る免疫系細胞が発見してアラームを発する炎症の関与が起こります(図1)。この炎症も疲労の重要なメカニズムで、脳に身体のどこかの細胞が損傷し機能低下していることを知らせます。それが「疲労感」です。

図1 健康脆弱化・疲労共通のコアメカニズム

図1 健康脆弱化・疲労共通のコアメカニズム

ATPは生体活動のエネルギーとなる物質で、人間は1日に体重と同じぐらいの量のATPを体内で合成し、消費しています。われわれの体は、糖質タンパク質、脂肪などの栄養素を取り込むと、アセチルCoA(活性酢酸)という物質に分解します。この活性酢酸はオキサロ酢酸と結合してクエン酸になります。さらにクエン酸は7種類の酸に姿を変えながら再びクエン酸に戻ります。これをクエン酸サイクルと呼び、ATPはこのサイクルが回る間に産生されます(図2)。ところが、クエン酸サイクルがしっかり機能しないと、生体のエネルギーであるATPも不足し、障害された細胞も修復されなくなります。毎日起こる疲労や細胞の障害がATPエネルギーによって修復されていればよいのですが、疲労が遷延化したり細胞修復が遅れたりするとATPの産生が追いつかなくなってしまうのです。

図2 エネルギー産生のメカニズム

ストレスは免疫力も低下させる

ストレス性疲労では、免疫力の低下も問題になります。ストレスにさらされ対抗しようとすると交感神経系の活動が高まります。交感神経活動が過剰になるとわれわれが生まれながらに持っている自然免疫の1つである好中球が増加します。この好中球は、感染防御の中心となる獲得免疫のTリンパ球の活性を低下させます。さらに、ストレスは内分泌系にも影響を与え、副腎皮質からのコーチゾル分泌を増加させます。コーチゾルは、肝臓での糖の新生、筋肉でのたんぱく質代謝、脂肪組織での脂肪の分解などを促進し、抗炎症にも働く重要なホルモンです。しかし、その一方で好中球を増やし、免疫を抑制するという作用もあります。つまり、ストレスは神経系への直接的な作用と内分泌系を介した作用により免疫力の低下につながります。したがって、ストレスは、疲労だけでなく感染防御という観点からもそのコントロールが非常に重要になります。

疲労回復に必要な4つの心がけ

文部科学省の研究事業やその後の発展研究では、唾液中のヒトヘルペスウイルスのHHV-6およびHHV-7 のDNA や、血液中 ATF3 mRNA 、抗 SITH-1 抗体などが疲労やストレスのバイオマーカーとなりうることが確認されました。疲労は労働力や活力の低下を招き、学童~学生では登校拒否や学習力の低下の原因にもなります。研究事業では、それらのバイオマーカーを用いた研究で、運動療法が疲労を回復する効果があることも確認されました。

また、抗疲労効果が期待できる物質としては、エネルギー代謝に関連するビタミンB1やその誘導体(フルスルチアミンなど)、アセチル-L-カルチニン、抗酸化に働くアスコルビン酸(ビタミンC)、イミダゾールジペプチド、エネルギー代謝と抗酸化の両方に関連するα-リポ酸、還元型コエンザイムQ10、神経伝達物質の合成・分泌を促進するBH4(テトラヒドロビオプテリン)、副腎皮質ホルモンの1つであるDHEA-S(デヒドロエピアンドロステロンサルフェート)などがあげられています。

疲労の回復には正しい生活のリズム、十分な睡眠、栄養、そして適度な運動の4つが必要といわれています。日々いろいろな情報が飛び交っていますが、不正確な情報に惑わされず、4つの心がけを常に念頭に置きながら、日々を送っていただきたいと思います。

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