より良い睡眠のために、睡眠を知ろう、測ろう

より良い睡眠のために、睡眠を知ろう、測ろう

小久保 利雄 先生

話し手

小久保 利雄 先生 (筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 元教授/株式会社S’UIMIN取締役CSO)

睡眠は、健康を保つために大切な時間。でも、忙しい生活を送っているとつい睡眠を犠牲にしがちです。一方で、若い頃のように眠れないという高齢者も増えています。睡眠に悩んでいる人は実に多いのです。そこで今一度、睡眠を見直して、長年の睡眠の悩みを解消する方法を考えてみましょう。
今回は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 元教授であり、同大学発のベンチャー企業の株式会社S’UIMIN取締役でもある小久保利雄先生に、睡眠問題や睡眠負債のリスク、睡眠を測るデバイス、良い睡眠を得るためのセルフケアについてお話しいただきました。

見過ごせない!「睡眠負債」がたまっていく

(聞き手)
現代社会では、多くの人が不眠や睡眠不足など睡眠の悩みを抱えています。そもそも、なぜ睡眠の問題が起こるのでしょうか。

(小久保先生)
日本が抱える睡眠の問題は、日本の社会的・文化的背景が深く関与しています。まず、経済のグローバル化です。夜間勤務や不規則勤務が増え、それをこなすために寝る時間を削って働くことが当たり前のようになっていることです。

次に、日本人の睡眠に対する考え方です。かつて日本では、寝ないで働くことを美徳とする風潮がありました。まるで睡眠は無駄な時間であるかのように思われていたのです。その後、時代が変わっても睡眠に対する考えはなかなか変わっていないようです。その結果、日本の平均睡眠時間は7時間22分と、経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中で最下位(図1)です。依然として日本では睡眠が軽視されているのです。

また、高齢になると十分に眠れないという人類共通の問題があるのですが、高齢化が急速に進む日本ではこれも睡眠問題の要因の1つとなっています。

こうした背景によって、日本ではさまざまな睡眠の問題が起こっているのです。

図1 主なOECD加盟国の平均睡眠時間
OECD Gender data 2021, Time use across the world data
(https://www.oecd.org/gender/data/OECD_1564_TUSupdatePortal.xlsx. 2023年1月10日アクセス)より作成。

(聞き手)
睡眠の問題とは、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?

(小久保先生)
睡眠の問題は、大きくわけて4つあります。下記のチェックリストをご覧ください。皆さんも思い当たることはありませんか 。

あなたの睡眠をチェック:
こういったことに思い当たる方はいませんか?

1つめは、ストレスや心配事が原因で眠れないというものです。ストレスの原因は勉強、仕事、家庭などさまざまなものがあり、これは若い世代から高齢者まで幅広い世代でみられます。ストレスが原因の場合、寝ようと思ってベッドに入ってから30分、1時間たっても寝付けない、いわゆる入眠困難による問題が目立ちます。

2つめは、無自覚の睡眠不足です。30~50代の働き盛りの世代に多くみられる問題で、責任のある仕事を任されて長時間働いたり、寝る間を惜しんで趣味に没頭したりして、睡眠時間が極めて短くなり、しかも眠気をこらえて活動しているため、ベッドに入ってからすぐに眠れるというのが特徴です。ところが、そういう人は寝付きが良いことを「よく眠れている」と勘違いして、慢性的な睡眠不足に陥っていることにまったく気づいていません。こうした状態を行動誘発性睡眠不足症候群といいます。本人に自覚がないので、隠れた睡眠問題といってもよいかもしれません。

一方、仕事や子育てが終わったリタイア世代では、責任が軽くなり、時間の余裕ができて、寝る時間も十分に確保できます。ところがこの世代になると、しっかり寝ようとするのになかなか寝付けなかったり、途中で目が覚めてしまったりして、睡眠で悩む人が多くなります。これが3つめの問題です。
このように、世代やライフサイクルによって睡眠の問題も変わってくるのです。

4つめは、睡眠時無呼吸症候群の関与です。睡眠時無呼吸症候群では、睡眠中に激しいイビキをかいたり何度も呼吸停止と短い目覚めを繰り返したりします。その結果、睡眠不足になって日中に眠気が生じるのですが、本人に自覚がないので、なぜ昼間に眠いのかわからないというのが、この問題の特徴です。睡眠時無呼吸症候群は気道が狭いと起こりやすいため、肥満がある人や、ラグビーなど首の周りの筋肉が発達したスポーツ選手などに多くみられます。また、日本人は下顎が小さく、太っていなくても気道が狭いので、無呼吸を起こしやすいといわれています。
これら4つの睡眠の問題によって日々の睡眠不足が蓄積されていくことを睡眠負債といいます。睡眠負債が大きくなると、身体にさまざまな悪影響を及ぼすことがわかっています。

(聞き手)
具体的にはどのような影響があるのですか?

(小久保先生)
不眠になるとうつ病などの気分障害が起こりやすくなります。うつ病になると眠れなくなるのでさらに不眠が悪化するという悪循環に陥ります。また、睡眠負債により肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症などのいわゆる生活習慣病のリスクも増加します。そのほか、がんになりやすいともいわれています。

最近の研究で、睡眠負債が認知症の発症や進展に関与していることもわかってきました。睡眠の機能の1つに、脳内の老廃物であるアミロイドβ(Aβ)などのタンパク質を除去する働きがあるといわれていますが、睡眠不足になるとその働きが不十分になり認知症などの健康問題を引き起こす一因になるのではないかと考えられています。

自宅で睡眠を測る時代に

(聞き手)
睡眠負債をなくすには、まず自分の睡眠の状態を知ることが大切だと思うのですが、私たちは「眠れている」「眠れていない」という自覚だけで判断しがちです。

(小久保先生)
そうなんです。当社(株式会社S’UIMIN)の睡眠検査を受けた方からも同様の感想をいただきます。「よく眠れないので心配していたのですが、検査で良い結果が出たので安心しました」という方もいれば、「私はよく眠れるので睡眠の問題はないと思っていましたが、実はあまり眠れていないことがわかり驚きました」という方もいらっしゃいます。寝ている間は意識がないので、自分で睡眠を正しく評価するのは難しいのです。これも睡眠の特徴の1つといえるでしょう。

(聞き手)
睡眠を正しく評価する方法にはどのようなものがあるのでしょうか?

(小久保先生)
睡眠ポリグラフ(Polysomnography:PSG)検査という方法が標準法(ゴールドスタンダード)です。これは病院に検査入院し、頭や顔に多数の電極を付け、体にさまざまなセンサーも付けた状態で、一晩にわたって脳波や眼電図、筋電図、心電図などを測定する検査です。これにより睡眠状態がわかり、睡眠障害の診断も行うことができます。ただし、この検査は病院で受ける必要があり、普段と異なる環境で測定されます。私もPSG検査を受けてみたのですが、病室のベッドでたくさんの電極やセンサーが気になってなかなか寝付けず、検査結果も普段の私の睡眠状態とは異なるものでした。普段の睡眠状態を知るという点では、やはり自宅で測定できる方法が理想的だと思います。

そのイメージに近いのが、家庭用血圧計です。かつて、血圧の値は病院で測定してもらわなければわかりませんでした。しかし、病院での測定値と家庭での測定値に差があることがわかり、普段の血圧を知るために家庭用血圧計が開発されました。今では後者の測定値で血圧管理していくことが一般的になっています。

そこで私たちは、家庭用血圧計のように普段の睡眠を誰でも簡単に家で測定できるデバイスを開発し、「InSomnograf®」というサービスを開始しています。

図2 InSomnograf®のEEG電極と睡眠脳波計(株式会社S’UIMIN提供)

(聞き手)
InSomnograf®とはどのようなものですか?

(小久保先生)
InSomnograf®で用いるデバイスは、電極と睡眠脳波計です。電極は額(3つの電極が1シートになっている)と両耳の後ろに貼り付けるだけでよく、これに手のひらサイズの睡眠脳波計がつながっています(図2)。脳波だけでなく、目の動き(眼電)や首の後ろの筋肉の動き(筋電)も測定できるため、生体電位計といってもよいかもしれません。なお、PSG検査と同レベルの精度をもつことは実証済で、より普段の眠りを反映したデータが得られることが期待できます。

そうして測定したデータはAI技術を用いて解析します。PSG検査では病院の臨床検査技師が解析するのですが、AI技術を使ってそれと変わらない精度で、しかも瞬時に解析することができます。また、費用面でもコストを抑えることが可能となります。

簡便さとAIによる高い精度の解析がInSomnograf®の大きな特徴です。

図3 InSomnograf®の睡眠評価レポート(株式会社S’UIMIN提供)

(聞き手)
InSomnograf®は、実際にどのように使われているのでしょうか?

(小久保先生)
個人が利用できるものとしては睡眠検査サービスがあり、2020年より開始しています。健診センターやクリニックを通じて申し込んでいただき、自宅で測定後、睡眠評価レポートが手元に届くという仕組みです。睡眠評価レポート(図3)では、睡眠時間や睡眠段階などの睡眠指標の測定結果と、起こり得る睡眠トラブルのリスクを示し、睡眠専門医によるA~Eの5段階判定で睡眠を評価します。さらに判定に応じてレポートによる簡易アドバイスを行い、受診が必要な症状がある場合は病院のリストを提供します。このように、ご自身の睡眠状態を知る手段として、あるいは睡眠を良くする生活改善のきっかけとして、このサービスを利用していただいています。

また、InSomnograf®を用いて大学や研究機関との共同研究も数多く行っています。最近は、睡眠改善に役立つ機能性食品、寝具、家電製品などの商品開発の際にInSomnograf®を使って効果を検証する企業も増えています。

さらに、InSomnograf®は医療機器として認証されましたので、今後、治験や薬の市販後調査などで活用していただけるのではないかと期待しています。そして、将来的には睡眠障害のさまざまな疾患を診断する検査法として医療に貢献したいと考えており、そのための研究・開発を重ねているところです。

※:医薬品の販売開始後に、販売前の治験では得られなかった作用や副作用に関する情報を収集するために行われる調査。

今日からできる!良い睡眠をとるための工夫

(聞き手)
良い睡眠を得るには、どのようなことを心がければよいのでしょうか?

(小久保先生)
最近、「睡眠の質」を良くすることが大切といわれています。確かにそうなのですが、睡眠の質が独り歩きしてしまい、「質の良い睡眠をとれば、睡眠時間は短くていい」と思い込んでいる人もいるのです。そんなことができればよいのでしょうが、実際は不可能です。やはり睡眠の基本は量、つまり睡眠時間なのです。睡眠時間をしっかり確保したうえで、中身となる質を高めることが大切なのです。

睡眠の質を良くするには、睡眠の流れを知っておくことが必要です。私たちの睡眠は、入眠から起床までの間に覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠など刻々と変化しており、これを睡眠構築といいます。それぞれの睡眠段階の変化に意味がありますので、自分の睡眠の状態を正しく知ることが、より睡眠の質の改善につながります。

(聞き手)
まずは「睡眠時間の確保」が大切なのですね。普段の生活の中でできることはありますか?

(小久保先生)
当社代表の柳沢正史先生(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長)は、「睡眠を積極的に良くすることは難しいので、睡眠を悪くしない方法を取り入れましょう」と助言しています。つまり、睡眠というのは私たちが意識的にコントロールできない脳神経システムの自発的なはたらきであるために意識的に良くするというのはなかなか難しいが、睡眠を悪くする行動を避けることなら無理なくできるというわけです。具体的には、厚生労働省による「睡眠12箇条」(図4)を参考にしていただくとよいでしょう。

健康づくりのための睡眠指針 2014
~睡眠12箇条~
  1. 良い睡眠で、からだもこころも健康に。
  2. 適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
  3. 良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
  4. 睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
  5. 年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
  6. 良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
  7. 若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
  8. 勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
  9. 熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
  10. 眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
  11. いつもと違う睡眠には、要注意。
  12. 眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。

図4 睡眠12箇条
平成26年3月 厚生労働省健康局「健康づくりのための睡眠指針 2014」より
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf
(2023年1月10日アクセス)

最近は、不眠症の治療に認知行動療法が取り入れられています。認知行動療法というと難しく聞こえますが、要は睡眠に対する思い込みを改めて、普段の行動を少し変えてみようという方法です。「睡眠12箇条」は自分で変えられる行動ですので、ぜひ試してみてください。

一例を紹介してみましょう。時間的余裕のある人の中には、きちんと睡眠時間をとらなければと、「眠くなくても必ず夜9時に布団に入る」という方がいます。しかし、なかなか寝付けず何時間も悶々とし、自分は不眠症ではないかと悩んでしまう。そうした方は、寝ることにとらわれ過ぎているのです。ですから、必ず9時に布団に入るという考えを改め、11時でも12時でも、眠くなってから布団に入るようにすればよいのです。そうすれば短時間で入眠でき、睡眠の不安もなくなるでしょう。これはまさに「睡眠12箇条」の「眠くなってから寝床に入る」という行動ですね。

ほかにも、行動誘発性睡眠不足症候群※※の人は、眠気や睡眠不足を自覚していませんが、一方で「疲れた」と感じている人は多いと思います。眠気と疲れは別物と捉えがちですが、実は睡眠不足で睡眠負債がたまった結果、疲労感としてあらわれることも多いのです(図5)。一晩ぐっすり寝たら疲れがとれたというのは、まさに睡眠負債と疲労が関係していることのあらわれです。

では、どうすればよいかというと、「睡眠12箇条」の「勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を」にあるように、やはり十分な睡眠時間をとることが大切なのです。

※※:仕事や趣味に打ち込むことなどで睡眠時間の少ない生活を続けているため、寝付きはよいが、自分では気づかずに慢性的な睡眠不足に陥っている状態。

図5 睡眠負債と疲労(イメージ)

また、「睡眠を悪くする行動チェックリスト」を作成しました。ぜひ普段の生活を振り返っていただき、このような行動を減らすよう取り組むきっかけにしていただければと思います。

睡眠を悪くする行動をチェック:
あなたの睡眠習慣を振り返ってみてください

(聞き手)
睡眠の悩みを抱える人にメッセージをお願いします。

(小久保先生)
先に述べたように、日本の睡眠時間はOECD加盟国で最下位です。しかし、睡眠の大切さに気づき、改善したいと思っている人は間違いなく増えています。睡眠を正しく知り、良い睡眠をとる人が増えていけば、日本の睡眠事情も変わっていくのではないかと期待しています。