監修
伊藤 剛 先生 (北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター、北里大学客員教授)
せき(咳)には、ウイルスなどの異物が気道内に入るのを防いだり、気道内から異物を排除するための身体防御機構としての役割があります。せきの原因はさまざまで、感染症や後鼻漏(こうびろう)、肺炎などの急性のものから、慢性気管支炎や喘息などの慢性のものまであります。
せきが長引いたり、激しいせきが続いたりすると、体力を消耗したり、眠れなくなったりすることもあるでしょう。また、肋骨の筋肉などを痛めることで、胸に痛みを感じる場合もあります。
せきの他に、息切れや喀血(かっけつ:呼吸器からせきとともに血が出ること)、体重減少などが見られる場合や、1週間以上熱が続く場合は、緊急を要する病気が隠れている可能性があるので、すぐに医療機関を受診する必要があります。
こうした症状が見られなくても、4週間以上せきが続いている場合は、慢性気管支炎や喘息、結核などにかかっている可能性もあるため、早めに受診するようにしましょう。
上記の場合以外にも、「激しいせき込みによって眠りが妨げられている」「風邪にかかってから3日以上経っているのに改善しない」「いつもの風邪と違う」といった場合は、一度医師の診察を受けることが大切です。
受診する診療科はせきの原因によってさまざまですが、風邪などによるせきであれば内科を、せきが慢性化している場合は呼吸器科を、鼻水をともなう場合は耳鼻咽喉科を受診すると良いでしょう。
せきが軽度の場合や、「医療機関で処方された薬をのんでいるけれどなかなか治らない」「プラスアルファでセルフケアを行いたい」といった場合は、「ツボ押し(指圧)」を試してみるのも一つの手です。
鍼灸やあんまなど、ツボを使った治療は、中国で生まれ、古くから受け継がれてきました。近年では、西洋医学の分野でも研究が進み、吐き気や痛み、呼吸困難、疲労感、不眠といった症状に対する効果が実証されつつあります。
最近の研究から、ツボを押したときに痛みを感じる(圧痛)部位や、しこりがある部位では、交感神経が興奮することで筋肉が緊張し血流が低下することで、痛みの原因になる物質(発痛物質)が発生していることが分かっています。ツボを外側から押すだけで痛みや症状が和らぐのは、こうした部位に刺激が加わることで、原因になる神経の異常な興奮を抑えられるのが理由の一つなのです。
ツボの効果は世界的にも認められており、現在は、WHO(世界保健機関)によって、361種(760ヵ所)のツボの名称や部位が統一されています。
鍼灸院では、針や灸などを使ってツボを刺激しますが、指圧が基本になる「ツボ押し」の場合は、特別な道具が必要ないので、セルフケアに最適です。せき止めに効果のあるツボについては、次の章で紹介しているので、せきに悩んでいる人はぜひ試してみてください。
なお、処方されたせき止めの薬が効いていない場合、またツボ押しや他のセルフケアを行ってもよくならない場合、他の疾患が隠れている可能性もありますので、再度医療機関の受診を検討しましょう。
ここからは、せきを和らげるツボや呼吸を楽にしてくれるツボを紹介します。胸・背中・手にあるツボを、それぞれ部位ごとに紹介しているので、取り入れやすいものから試してみてください。
・天突(てんとつ)
せきが出るときにまず押してほしいのが、「天突」というツボです。刺激すると、のどの周囲の神経の緊張をほぐし、せきやのどの痛みを落ちつかせてくれます。のどの下、左右の鎖骨の間、胸骨の上に空いているくぼみに位置するのが、天突です。押す際は、人差し指をくぼみに引っかけるように当てて、胸の中心に向かって下向きに押すと、うまく刺激することができます。
・中府(ちゅうふ)
「中府」は、せきやたんなどを和らげて、呼吸を楽にしてくれるツボ。鎖骨から指1本分下、肩関節との間に空いている大きなくぼみに位置し、左右に一つずつあります。中府を押す際は、中指を当てて、肌に向かって垂直に押すと良いでしょう。
・気戸(きこ)
せきがひどく、胸のつかえやつっぱり感がある場合、「気戸」を押すと良いでしょう。気戸は、片側の鎖骨の真ん中、鎖骨の下縁にあるくぼみに左右に一つずつあります。左右同様に、中指を当てて、肌に対して垂直に押すと、うまく刺激できるでしょう。
・玉堂(ぎょくどう)
「玉堂」は、胸の緊張をといて呼吸を整えてくれるツボ。せきが続いていて、胸が重く、息苦しく感じるときにおすすめです。玉堂は、のどの下、体の中心線上の、胸骨の真ん中あたりに位置しています。ツボ押しをするときは、中指を当てて、肌に対して垂直に押すと良いでしょう。
・肺愈(はいゆ)
肺愈は、肺に繋がる交感神経を調節し、気管支を広げてくれるツボ。肺愈を押した後で、せきが和らぎ、呼吸がしやすくなります。
肺愈は、肩甲骨上部から、肩甲骨全体の1/3くらい下、背骨と肩甲骨のちょうど中間に位置し、左右にあります。
・風門(ふうもん)
風門も、風邪の症状を和らげる代表的なツボで、お灸などでもよく使われます。風門は背兪の指2本分ぐらい真上に位置し、左右にあります。
肺兪も風門も自分の指で押すのは難しい位置にあるので、ソフトボールを使って押してみましょう。ソフトボールは大きいため、ツボを探しやすく、堅く凹みにくいことから、堅くなった筋肉を押すことができ、痛みが少ないのが特徴です。まずは、ボールを床に置き、ボールがツボの位置にくるように仰向けになります。その際、床に対して垂直に体重をかけると、うまく刺激できるでしょう。
これらのツボを押すと、背中の筋肉の緊張が和らぐので、気管支や肺を包む胸郭も広がり、呼吸も楽になります。
・孔最(こうさい)
激しくせき込む場合や、せきが長引く場合は、「孔最」がおすすめです。せきが出るときに孔最を押すと、痛みを感じますが、すぐに胸のあたりが楽になります。
孔最は、ひじの内側にある横じわと手首の内側にある横じわの中間から、指1、2本分ひじ側の部分に位置し、左腕・右腕、両方にあります。ツボ押しをする際は、人差し指をツボに当て、腕の中心に向かって押すと効果が出やすいでしょう。
・列缺(れっけつ)
列缺は、肺の機能を高めて、呼吸を安定させるツボで、息苦しさの解消に効果があります。手首の内側、親指側の出っ張った骨(橈骨茎状突起:とうこつけいじょうとっき)から指2本分ほどひじ側に位置し、左腕・右腕、両方に存在します。押す際は、手のひらを横に向けた状態で、親指を当て、下に向かって押すと、うまく刺激できるでしょう。
ツボ押しの基本は、ツボの位置に合わせて、押しやすい指で押すこと。押す時間や回数については、指の腹で約5秒間押して離すのを、3~5回繰り返すのがおすすめです。家族など、自分以外の人に行う場合は、手のひらや親指で押すようにしましょう。
ツボ押しで痛みや症状を和らげるには、押したときに、他の部位と比べて鈍い痛み(圧痛)を感じるツボや、しこりのあるツボをやや強めに押すのがポイントです。
こうしたツボに刺激を加えると、神経の異常興奮を抑えられるので、せきを和らげることができます。最初は痛みを感じますが、効果を実感するには、やや強めに押すことが重要です。
ツボ押しの効果が出るのは、血流が低下して発痛物質が出たり痛みに敏感になったりしている部位といわれています。怪我などで皮膚に炎症を起こしている部位を押したり、高熱があるときにツボ押しを行ったりすると、症状が悪化する可能性があるので、控えるようにしましょう。妊娠中や悪性腫瘍がある人も、むやみに押すと体調に支障をきたす場合があります。判断に迷うときは医師や針灸師・あんまマッサージ指圧師に相談するようにしましょう。
ツボ押しは、基本的に皮膚や筋肉を押すだけで、もまないようにしてください。
上記に当てはまらない場合でも、押しすぎたり強くもんだりすると、押したりもんだ後が腫れたり、痛んだりもみ返しや皮下出血を起こす可能性があるので、無理にしないことが大切です。
ツボ押し以外にも、自宅や出先ですぐにできる対処法があれば知りたいという人もいるのではないでしょうか。ここからは、せきを和らげるのに有効なセルフケアの方法を3つ紹介します。
せきを和らげるには、のどの乾燥を防ぐことが大切です。こまめに水をのんだり、のど飴をなめたりしてのどを潤すようにしましょう。
のどの痛みをともなう場合は、うがい薬を使ってうがいをしたり、トローチをなめたりするのもおすすめです。のどを潤しながら、炎症を抑えることができます。
空気が乾燥していると、のどや気管支に負担がかかり、せきが出る原因になることも。
一般的な目安としては部屋の湿度が40%を下回る場合ですが、乾燥していると感じる場合は、加湿器などを活用して湿度を上げるようにしましょう。加湿器がない場合は、濡れたタオルや洗濯物を部屋に干すのもおすすめです。
たんが少ない乾いたせきやせき込みなどには麦門冬湯(ばくもんどうとう)、比較的湿ったたんの多いせきで、たんの排出困難な場合に清肺湯(せいはいとう)、風邪が長引きせきやたんが多く眠れないときには竹茹温胆湯(ちくじょうんたんとう)、発熱や発汗で体の水分が減り、気道が乾き、せきが出る場合には滋陰降火湯(じいんこうかとう)、体が弱く胃腸が弱い人の風邪でせきやたんが続く場合には参蘇飲(じんそいん)などが有効とされます。
ただし、正しく漢方薬を使用するには、市販薬の漢方薬は薬剤師に相談、医療用の漢方薬は漢方専門医などの診察を受けて処方してもらうようにしてください。
睡眠が妨げられるほどせきがつらいとき、病院に行く時間がないときは、応急処置として、市販のせき止め薬を活用するのも一つの手です。
せきの原因は、比較的すぐに治る風邪だけでなく、後鼻漏、肺炎、気管支炎など、さまざまです。薬をのんでもせきが長引くときは、呼吸器科や耳鼻科などのかかりつけ医を受診しましょう。また、1週間以上続く発熱や息切れ、体重減少などをともなう場合は、緊急を要する病気が隠れている可能性があるので、すぐに医療機関を受診することが重要です。
ひどくなると、体力を消耗する他、眠れなくなることもある「せき(咳)」。せきの原因には思わぬ病気が隠れているケースもあるので、息切れなどをともなう場合やせきが長引く場合は、医療機関を受診するようにしましょう。自宅でできるセルフケアとしては、「ツボ押し」がおすすめです。せき止め効果が見込めるツボを押すと、症状が和らぐ場合があります。また、病院に行く時間がないときは、市販のせき止め薬やトローチ、そして漢方薬などを活用するのも一つの手です。こうしたセルフケアを行っても改善しない場合は、必ず医療機関を受診するようにしましょう。