私たちは日々、いろいろなことを覚えたり思い出したりしながら暮らしています。けれども、当たり前のように行っているこの「記憶」という営みが、どのように支えられているのかを意識することは、あまりありません。
記憶の中心となるのが、脳の奥深くに位置する海馬です。海馬では、私たちが日々の体験で得るさまざまな情報を処理し、絶えず記憶として保存し続けているため、莫大なエネルギーを要します。脳においては糖分が主要なエネルギー源であり、そして、このエネルギーを糖(グルコース)から取り出すのに欠かせないのが、ビタミンB1です。もしビタミンB1が欠乏してしまうと、海馬に十分なエネルギーを供給できなくなり、深刻な記憶障害がもたらされることが明らかになっています。
今回お話を伺ったのは、ビタミンB1欠乏が脳の記憶機能にどのような影響をもたらすのか、そのメカニズムの解明に取り組む東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授の喜田 聡 先生です。最前線の研究から見えてきた知見をご紹介します。
マウスの行動から明らかに 海馬に関わる記憶機能の低下
――今回は先生が取り組んでこられた、ビタミンB1欠乏による記憶障害のメカニズムを解明する研究について、詳しく伺いたいと思います。この研究では、マウスをビタミンB1欠乏飼料によって10日間飼育し、ピリチアミン(ビタミンB1拮抗物質)を連日投与してビタミンB1欠乏状態にし、3週間にわたり通常食で回復させたところ(以下、「ビタミンB1欠乏回復マウス」と呼びます)、ビタミンB1欠乏状態から回復しているにもかかわらず、少なくとも半年以上にわたる記憶障害がみられたそうですね。
そもそも、ご研究テーマとして数ある栄養素の中でビタミンB1を選んだ理由は何でしょうか。
喜田先生:
ビタミンB1と記憶障害の関係は以前から指摘されており、ウェルニッケ・コルサコフ症候群*もその代表例です。こうした知見をもとに、より詳しくメカニズムを解明したいと考えました。
- *:ウェルニッケ・コルサコフ症候群とは
ウェルニッケ・コルサコフ症候群は、重度のビタミンB1欠乏によって起こる病気です。アルコール依存症の方をはじめ、重度の悪阻や偏食のある方でも発症リスクがあるといわれています。
この病気は発症の順に沿って2段階に分けられます。最初に発症する「ウェルニッケ脳症」では、眼の動きの異常、ふらつき、しゃべりにくさ、意識の混乱などの症状が現れます。症状が進むと「コルサコフ症候群」に移行し、最近の出来事を覚えられなくなったり(記銘力障害)、時間や場所が分からなくなったり(失見当識)、意図せず作り話をしてしまったりする(作話)後遺症が残ります。

- コルサコフ症候群を発症すると治療をしても回復が困難なため、ウェルニッケ脳症を発症した早期の段階で、適切な治療(ビタミンB1の大量投与)を受けることが重要です。
――ビタミンB1欠乏回復マウスでは、海馬の働きに関わる記憶機能に障害がみられたそうですね。
喜田先生:
はい。実験動物におけるさまざまな行動解析の結果、海馬に関わる記憶形成能力を調べる以下の3つのテストで、明確に記憶機能への障害が確認されました。
海馬に関わる記憶機能を調べる3つのテスト
(1)恐怖条件付け文脈記憶課題(場所と体験を覚えるテスト;図1)
少し難しい名前ですが、特定の「場所」とそこでの「恐怖体験」を覚える力を調べるテストです。こうした「場所の記憶」や「体験記憶」の形成には、海馬が重要な役割を果たしています。
実験では、マウスを小さなケージに入れ、床に敷かれた電線で軽い電気を流して驚かせます。電流は人が触れるとピリッと感じる程度の弱いものですが、マウスにとっては怖い体験です。マウスはその体験を覚え、次に同じケージに入ると恐怖反応を示します。この反応は「フリージング」と呼ばれ、身動きせずじっと固まる行動として観察されます。
ケージに戻してからの5分間で、マウスがどれくらいフリージングしたかを測定します。通常のマウスだと、約50%の時間(2分半ほど)反応がみられますが、ビタミンB1欠乏回復マウスでは20~30%程度(1分~1分半ほど)しか反応がみられず、恐怖記憶が低下していることが分かりました。
図1 恐怖条件付け文脈記憶課題

スイッチを入れると微弱な電気の流れるケージにマウスを入れ、驚かせる。

スイッチを押していない(=電気を流していない)状態でも、恐怖を記憶しているマウスは箱の中で縮こまって動かなくなる。

ビタミンB1欠乏状態にし、回復させたマウスを同じケージに入れ、同様に驚かせる。
ビタミンB1欠乏回復マウス:
ビタミンB1欠乏飼料によって10日間飼育+ピリチアミン(ビタミンB1拮抗物質)を連日投与後、通常食を3週間与えビタミンB1欠乏状態から回復させたマウス

ビタミンB1欠乏回復マウスは、恐怖体験をしてもその記憶を保持できない。
(2)モリス水迷路課題(空間を学習・記憶するテスト;図2)
このテストでは、空間を学習・記憶する力が試されます。こうした記憶の形成にも、海馬が中心的な役割を果たしています。
実験ではプールに丸い台を置き、マウスをさまざまな場所からプールに入れます。マウスは泳いでいる途中で「ここに台がある」と分かると、台に上がって休みます。この休憩が報酬となり、次から台を目指す動機になります。これを何日か繰り返すと、マウスは学習記憶によりおおよその位置を覚え、目的の台までどんどん早くたどり着けるようになります。
ところが、ビタミンB1欠乏回復マウスでは、この能力が低く、なかなか目的地にたどり着けません。さらに最後のテストでは、台を取り除いた状態でマウスを1分間自由に泳がせます。以前台があった場所を中心に泳げば「記憶していた」と判定されますが、ビタミンB1欠乏回復マウスでは場所を覚えられていないことが分かりました。
図2 モリス水迷路課題

丸い台(プラットフォーム)※を設置したプールでマウスを遊泳させると、スタート地点から台までの最短ルート(★)を記憶する。繰り返し遊泳させると、学習記憶により、(★)にたどりつくまでの時間が短縮されていく。
※マウスから見えづらい水面すれすれに台を配置

丸い台を外したプールで、マウスを再び遊泳させると、台があった場所周辺で迷い続ける。

ビタミンB1欠乏回復マウスは、丸い台にたどりつくまでのルートを記憶できず、何度遊泳させても台にたどりつけない。また、繰り返し泳がせても到着に要する時間は短縮されない。

ビタミンB1欠乏回復マウスは、丸い台があった場所に関係なく迷い続ける。
(3)社会的認知記憶課題(他のマウスを覚えるテスト;図3)
さらに、他のマウスを覚える「社会的認知記憶」の形成にも、海馬が関わっていると考えられています。
実験では、大人のマウスと子供のマウスを同じケージに入れ、大人のマウスが子供のマウスのにおいをかぐ時間を測定します。大人のマウスは、相手がどんなマウスかを確認するためににおいをかぐ行動をとるのです。
まず3分間一緒のケージに入れ、大人のマウスが子供のマウスのにおいをかいだ時間を記録します。24時間後に同じ組み合わせで再びケージに入れると、相手を覚えていれば、2回目はにおいをかぐ時間が短くなります。この時間の変化で記憶の有無を確認します。ところが、ビタミンB1欠乏回復マウスでは、24時間経つと相手を覚えておらず、においをかぐ時間はほとんど変わりませんでした。
図3 社会的認知記憶課題

3分間、ケージの中に子供のマウスと一緒に入れると、においをかぐなどし、相手のことを知ろう、調べようとする。

24時間後に同じ組み合わせで対面させる。
2回目以降は、子供のマウスのことを調べる時間は短くなる。

ビタミンB1欠乏回復マウスを入れ、3分間で相手の情報を記憶させる。

24時間後に同じ組み合わせで対面させる。
ビタミンB1欠乏回復マウスは、子供のマウスに関する記憶を保持できておらず、相手を調べる時間は短くならない。
一方で脳の他の領域で支えられる記憶は正常であったことから、海馬の働きが低下したことによる記憶障害であることが、マウスの行動レベルで示唆されました。
一過性の脳内炎症がもたらす 神経変性と記憶への長期影響
――研究では、ビタミンB1欠乏がどのようなメカニズムで海馬に関わる記憶障害を引き起こしているか、形態学的にも明らかにされたそうですね。
喜田先生:
この研究では、新しい解析手法が登場するたびに取り入れ、長年にわたり少しずつ解明を進めてきました。その結果、図4のようなメカニズムが浮かび上がってきました。
図4 ビタミンB1欠乏が海馬依存性の記憶障害を引き起こすメカニズム
(➀~➅は解明された順番)
先ほどお話ししたとおり、マウスの行動解析から海馬依存性の記憶障害が示唆された(➀)ため、海馬の神経細胞(ニューロン)数を調べたところ、減少していることが確認されました(➁)。さらに、神経細胞の形を詳しく調べるため、神経細胞が光って見えるようGFP(Green Fluorescent Protein)という緑色蛍光タンパク質を組み込んだ遺伝子改変マウスを用いて解析したところ、ビタミンB1欠乏回復マウスではスパインの数と大きさの両方が減少していることが分かりました。
神経細胞は「シナプス」という接合部で神経伝達物質を介して情報をやり取りしています。そのうち、情報を受け取る側の突起を「スパイン」と呼びます。今回の解析では、スパインが減少してシナプスの構造そのものが変化していることが分かりました。これらの変化は、海馬で神経変性が起きていることを示しています(➂)。
その後、次世代シークエンサーを使って、脳内のメッセンジャーRNAの発現量を調べたところ、炎症に関わる遺伝子の発現が増えており、脳内で炎症反応が起きていることが示唆されました(➃)。これに続き、シナプス形成に関わる遺伝子の発現が低下していることも確認されました(➄)。
炎症が起きると、ミクログリアという細胞が活性化します。この細胞には善玉と悪玉のタイプがあり、後者が暴走すると神経組織を傷つけてしまいます。今回の解析から、こうした悪玉のミクログリアの働きが脳内で起きていることもわかりました。
興味深いことに、炎症のピークはビタミンB1欠乏が最も深刻な時期と一致していました。一方で、ビタミンB1欠乏から回復した後のマウスでは、脳内炎症は見られず、シナプス関連遺伝子の発現低下だけが残っていました。つまり炎症がおさまった後も神経変性は存在していたのです。
最終的には、ビタミンB1欠乏回復マウスのRNA解析から、記憶形成に重要な転写因子であるCREB(cAMP response element binding protein)の活性が低下していることも分かりました(➅)。つまり、ビタミンB1欠乏によって海馬に脳内炎症が生じ、海馬の神経変性を経て、最終的にCREBの働きに障害が残ります。CREBの働きは記憶の形成に欠かせない遺伝子発現に関わるため、CREBの活性低下により記憶障害が引き起こされるのだと考えられます。
――これを私たち人間に置き換えると、どのような症状が現れるのでしょうか。
喜田先生:
基本的には、アルツハイマー型認知症に近い症状が現れると考えられます。記憶ができない、思い出せないといった症状に加え、会話やコミュニケーションがうまくできず、場所が分からなくなるなど、日常生活に必要な記憶が失われる可能性があります。
ただ人間の場合、脳のダメージはもう少し広範囲に及ぶかもしれません。その影響がどの程度になるかは正確には分かりませんが、ビタミンB1欠乏状態が長く続くと、さまざまな脳領域に障害が広がる可能性があり、損傷範囲が広がれば、言葉が出てこないなど、さらに多様な症状も現れることがあります。
アルツハイマー型認知症は神経変性が徐々に進行しますが、ビタミンB1欠乏による脳の変化は、神経細胞のエネルギー供給が突然シャットダウンされるような形で起こるため、神経変性の進行はより速くなると考えられます。
適度な運動と刺激が脳の神経新生を促進
――海馬の神経細胞を守るために、日常生活でできることはありますか?
喜田先生:
私たちが毎日経験する出来事の多くは、海馬を通して処理され記憶として保存されます。空間や場所の把握、感情、視覚といったさまざまな情報が海馬に入力され、それらを統合して記憶に変換するため、海馬はいつもフル稼働しています。当然、膨大なエネルギー、特に糖(グルコース)を必要とします。つまり、海馬を健やかに保つためには、まず適切なエネルギー供給が重要です。
また、かつては「脳の神経細胞は再生しない」と考えられていましたが、今では海馬で新しい神経細胞が生まれる「神経新生」が起きることが分かっています。
この神経新生を促す代表的な方法の一つが、有酸素運動です。詳しいメカニズムは完全には解明されていないものの、運動によって海馬の神経新生が活性化されることは、さまざまな研究で示されています。
さらに、脳へ適度な刺激を与えることも有効です。例えばマウスの場合、普段は小さなケージに入れているのですが、1日に2時間くらい、広いケージに移して、 そこにオモチャなどを置くことで環境を豊かにすると、海馬の神経新生が促進されることが知られています。これは「環境のエンリッチメント(環境の豊富化)」と呼ばれるアプローチです。人間でも同様に、新しい場所を訪れたり、人と会って対話をしたり、美術作品に触れたりといった“環境からの刺激”によって、神経新生を促進できると考えられています。
「隠れビタミンB1欠乏症」に陥らないために 普段からできること
――ビタミンB1欠乏による記憶障害の代表例であるウェルニッケ・コルサコフ症候群は、アルコール依存症や重度の悪阻、偏食のある方に発症することがあり、気付かないうちに陥る「隠れビタミンB1欠乏症」が原因ともいわれています。こうした状態を回避するために、日常生活でどのような点に注意すればよいでしょうか。
喜田先生:
恐らくいろいろな栄養素を全部摂らなければいけないと思うのですが、どの栄養素をどれだけ摂っているかを正確にカウントするのはほとんど不可能です。だからこそ、毎日できるだけバラエティ豊かに食べること、同じものばかりを食べ続けないこと、野菜やビタミンを意識して継続的に摂ることを心がけるのが大切だと思います。
――ビタミンB1が“欠乏”とまではいかなくても、“少し足りていない状態”が長期的に続くと、将来何か影響が出る可能性はありますか。
喜田先生:
可能性はあります。例えばアルツハイマー型認知症の患者さんでは、ビタミンB1不足が重なることで脳の炎症が起こりやすくなる可能性があります。


ただし、ビタミンB1不足だけで認知症が発症することはなく、いくつかあるリスク要因の一つとして作用する、というイメージです。平均的な生活をしている方で深刻なビタミンB1不足になることはあまりありませんが、先ほど触れたように、飲酒量が多かったり、偏食の傾向があったりする、いわゆる「隠れビタミンB1欠乏症」が疑われる方は注意が必要かもしれません(図5)。
図5 様々な要素のバランス(喜田先生ご監修)

――ビタミンB1の摂取について、食事面での心がけや、ビタミンB1誘導体であるフルスルチアミンの活用についても教えてください。
喜田先生:
ビタミンB1は水溶性で体内に蓄えにくい特徴を持つため、食事からビタミンB1を含んだ食品を毎日摂るよう心がけることが基本になります。一方、フルスルチアミンは吸収されやすく体内にとどまりやすいため、ビタミンB1の量を体内に安定的に保てる点が大きな強みです。食事が不規則になりがちな時期でも、賢く活用することで必要量を維持しやすいというメリットがあります。

海馬へのエネルギー供給がスムーズに行われれば、それだけ脳の活動も楽になることは確かです。神経細胞の働きが高まり、記憶力の向上にもつながると考えられます。実際、グルコース(糖)を供給すると神経細胞の活動が活発になり、短期的に記憶力が向上することを示すエビデンスもあります。糖と一緒に十分なビタミンB1を確保できれば、こうした効果はより確実に期待できるでしょう。
――ビタミンB1以外で、記憶機能のために意識して摂るべき栄養素はありますか。
喜田先生:
どの栄養素も必要です。神経細胞の活動に関わる栄養素は、どれか一つでも欠けると働きが滞ってしまうと考えられます。そのため、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」で定める34種類の栄養素(炭水化物などの三大栄養素に加え、ビタミン・ミネラルなどの微量栄養素)はすべて重要で、日々の食事ではできるだけ多様な食品を取り入れ、バランスよく摂ることが何より大切です。
――研究の今後の展望と社会への応用について、先生の抱負をお聞かせください。
喜田先生:
やはり、まず大切なのはこうした研究成果を広く発信していくことです。ビタミンB1と記憶に関するメカニズムが少しずつ明らかになったことで、「ビタミンB1は摂らないといけない」という話も、より説得力をもって伝えられるようになります。
こうした知見は、社会での食育にもつながってくると思っています。「できるだけ多様な食品をバランスよく摂ること」といったことは、私たちは普段そこまで意識していませんが、実は非常に重要なことです。だからこそ、もっともっと意識してバランスよく摂る必要があることを、しっかり伝えていきたいですね。また、栄養素の役割の本分は健康維持ですが、それだけでなく、学習や仕事の能率アップにも貢献できる栄養成分は無いのか、と色々探っています。例えば、ヒスチジンなど一部のアミノ酸においては、一時的な記憶力アップに関わることが分かってきています。ビタミンB1は健康的な記憶の維持に欠かせないことは解説したとおりですが、グルコース(糖)と一緒に摂ることで、脳のエネルギー産生の観点からも、そして海馬の記憶機能維持の観点からも、記憶力アップが期待できるかも知れません。今後は、糖とビタミンB1を一緒に脳へ届けやすくするとどうなるのか――などの新たな可能性についても、探っていきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。
コラム:「記憶×栄養」研究のフロンティアへ、喜田先生の研究軌跡
栄養化学から神経科学へと領域を広げながら探究を続けてきた喜田先生。本コラムでは、今回ご紹介した「ビタミンB1欠乏による記憶障害の研究」に至るまでの道のりや背景についてお話しいただきました。
記憶研究の新手法で挑む 脳と栄養の関係の解明
喜田先生:
専門は神経科学と栄養化学です。研究のスタートは栄養化学の研究室で、ウズラの卵をつくる器官である「輸卵管」の働きを調べていました。研究室全体が栄養や食品をテーマに据えていたこともあり、当時から栄養は馴染みのある分野でした。
博士課程修了後は、分子生物学を学ぶため東京大学分子細胞生物学研究所で転写の研究に携わっていましたが、1996年の米国留学を機に、「これから脳の研究はますます面白くなる」と考え、記憶の研究に踏み出しました。留学中は、遺伝子操作マウスを用いて分子生物学や神経科学の手法を駆使しながら、記憶に必要な遺伝子の働きを調べていました。
ビタミンB1をはじめとする栄養素と脳の関わりを探る研究を始めたのは、米国留学を終え、東京農業大学に移ってしばらくした頃のことです。もともと所属していた栄養化学の研究室でタンパク質制限による代謝変化を調べていた経験があり、その発想を応用して「栄養制限によって脳の働きはどう変わるのか」を調べると面白いのではないかと考えたのがきっかけでした。
多くの栄養素は、動物実験において極限近くまで欠乏させると、その動物は死んでしまいます。ところが、ビタミンB1は不思議なことに、極限近くまで欠乏させた後に通常給餌に戻すと、見かけ上はまた健康な状態に戻ります。そのため、欠乏によって脳がどのような影響を受けるのかを調べることができる点も、興味深いと思っています。
また当時は、神経科学の技術進展により記憶研究の標準的な手法が整いつつある一方で、脳と栄養素の関係は新しい手法ではまだ十分に解明されていませんでした。そこに大きな可能性を感じたことも、この研究を始めた理由の一つです。
その後は、恐怖記憶や心的外傷後ストレス障害(PTSD)のメカニズムの解明や治療への応用につなげる研究のほか、内閣府が主導するムーンショット型研究開発事業の一環として、「食の心理メカニズムを司る食嗜好性変容制御基盤の解明」にも取り組んでいます。
プロフィール

氏名:喜田 聡(きだ さとし)
【学歴】
- 昭和59年 3月
- 石川県立金沢泉ヶ丘高校 卒業
- 平成元年 3月
- 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
- 平成 3年 3月
- 東京大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 修士課程修了
- 平成 6年 3月
- 東京大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 博士課程修了 博士(農学)
【職歴】
- 平成 6年 4月
- 東京大学分子細胞生物学研究所 ポスドク
- 平成 8年 1月
- 日本学術振興会 特別研究員(東京大学分子細胞生物学研究所)
- 平成 8年 6月
- 米国コールドスプリングハーバー研究所 ポスドク
- 平成 9年 4月
- 東京農業大学 農学部 農芸化学科 講師
- 平成10年 4月
- 東京農業大学 応用生物科学部 バイオサイエンス学科 講師
- 平成14年 4月
- 東京農業大学 応用生物科学部 バイオサイエンス学科 助教授
- 平成20年 4月
- 東京農業大学 応用生物科学部 バイオサイエンス学科 教授
- 令和元年 4月
- 東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授
【専門分野】
- 神経科学
- 栄養化学(脳栄養学)
【主な研究課題】
- 食行動の心理メカニズムの解明
- 脳機能に対する栄養素・食品成分の役割とその作用メカニズムの解明
- 記憶制御基盤の解明
- 脳機能向上及び疾患改善方法の開発と栄養素・食品の応用
【その他】
- 平成24年 6月
- 文科省科研費新学術領域(領域提案型)「マイクロ精神病態」領域代表
- 平成26年 7月
- 国際学会AND (Association for the Study of Neurons and Diseases) investigator award(学会賞)
- 令和 4年 5月
- 内閣府ムーンショット9・プログラムマネージャー
