監修
加地 正英 先生 (函館五稜郭病院 副院長)
せきは、気道(鼻から肺に続く空気の通り道)にある異物を、体外へ排出するための防御反応です。
風邪などが原因で上気道に炎症が起きているときにはたんの分泌量が増え、ウイルスなどの異物をからめとって排出されるため、せきが誘発されやすくなります。せきが悪化してひどくなる場合は、炎症が下気道にまで達していて、いわゆる「風邪」という病気の範囲を超えて、気管支炎など合併症を併発している可能性があります。
また、せきにはたんをともなわない種類もあり、この場合は原因が風邪ではないこともあるので、注意が必要です。
したがって、せきは不快な症状ではあるものの、異物を排除する防御反応でもあるため、それ自体を抑えるよりも、せきを起こす原因に対する治療を優先することが大切です。
せきの原因となる、風邪をはじめとしたさまざまな病気を治療することにより、せきやたんは自然に少なくなっていきます。
とはいえ、激しいせきはつらいものですし、体力を消耗させて二次感染(別のウイルスや細菌への感染)を増やすこともあります。そのようなリスクがある場合には、せきの症状のコントロールも必要になります。
医学的には、せきの症状の持続期間が3週間未満の場合を「急性のせき」、3~8週間未満を「遷延性のせき」、8週間以上を「慢性のせき」と分類します。
せきは持続期間によって、原因をある程度推定することが可能です。急性のせきでは呼吸器感染症が原因であることが多く、非急性になる(慢性に近づく)にしたがって、感染性のせき以外の原因によるものが増える傾向があります。
せきの性質からは、たんをともなう「ゴホゴホ」のような濁った音のするせきと、たんをともなわない「コンコン」のような乾いた音のするせき(空咳)に大別されます。この違いも、原因の推測や治療法の選択に役立ちます。
たんをともなうせきが長引く場合は、気管支炎や肺炎の可能性があり、注意が必要です。また、比較的元気でも、せきやたんが3週間以上続くときには、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息、後鼻漏など何か病気がある可能性も考えたほうが良いでしょう。
たんをともなわないせきが3週間以上続くときには、同じ感染症でも、マイコプラズマやクラミジア、百日咳菌などによる気管支炎が考えられます。感染症以外では、喘息やアレルギー性鼻炎、胃食道逆流症、一部の降圧薬の副作用、間質性肺炎、肺がんなども考えられます。
症状の一つにせきが現れやすい疾患として、次のようなものが挙げられます。
※以下の疾患の中には、医師の診断が必要なものもあります。症状が続くなど心配な場合には、早めに医師の診断を受けましょう。
急性のせきの多くはウイルスの感染が原因で起きる、上気道の炎症によるものです。風邪の原因ウイルスは、ライノウイルス、コロナウイルス(新型コロナウイルス(COVID-19)とは別)、RSウイルス、アデノウイルスなど、200種類以上あるといわれています。
インフルエンザもウイルス(インフルエンザウイルス)による呼吸器感染症です。発熱や関節の痛みなど、全身の症状が他の風邪のウイルスよりも強く現れることが多いため、一般的に、風邪とは区別して位置づけられます。インフルエンザにともなうせきは、発症後、少し経過してから現れる傾向があります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、新型コロナ)も呼吸器感染症で、せきは代表的な症状の一つです。なお、インフルエンザと新型コロナの違いはとても気になるところですが、専門家でも症状からの区別は困難とされています。強いていえば、新型コロナの症状は人によって幅があるのに対して、インフルエンザは発症とともに急な発熱など、典型的な症状が現れることが多い傾向があるといわれています。
また、新型コロナは急性期以降に症状が長引いたり、「long COVID」といわれる後遺症を示すことがあります。後遺症は、倦怠感など新たな症状が現れることがあります。
インフルエンザや新型コロナの原因以外のウイルス、または細菌が、気管支炎や肺炎を引き起こした場合も、せきが現れます。また、風邪の症状が長引いて体力が低下してしまい、最初に感染したウイルスとは異なる呼吸器感染症にかかってしまうこともあります。特に高齢者はそのような二次感染のリスクが高いことが知られています。
アレルギーの症状として、せきが現れることもあります。アトピー性皮膚炎の素因にともなうせきは「アトピー咳嗽」と呼ばれます(咳嗽は、せきの医学用語)。
後鼻漏は副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎、副鼻腔気管支症候群などが原因で、鼻水が多く産生されているときに、それがのどへ流れ込んで粘膜を刺激する症状で、せきが誘発されることがあります。
せきを長引かせる呼吸器の病気として、咳喘息、喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、百日咳、肺がん、感染後咳症候群などがあります。
胃食道逆流症は胃酸がのどに逆流してくる病気で、その刺激によってせきが誘発されることがあります。
環境(ホコリの多い職場など)によるもの、季節変動の影響、喘息、喫煙、ストレス(心因性)、降圧薬※1の副作用、気道内の異物、自己免疫疾患、サルコイドーシス※2、咽喉頭異常感症※3なども長引くせきの原因として考えられます。
せきが長引く場合や呼吸がしにくい・息苦しいなどの症状がある場合、また、熱がなくてたんやせきが続く場合などは病院を受診しましょう。
※1 高血圧に対する薬
※2 「肉芽腫」という結節が、リンパ節、目、肺、心臓などの、全身のさまざまな臓器にできる病気
※3 咽喉にイガイガするなど異常感を訴えるが、器質的な病変を局所に認めないもの
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せきが止まらないで困っているという人のために、まずは、いま起きているせきを止めるために役立つ方法を解説します。
せきが止まらないときにまずできることは、のどや胸を温めたり、マスクをしたりすることです。
首にタオルやネックウォーマーを巻いたり、胸にカイロをあてたりして、のどを温めてみてください。温かい飲み物をのむのも良いかもしれません。のどが冷えていると、気道粘膜が刺激に敏感になって、たんが出やすい状態、つまりせきも出やすくなってしまいます。
また、マスクにはのどの保湿作用があり、保温して寒気による刺激を和らげたりすることもできます。エチケットとしてだけでなく、せき対策としてもマスクを活用しましょう。
空気が乾燥しているとのどが刺激を受けやすく、せきが出やすくなります。対策として、室内を加湿したり、こまめに水分を補給したりすることが大切です。加湿器を使用する場合は、適切なお手入れを行い、細菌やカビの繁殖を防ぐことが大切です。
また、たんが多くてせきが出ている場合には、水分を補給することでたんの粘り気が減り、排出しやすくなると考えられます。
温かなハーブティーは、体をリラックスさせて自律神経の働きを整えてくれるといわれています。例えば、オオバコ茶などがおすすめです。
香辛料や辛味の強い、刺激のある食べ物や飲み物は、せきを誘発することがあります。お酒も刺激物に含まれるため、ご注意を。また、熱いものはのどから水分を奪い、粘膜を傷つけるため、せきを悪化させることもあります。せきが出ている間は、刺激のあるもの、熱いものは控えたほうが良いでしょう。
のどが乾燥しているとせきが出やすくなるため、室内を加湿することに加えて、飴やトローチを舐めるのも良い方法です。
せきを鎮める鎮咳作用や、たんを切る去たん作用の成分が含まれているトローチもあります。
せきを抑えたいときに、ツボ押しを試してみても良いかもしれません。せきに効くとされるツボとして、「孔最」や「天突」などがあります。
孔最は、腕を少し曲げたときにできる、肘の内側の横しわと、手首の横しわを結んだ線上の、肘から約3分の1(肘に近い)当たりの外側(親指側)に当たります。反対の手の親指で揉むように押してみましょう。
天突は、のどの下、左右の鎖骨の間にあるくぼみに位置します。人差し指を鍵のように曲げて、くぼみを押し込むようにすると、のどがふさがっている感じが取り除かれます。
市販薬を活用するのも、止まらないせきに対処する方法の一つです。
せきそのものは体の防御反応であるため、むやみに止めるべきではないといわれます。しかし、せきによって生活に支障が生じていたり、睡眠が妨げられたり、体力が消耗していたりする場合は、風邪薬などによってせき症状を緩和することも選択肢の一つです。せきのつらい症状を和らげることで、自身の免疫機能の回復につながります。
市販薬の中には、症状ごとに適したタイプを選択できるブランドや、せきに良いとされる漢方の市販薬もあります(麦門冬湯〈ばくもんどうとう〉など)。薬剤師や登録販売者に相談して、自分の症状にあった薬を選びましょう。
医療機関を受診することを念頭に置いておくことも大切です。
風邪にともなう急性のせきであれば、まずは安静にして上記でご紹介した対策をとったうえで、様子をみてください。しかし、症状が悪化していく、発熱や呼吸困難をともなう、色のついた(黄色や緑、またはピンク)たんが出る、胸やけがするなどは、単なる風邪ではないかもしれません。また、高熱や全身倦怠感や食欲不振などの気になる全身症状がなく比較的元気なのに、せきが3週間以上続くときも、他の病気が隠れている可能性があります。一度、医療機関を受診しましょう。
また、小児や妊婦、高齢者、基礎疾患(呼吸器疾患、心臓病、糖尿病など)がある人も、早めに受診したほうが良いでしょう。
続いて、せきで困るような事態にならないために、せきの予防法を解説します。
まずはうがいをすることを心がけてみてください。急性のせきの多くは呼吸器の感染症です。呼吸器感染症のリスクを抑制するために、こまめにうがいをすることが大切です。
のどの調子を整えるには、適度な湿度が必要です。湿度が低く、鼻やのどの粘膜が乾燥してしまっていると、感染症にかかりやすいだけでなく、粘膜が刺激を受けやすくなり、せきが誘発されやすくなります。
のどが乾燥してしまっているときには、マスクをしたり、のど飴を舐めたり、こまめに水分補給をしたりしてのどを保湿してみてください。
のどを酷使しないことが大切です。カラオケを長時間楽しんだり、短時間であってもスポーツ観戦の応援などで大声を出したりすると、のどに負担がかかって気道の粘膜が弱り、せきが出やすくなることがあります。
せきが出ているときは特に、のどの使い過ぎには注意しましょう。
タバコの煙は気道の粘膜を刺激して、せきを誘発します。また、タバコによってリスクが増大する病気の中にはさまざまな呼吸器疾患も含まれ、それらにかかった場合には症状の一つとして、せきが現れることがあります。
一度禁煙を検討してみると良いかもしれません。
腸内環境は、腸に関わる病気だけでなく、全身の病気にも関係があります。例えば、最近のトピックとして、呼吸器感染症とされている新型コロナのウイルスが、実は腸管内で感染していることが多いことがわかってきました。※
日頃から、腸内環境を意識した生活が大切です。
※Li N, et al.: Front Immunol, 10: 1551, 2019
睡眠不足のために疲れやストレスがたまっていると、体内の免疫機能が低下しやすくなり、感染症のリスクが高くなってしまいます。自分の睡眠時間が足りているかを判断する一つの目安は、日中に眠くなることがあるかどうかです。もし毎日のように、日中に眠気に襲われるようであれば、睡眠時間が足りていないか、睡眠の質が良くない(眠りが浅くて睡眠中に目覚めやすくなっている)可能性があります。睡眠環境を整えて、十分な睡眠をとるよう心がけましょう。
栄養の偏りや不足も、体の調子を崩しやすくする原因の一つです。バランスの良い食事を心がけるとともに、ビタミンAやC・Eといった「抗酸化ビタミン」と呼ばれるビタミンとミネラルなどを積極的に摂りましょう。また、風邪をひいているときはエネルギー消費量が増えています。糖などの糖質からエネルギーを作るのに不可欠なビタミンB1も摂ると良いでしょう。
せきのために睡眠が妨げられるなど、体力を消耗し抵抗力が低下すると、新たな感染症にかかりやすい状態になります。また、感染症のせきの場合は人にうつしてしまうことも。
せきを軽視せず、早め早めに対処するようにしましょう。
なお、風邪によるせきは、ときに感染してから2週間以上続くこともありますが、一般的には徐々に軽快していくものです。もし、発症から3日を過ぎても症状が回復しない、悪化していくなど、いつもの風邪とは異なる様子がみられたら、肺炎(新型コロナまたは細菌性感染症など)を合併している可能性も考えられますので、医師の診察を受けるのが良いでしょう。
主婦と生活社,1999「病気をなおす医学事典」
時事通信社,2000「35歳からの家庭の医学百科」
レジデントノート10(7),2008「咳止めの使い分け」
レジデントノート11(増),2009「慢性咳嗽の鑑別と咳止めの使い方を教えてください」
主婦と生活社,2009「最新版よくわかるツボ健康百科」