箱根ランナーの疲れ対策とは:
日本体育大学の「学生主体」コンディショニング術

監修:杉田 正明 先生(日本体育大学 体育学部 教授・ハイパフォーマンスセンター長)

2025年に創部100周年を迎えた、日本体育大学陸上競技部。男子駅伝ブロックは、2025年の第101回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)で77回目の出場を果たし、箱根駅伝10度の優勝を誇る伝統校です。2025年7月にアリナミン製薬とのスポンサー契約を締結し、秋・冬の駅伝シーズンに向け、チーム力を高めています。チームを医科学面でサポートする杉田先生、そして長野県で夏合宿を行っている監督や選手たちへインタビューを行い、疲れ対策やコンディショニング戦略を探りました(取材:2025年8月)。

箱根ランナーを支える日本体育大学の医科学サポートについて。

日本体育大学は、学生アスリートへの支援体制をどのように整備しているのですか?

日本体育大学 体育学部 教授 ハイパフォーマンスセンター長
杉田 正明 先生

  • 1966年生まれ。博士(学術)。専門は運動生理学、トレーニング科学。日本オリンピック委員会(JOC)情報・科学サポート部門長や日本陸上競技連盟科学委員会委員長を務め、日本のスポーツ科学研究を牽引する一人。2010年FIFAワールドカップでのコンディション管理支援をはじめ、東京、パリの各五輪では、科学サポートの責任者として日本代表選手団に帯同。暑熱対策など医・科学サポート活動を通じて、長年にわたりトップアスリートの強化支援に携わっている。

杉田正明 先生:

日本体育大学には、学生アスリートの活動を多角的に支援する「アスレティックデパートメント(AD)」があり、その中にハイパフォーマンスセンターが設置されています。さらに、同センターには「NASS(Nittaidai Athlete Support System)」と呼ばれる独自の支援システムが構築されています。このシステムでは、パフォーマンス分析や栄養分析、心理サポートなど、多岐にわたる専門分野の教員・スタッフが連携し、選手一人ひとりのニーズを詳細に把握した上で、最適化された個別サポートを提供しています。こうしたオール日体大による総合的支援体制は、これまでに多くのオリンピックおよびパラリンピックメダリストのサポートにも活用されてきました。

駅伝ブロックへのサポートはいつから、どのようなことを行っていますか?

杉田正明 先生:

駅伝ブロックは、大学内で特に重要な強化種目と位置づけられており、国際トップレベルの選手と同じサポートをNASSから受けています。駅伝ブロックへのサポートは私が自身の研究の一環として始めたのがきっかけでしたが、駅伝ブロックが特別強化モデルとされた2022年度からNASSとしての本格的なサポートが始まりました。


具体的なサポートの例として、日々のコンディショニングデータや朝の尿比重(脱水チェック)の測定結果など、得られた科学的なデータを選手たちにフィードバックしています。これにより、選手は心身の状態を客観的に確認でき、セルフコンディショニングの意識と知識を確実に向上させています。


また、単に情報を与えるだけでなく、NASSのスタッフが選手や監督・コーチ陣との密な対話を通じて、それぞれのニーズに合わせた解決策を見つけられるよう尽力しています。駅伝ブロックのコーチの中には、大学院時代に私の研究室で医科学を学んだ者もおり、彼が科学的な知見の選手への橋渡し役を担うことで、チーム全体にサポートが浸透しています。血液検査、腸内細菌分析や、外部機関との共同研究の一例としてインソールの効果検証など、最先端のスポーツ医科学を実践の場で活用しているのも特徴ですね。

アリナミン製薬のサポートをどのような面で期待していますか?

杉田正明 先生:

アリナミン製薬からのサポートは、我々が目指す医科学サポートをさらに強化してくれると期待しています。特に、過酷な練習が続く長距離走選手にとって、疲労回復は最も重要な課題のひとつです。アリナミン製薬の製品を活用させていただき、食事だけでは補いきれない栄養素をしっかり補給し、疲労対処していければと思います。アンチドーピング認証を取得している製品も展開されているので、選手たちも安心して利用できると思います。

夏合宿の目的や強度、疲労度とは。「学生主体」で取り組むチーム強化に迫る。

夏合宿の目的や位置づけを教えてください。

日本体育大学 陸上競技部 駅伝ブロック
玉城 良二 監督

  • 1961年生まれ、長野県出身。長野吉田高校、日本体育大学卒業。大学4年時の箱根駅伝では10区を走り区間3位、チームの準優勝に貢献。卒業後は指導者の道に進み、長野東高校を全国高校駅伝女子準優勝に導くなど、輝かしい実績を誇る。2020年7月より現職に就任し、豊富な経験を活かして伝統校の再建に挑む。

玉城良二 監督:

夏合宿は、長野県の野尻湖周辺、標高600mを超える高原で行っています。合宿は大きく分けて3クールがあり、第1クールは心と身体のスタミナづくり、第2クールは予選会に向けた実践的な練習、第3クールは仕上げとして精度を上げる、という形で進めていきます。学生たちにとっては、日々の練習や生活の状況が、選抜チームへの選考につながるので、常に競い合いながら力をつけていく夏になります。

「学生主体」というチーム方針について教えてください。

キャプテン浦上和樹さん:

監督やコーチから言われたことに取り組むだけというチームではなく、自分たちでいろいろなことを相談し、話し合いで決めていくことを中心にチームづくりをしています。そしてキャプテンの自分が全て行動する訳でもなく、各学年・各選手が自分の考えを持って取り組んでくれて、最後に自分がまとめるという流れです。

キャプテンの浦上和樹さん(写真右)

玉城良二 監督:

いろいろなことを自分たちで相談して、自己決定し自分たちで軌道修正していく。こちらから与えるのではなく、学生の方から発生してきたものに対してどう手を加えてやれるかという指導を心掛けています。これは学生時代だけではなく、社会に出てから必ず役に立つ考え方だと思っています。

夏合宿での練習強度や疲労の状態について聞かせてください。

副キャプテンの犬童慧真さん

副キャプテン犬童慧真さん:

7月後半から開始した第1クールの富士見合宿は、学業の前期単位取得がひと段落した選手から少人数ずつ参加する形で、雰囲気もまだ和やか、笑顔もあるようなスタートでした。8月に入り、第2クールの野尻湖合宿が始まってからは、「10月中旬の箱根駅伝予選会に向けて」という雰囲気に変わり、ピリッとしてきました。
合宿中は4つのチームに分かれており、僕たち4年生が中心の選抜チームは、「他大学を意識し、ライバル校に負けないよう」実践を意識して練習しています。例年、この合宿は走行距離も増えますし、非常に重要な位置づけになるのは間違いありません。

副キャプテンの犬童慧真さん


山崎 丞さん

山崎丞さん:

練習内容的には、例年以上に負荷をかけながら、うまく練習を積んできていると思います。今は、土台作りの真最中です。富士見合宿では、まだ本格的な走り込みに入る前の準備段階として、起伏のあるコースを毎日集団で走っていましたが、野尻湖合宿ではさらに一段階負荷が上がっている感覚です。走行距離は例年以上に積めていると思いますし、走行距離に合わせて疲労度も上がってきています。
自分の場合、普段は1週間で120~140kmくらいですが、この合宿では250km近く走っています。倍近くになりますね。多い選手だと2週間で450kmを超えると思います。基本的に、みんな毎日30km以上は走っています。走行距離が増えると心配なのが、ケガのリスク。ケガを防ぐためにも、疲労回復は最重要と考えています。

山崎 丞さん

「学生主体」のコンディショニング術とは。そこに加わるアリナミン製薬のサポート。

各選手が実践している疲労回復の方法やコンディショニングについて聞かせてください。

山崎丞さん:

「普段通りのことを合宿でもしっかり継続する」ことが基本です。練習の強度に合わせて食事、睡眠などの質を上げることも、できる範囲で行っています。練習後アイシングプールに入ったり、交代浴をしたり、ということも強度に合わせて取り入れています。選手によっては、定期的な血液検査で鉄分不足をチェックしたり、腸内細菌の状態をチェックしている人もいます。それぞれの選手が、検査結果に応じて自分に合ったサプリメントなどを摂取しています。特別な寝具を取り入れて、睡眠の質を高めている人もいますね。

浦上和樹さん:

基本的に食事や睡眠など、リカバリーに気を配ってやっていることはみんな同じですね。チームとして決められていることがあるのではなく、みんな自分に必要なものを自主的に考えて取り入れています。「自分はこうしている」「これは良かった」という情報共有をお互いにし合ったりもしますが、結果的にセルフコンディショニング意識の高い選手が選抜組に残っているように思います。

浦上和樹さん


田島駿介さん:

今日は「距離走」(長い距離を一定のペースで走るトレーニング)だったのですが、僕が気をつけているのは、脱水チェック(尿の色の確認)です。夏場は水分が抜けやすくてすぐに脱水になるので、水分補給には特に気をつけています。

田島駿介さん

犬童慧真さん:

僕は、合宿では普段よりも疲れがたまりやすいので、ご飯をいつもより多く摂ることを意識しています。また、僕にとっては練習後の身体の「ほてり」や「だるさ」、「寝つきの悪さ」が疲労を蓄積している指標になっているので、体調に合わせて試行錯誤しながら調整しています。

アリナミン製薬によるスポンサー契約を、どのように捉えていますか。

平島龍斗さん:

「やっと自分たちにもこのようなスポンサーがついてくれるようになった」と、とても嬉しい気持ちです。アリナミン製薬と言えば、よく知っているビタミン剤や風邪薬、整腸薬など、この話をいただく前から社名を認識できていて、陸上競技との親和性も感じていたので、自分たちにフィットしているな、と感じます。同時に、しっかりと結果を出して期待に応えたい、とも思っています。

平島龍斗さん

監督やコーチは、アリナミン製薬のサポートをどのように捉えていますか?

玉城良二 監督:

現場としては、実際にコンディションやパフォーマンスに関連する製品を提供してもらえるのは非常にありがたいです。そのような製品を展開している会社のロゴを胸に、各大会に参加できることも、選手・指導者ともにとてもモチベーションにつながります。

日体大は指導者を育てる学校です。授業で学んだ基本的な知識に、これまで各自がいろいろ試した中で見つけた自分に合う医科学コンディショニングがあり、そして今回アリナミン製薬が製品提供も含めてサポートをしてくれる。一朝一夕でタイムが改善する、ということはないですが、このような環境で考えながらコンディションを整えていく経験は、必ず将来、指導者になった時にも役立つはずです。もちろん、指導者の道に進まなかったとしても、社会人として自分の体調を整えることは必須ですから、本当に貴重な機会だと思います。

写真左から、玉城良二監督、育成チームの指導を担当する小野木俊コーチと嶋野太海コーチ

小野木俊 コーチ:

学生たちは、アリナミン製薬が展開している製品や、各製品に配合されている成分について、積極的に調べているようです。もちろん医薬品も多いので、わからないことはコーチであったり、専属のチームドクター・トレーナー・栄養士などにも確認が必要ですが、自主的に調べている姿を見ると、「学生主体」のコンディショニング戦略を実践できているな、と感じます。


嶋野太海 コーチ:

入部したばかりの1年生を見ていますが、年々、コンディショニングや栄養成分などに関して知識が豊富な選手が入部してきている実感があります。今は手軽に情報を入手できますから。一方で、手軽に入手できる情報を鵜呑みにせず、上級生やコーチに相談・確認をしたり、あるいは自分自身でまずは少しだけ方法を試してみて判断につなげるなど、いわゆるメディアリテラシーの面も、トレーニングを積んでいければと考えています。


監督、選手たちが見据える、秋・冬の駅伝シーズン。

玉城良二 監督:

箱根駅伝でシード権を取るというのが学生たちの目標です。アリナミン製薬のサポートを得て、まずは予選会を突破し、本選でシード権を取るべく、学生たちと一緒に努力して、日頃お世話になっている方々にきちんとした形で恩返しがしたいです。学生スポーツは人生を豊かに生きていくための手段ですから、選手たちには、目先の目標だけでなく駅伝を通じて学んだことを、社会でも生かしていってくれることを期待しています。


浦上和樹さん:

目標は、箱根駅伝でシード権を獲得すること。本学は総合4位となった2018年以来、シード権を獲得できていません。その悔しい思いも含めて、最後に目標を達成したいです。それが後輩たちへの最大のプレゼントになり、最後はチーム全員が笑顔で終われることを目指ざしています。

写真左から、田島駿介さん、副キャプテンの犬童慧真さん、キャプテンの浦上和樹さん、山崎 丞さん、平島龍斗さん。


撮影/下山展弘

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