立ち上がる時や階段・坂道を降りる時など、ふとした瞬間に感じる「膝の痛み」。痛みを感じたら放っておかず、早めの対処が肝心です。今回は適切にすばやく対処できるよう、膝の痛みが生じる原因や病気(疾患)を解説します。さらに、少しでも痛みを和らげるための対処法も専門医監修のもとにご紹介します。
監修
横串 算敏先生 (札幌渓仁会リハビリテーション病院 院長)
膝関節を構成している骨は、大腿骨(太ももの骨)と脛骨(すねの骨)、そして膝蓋骨(いわゆる“膝のお皿”)の3つです。それらの骨の内面は「関節軟骨」で覆われており、関節のなめらかな運動を可能にしています。関節軟骨は、膝にかかる衝撃を吸収し、分散する役目を担っています。また、膝関節を構成している骨は、4本の「靱帯」でつながれていて、それにより関節の安定性が保たれています。
大腿骨と脛骨の間には、内側と外側に2枚のC型をした「半月板」と呼ばれる軟骨様の組織があります。半月板は膝にかかる荷重を吸収し、膝の安定性にも関与しています。
これらの関節全体は「関節包」という袋状の組織で包まれていて、関節包の内面は「滑膜」で覆われています。なお、関節軟骨には血管がないため、必要な栄養は、滑膜から分泌される「関節液」から補給されています。
膝の痛みを引き起こす原因はさまざまです。後ほど代表的な病気(疾患)を取り上げて解説しますが、ここではまず、日常生活に潜んでいる要因について解説します。
膝には体重を支える大切な役目があり、日常生活で常に負担がかかっています。さらに、激しい動きをともなうスポーツでは膝の負担がより強まります。
例えば、ランニングの着地時には最大で体重の約5倍の衝撃が膝にかかり、ジャンプの着地ともなると体重の約10倍にもなると報告されています。また、激しいスポーツではなくても、階段の昇り降りや、重い荷物を持ち歩いたり、長時間の立ち仕事を続けたり、正座やしゃがみ込みから立ち上がりをくり返す動作でも、膝に負担がかかります。
このような膝に負担をかけやすいスポーツや生活習慣は、膝のトラブルを起こしやすく、膝の炎症や変形といった病気のリスクを高めてしまいます。
運動不足は全身の筋肉の減少を招きますが、膝の痛みで注意すべきは、太ももや膝周りの筋肉の減少です。もともと膝には体重がのしかかっている割に、関節を守る組織が少なく、膝の筋肉が減ると関節への負荷が大きくなってしまいます。
そして、膝の痛みのために運動量が減ってしまうと、ますます筋肉が落ちてしまうという悪循環に陥ります。また、運動不足は肥満の原因にもなるので、注意が必要です。
歳を重ねるとともに膝の関節に少しずつ負担が蓄積していくのは避けられません。関節軟骨がすり減ってしまったり、骨の一部が変形して棘のようになった「骨棘(こつきょく)」ができると、関節内に炎症が起きます。このような症状を「変形性膝関節症」といい、加齢にともなう膝の痛みの原因の多くを占めています。この病気については後ほど詳しく解説します。
そのほか、肥満や過去に膝の怪我をしたことがある人、O脚やX脚の人、運動や仕事による膝への負担が大きい人、膝周りの筋力が低下している人などは、膝の痛みが出やすい傾向であることが知られています。
肥満、つまり体重が重いということは、それだけ膝の負担が大きくなります。クッションの役割を果たしている関節軟骨や半月板を痛めやすいためです。また、肥満の人のなかには日常生活での運動量が不足している人が少なくありません。運動不足が膝に良くないことは、既にお話ししたとおりです。
※以下の疾患は、医師の診断が必要です。心配な場合には、早めに医師の診察を受けましょう。
変形性膝関節症は、膝の関節軟骨や半月板がすり減って、関節が変形してしまう病気です。加齢とともに発症しやすく、60歳以上になると、画像検査で膝関節の変形が見つかる人の割合は、男性で47%、女性では70%にも上ります。女性に多い理由として、男性よりも筋肉が少ないために膝関節への負担がかかりやすいこと、閉経後に女性ホルモンの分泌量が急減することによって骨を保護する働きが弱まってしまうこと、体重が増えやすいことなども関係していると考えられています。
「軽度」では関節軟骨がすり減り始め、大腿骨と脛骨の隙間が少し狭くなり、立ち上がる時など動き始めの際にだけ痛みが走る症状が現れます。さらに「中等度」まで進行すると、関節軟骨や半月板がすり減り、骨が変形した骨棘が滑膜を刺激して炎症を起こします。膝関節に関節液が溜まって腫れてきたり、膝を十分に曲げられず正座ができなくなることもあります。「重度」になると関節軟骨がほとんどなくなり、安静にしていても痛みが消えなくなってしまいます。
大腿骨内顆の一部が壊死してしまう、60歳以上の中高年の女性に多い病気です。多くの場合、急な膝の痛みが起こります。また、夜間に痛みが強くなることが多いのが特徴です。変形性膝関節症に合併することが多くみられます。
この病気の原因はよくわかっていませんが、関節軟骨の下層の骨が骨粗鬆症のために骨折を起こすのではないかという考え方があります。
大腿骨と脛骨の間にある半月板が損傷を受けた状態を指し、膝の曲げ伸ばしの際に痛みやひっかかりを感じるようになります。関節内に「みず(多量の関節液)」が溜まって腫れたり、動かせなくなったり、痛みのために歩けなくなったりすることもあります。
原因は、スポーツ中の怪我が多いですが、半月板の変性が進む中高年では、日常生活動作で痛めることもあります。この後で解説する「膝靱帯損傷」に合併することも少なくありません。また、半月板損傷のために「変形性膝関節症」になりやすくなることがあります。
膝関節を構成している骨同士をつなぐ内側・外側、前・後の4本の「靱帯」のいずれか、あるいは複数が損傷を受けた状態のことで、スポーツ中のアクシデントや交通事故などが主な原因です。受傷後は膝が強く痛み、動かせる範囲が制限されたり、膝が不安定になります。少し時間が経つと、関節内に血液が溜まってきて膝が腫れてくることもあります。これらの症状は徐々に落ち着いてきますが、損傷した部位によっては膝の不安定さが目立ってくることもあります。また、不安定性が残ると「変形性膝関節症」になりやすくなることがあります。
膝が内反していて(内側に曲がっていて)、かかとをそろえても左右の膝関節が離れてしまい、両足のシルエットがアルファベットの「O」のように見える状態がO脚です。一方、膝が外反していて(外側に曲がっていて)、直立した時に左右のかかとが離れてしまい、両足のシルエットがアルファベットの「X」のように見える状態がX脚です。
O脚は乳幼児期に多く、その後3歳頃にはX脚になるものの、成長とともに10歳になる頃には目立たなくなります。
成人のO脚の多くは、膝の内側の関節軟骨がすり減った、変形性膝関節症です。
痛風とは、血液中の尿酸が過剰になり、関節内に尿酸塩結晶が蓄積して炎症を引き起こし、腫れや痛みが生じる病気です。足の親指の付け根の関節に生じやすいのですが、膝関節に起きることもあります。中年期の男性に多く発症する傾向があります。
病状が痛風と似ている偽痛風は、ピロリン酸塩結晶が溜まって炎症を起こしますが、高尿酸血症はみられません。症状が起きやすい部位は膝関節が約半数を占め、発症傾向としては高齢者に多く、男女差があまりないことも痛風との違いです。
本来免疫は体の外から侵入した異物を排除する仕組みですが、自分の身体に対して働いてしまう「自己免疫疾患」と呼ばれる病気の一つです。
男女比は1:4で女性が多く、中年期までに発症しやすい傾向があります。しかし最近は高齢期での発症も増えています。
全身のさまざまな関節の滑膜に炎症が起こり、痛みを引き起こします。症状が左右対称に生じやすいことも特徴です。滑膜の炎症が続くと、徐々に関節の破壊が進行してしまいます。
有酸素運動には、痛みを伝える神経の興奮にブレーキをかけるような作用があります。実際に、変形性膝関節症の人が有酸素運動を続けたところ、筋力トレーニングよりも、痛みの程度が改善したという報告があります。さらに、体重コントロールにも役立ち、下肢の筋力だけでなく、心肺機能の維持やストレスを軽減する作用もあります。
そんな多くのメリットがある有酸素運動の中でもウォーキングは、いつでも手軽にでき、膝周りの筋肉がついて関節の負担を軽くし、骨の新陳代謝を刺激し、ストレス解消にもなるという優れた方法です。背筋を伸ばして腕を振って自分のペースで歩くのがポイントです。
なお、歩きすぎると膝に負担をかけてしまうので、1日30分程度を目安にして、坂や段差がないところ、なるべく土や芝生の上などを歩くようにしましょう。痛みが強い時は無理をしないことが大切です。また、水中ウォーキングは浮力で膝への負荷が軽減し、水の抵抗による筋力強化も期待できます。
筋肉や靱帯をゆっくりと伸ばすことにより血流を改善して、痛みを軽くしてくれます。また、膝周りの筋肉や膝関節が柔らかくなって、曲げ伸ばしが楽になります。「ウォーキングを始めたいが痛みのために歩くのは難しい」という状態では、まずストレッチをしばらく続け、痛みを軽くすることから始めましょう。ストレッチは、室内でテレビを見ながらでもできます。
(1)膝を曲げる筋肉(太ももの裏(ハムストリング)、ふくらはぎ(下腿三頭筋))
椅子の背もたれを使わずに腰かけ、足首をそらして膝を伸ばします。膝のお皿とその上部を軽く押して、太ももやふくらはぎを伸ばすようにします。この時、背筋は伸ばしたままに。
(2)膝を伸ばす筋肉(太ももの前面(大腿四頭筋))
横になって膝を曲げ、太ももの前面を伸ばすようにします。痛みの具合に応じて、足を曲げる角度は調整してください。無理に手で足を持つ必要はありません。
体を温めると血行が良くなり、筋肉などの組織が柔らかくなって、痛みが抑制されます。寒い季節には膝掛けなどを使い、膝を冷やさないようにしましょう。膝を保護するサポーターには、膝の冷えを防ぐ効果も期待できます。
心臓に病気のない方は、湯舟に浸かって膝の曲げ伸ばしをするのも良いでしょう。
なお、膝が腫れて熱感がある場合は、関節に炎症が起きている可能性があり、温めるのは逆効果なので注意が必要です。むしろ冷やしたほうが良いと考えられます。
肥満は膝痛の大敵です。体重増加は変形性膝関節症が進むリスクになります。
歩行時には体重の2~3倍の負荷が膝にかかると言われています。階段の昇り降りでは3倍以上になります。適切な食事と運動を心がけ、適正体重を維持するようにしてください。
食べ過ぎないことはもちろん大切ですが、筋肉が減ってしまっては逆効果です。タンパク質はしっかり摂り、また、骨の主要な構成成分となるカルシウムや骨格の形成を促す作用があるビタミンDなどが不足しないようにしましょう。
膝の痛みに有効な市販薬は、外用薬(貼り薬や塗り薬)と内服薬(飲み薬)に分けられます。
外用薬は、消炎鎮痛成分が皮膚から浸透し、痛みを抑えます。具体的な成分としてはロキソプロフェン、ジクロフェナクナトリウム、フェルビナク、インドメタシンなどが挙げられます。
内服薬では、鎮痛剤のほかに、ビタミン剤も有効です。配合されている成分の具体例としては、神経の修復に関与するビタミンB群や、血行改善に関与するビタミンE、軟骨に弾力性や保水性を与えるコンドロイチンなどがあります。
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ウォーキングを安全に続けるためにも靴選びは大切です。靴底に適度のクッション性があり、足を着いた時の衝撃を和らげてくれるものを選びましょう。また、靴の素材が硬すぎないことも靴選びのポイントです。両手で靴のつま先部分とかかと部分を持って靴を折り曲げた時に、足の指の辺りから土踏まずの辺りまで反るくらいの硬さが良いでしょう。
変形性膝関節症で痛みがある方には、足底板を使用するのがおすすめです。市販品もありますが、医師の処方により専門の技師に作製してもらうこともできます。
膝関節が熱をもって腫れている、膝関節以外の関節にも痛みがある、痛み以外の症状(例えば発熱)がある、安静にしていても痛む、セルフケアを行っても症状が改善しない、徐々に痛みがひどくなっていく――といったことが該当する場合は、早めに医師の診察を受けてください。