ビタミンB1(チアミン)の運動神経への作用

監修:湯本 法弘 先生(株式会社Jiksak bioengineering co-CEO、博士(医学))

現代を生きる私たちの日常において、身体の「動き」を意識している人は少ないのではないでしょうか。身体が動くためには、脳から発せられた「動け」という信号が、シナプスという接合部を通じて運動神経細胞から筋肉へ正しく伝達される必要があります。最近の研究では、ビタミンB1(チアミン)がシナプスの形成や維持に関与していることが分かってきました。

身体を動かすための仕組み:シナプス

身体の「動き」は、脳から発せられた信号を受け取った筋肉が収縮することで開始します。この信号のことを電気的信号といい、電気的信号を脳から筋肉へ伝える神経細胞が運動神経細胞です。運動神経細胞は電気的信号を伝える経路と言えます。この電気的信号の授受が行われる部位は、運動神経細胞の末端部分と筋肉が密接した部位であり、シナプス(神経筋接合部)と呼ばれます。

シナプスは例えるならば、玄関です。以下のイメージ図のように、宅配便を受け取る時、荷物が電気的信号だとすると、道路が運動神経細胞、配達先が筋肉と言えます。正しい荷物(電気的信号)が正しい道路(運動神経細胞)を通って正しい配達先(筋肉)の前まで到達し、玄関(シナプス)で荷物が確実に送り主から配達先に受け渡されることで、配達が完了します。電気的信号を受け取ったことが筋肉の収縮の合図、つまり「動き」の合図となるわけです。すなわち、筋肉が正しく動くためには、脳における電気的信号の発生、経路としての運動神経細胞、動きを司る筋肉、そして信号の受け渡し口であるシナプス、これら全ての機能や状態が正常であることが必要です。

身体の様々な「動き」は、シナプスが正常に機能する(脳から筋肉へ電気的信号が伝わる)ことで起こります。シナプスは非常に複雑な機能を有した部位であり、何か一つでも異常が生じると身体を正常に動かすことは難しくなります。

ビタミンB1によるシナプス形成の活性化と身体パフォーマンス

走る、泳ぐ、あるいは重い物を持ち上げるなど、負荷の大きな「動き」をしている時は筋肉への電気的信号の伝達、つまりシナプスの働きが活発化しています。疲労回復や神経痛緩和などの作用で知られるビタミンB1は、身体の活動に必要不可欠なエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP;adenosine triphosphate)の産生だけでなく、アセチルコリン(神経伝達物質)の産生にも関与していることが知られています。このアセチルコリンが、シナプスにおける電気的信号の受け渡しには重要で、電気的信号を正しく筋肉に伝達するために欠かせない化学物質であることから、ビタミンB1がシナプス形成に関わっているのではないかと考えられます。以下に示したグラフは、(株)Jiksak Bioengineeringが開発した革新的特許技術を用いたシナプス形成評価のデータであり、ビタミンB1がシナプス形成の活性化に関与していることを示唆しています*1。また、シナプスの大きさや機能が、運動する時に筋肉が発揮できる力(筋力)にも関わっていることも分かってきています*2,3。つまり、筋トレなどで筋肉を太く大きくするだけでなく、シナプスの形成を促し機能を高めることが、出力としての身体パフォーマンスの向上に重要である可能性があります*4

以上のような研究や考察から、ビタミンB1、そしてシナプスと筋肉(筋力)の関係性を考えると、ビタミンB1の補給はシナプスの形成及び機能の向上を通じて、身体パフォーマンスの向上にも重要な役割を担っていると考えられます。

しかしながら、ビタミンB1自体は親水性が非常に高く(水に非常によく溶ける)、体内への吸収がとても悪いことが知られています。そこで、一般用医薬品や医薬部外品として、ビタミンB1をより体内へ吸収しやすい構造に変換したフルスルチアミンなどのビタミンB1誘導体(体に吸収された後、ビタミンB1に変換される化合物)が製品化されています。普段の食事からのビタミンB1摂取に加え、このような製品を活用してフルスルチアミンなどのビタミンB1誘導体を補給することによって、シナプスの活性化とそれに続く身体パフォーマンスの向上が見込める可能性があります。

*p<0.05 対応のないt検定 vs 0 nM

(株)Jiksak Bioengineeringが開発した神経細胞のシナプス形成誘導マイクロビーズを用いたビタミンB1のシナプス形成評価結果(特許出願中)。シナプス形成が活性化している(神経細胞からの神経伝達物質の放出量の増加、シナプス構造形成の増加、シナプスの大きさの増大)ほど、シナプスマーカーがポジティブとなったビーズの割合が増える。ビタミンB1の添加量に伴い、シナプス形成が活性化していることを示している。

身体が「動く」ということの大切さ

日常的な身体の「動き」から、疾患(医師の診察・診断が必要なもの)におけるシナプスの機能に目を移すと、例えば指定難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS:amyotrophic lateral sclerosis)と呼ばれる神経筋疾患では、運動神経細胞が損なわれるだけでなくシナプスも損なわれ、手足が動かせない、舌が動きにくくなる、食べ物を呑み込めないなど日常動作に大きな支障をきたします。そればかりか、呼吸による生命維持も困難になっていきます。また、近年、世界保健機関(WHO:World Health Organization)によって疾患と定義がなされたサルコペニア(加齢性筋肉減少症)は、加齢による筋肉量の減少や筋力の低下、筋委縮のことを指します*5が、サルコペニアにおいてもシナプスの形態異常が起きる可能性が示唆されています*2。サルコペニアによる身体機能や活動量の低下は、超高齢社会を迎えている日本においては、とりわけ大きな懸念です。サルコペニアになると、起き上がる、立ち上がる、歩くなど日常の基本動作が難しくなり、さらに転倒しやすくなることが知られています。こうした基本的な身体機能の低下は、運動不足を加速し、心身の活力まで低下してしまうフレイル(虚弱)と呼ばれる状態に至ることもあります。場合によっては介護が必要になることもあるのです*5

高齢であっても身体が自由に動くということは、健康長寿社会を目指すために、ますます大きな社会課題になっています。上記のような疾患を予防・改善することによって身体の健康を維持し、質の高い生活を続けることは私たち人類の願いです。さらに、日常生活の動作を維持するだけでなく、より高い身体パフォーマンスを実現したいという願いもあります。こうした「動き」に対する願いに対して、ビタミンB1やフルスルチアミンなどによるシナプス形成の活性化に関する研究成果が役に立つ日もあるかもしれません。私たち人類の願いの実現のために、今後さらなる研究の進展が期待されます。

  • 参考文献:
  • *1:株式会社Jiksak Bioengineering ホームページ (https://www.jiksak.co.jp/japanese)
  • *2:Valdez G, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Aug 17;107(33):14863-8.
  • *3:Michiko Yano et al. Experimental Gerontology 2017 Jul 17;97: 29–37
  • *4:Eguchi T, Yamanashi Y, et al. iScience. 2020 Aug 21;23(8):101385.
  • *5:サルコペニア診療ガイドライン2017年版
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