機能性ディスペプシア(FD:Functional Dyspepsia)とは、胃がんや胃潰瘍などのはっきりした病気がないのにもかかわらず、食後に胃痛や胃もたれ、むかつきがたびたび起こる病気のことを言います。実は、この病気にかかる患者さんはとても多いと言われています。ここでは、機能性ディスペプシアの原因や症状、対処法について解説します。
監修
木下 芳一 先生 (兵庫県立はりま姫路総合医療センター 院長)
機能性ディスペプシアの「機能性」というのは、胃がんや胃潰瘍などのはっきりとした病気がないのにもかかわらず、胃や十二指腸などの消化器系臓器の働き(機能)が悪くなって症状が出ることを言います。胃や十二指腸に傷はないのに、胃の感覚や運動機能をうまく調整できなくなることから、胃部の症状が起こるのです。
「ディス」というのは不や非を意味し、できないことを言います。「ペプシ」というのは消化を意味します。それらが繋がった「ディスペプシア」というのは、消化不良症状(胃もたれや胃痛)のことを言います。
つまり、機能性ディスペプシアとは、胃がんや潰瘍、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎などのはっきりした病気がないのにもかかわらず、食後に胃痛や胃もたれ、むかつきがたびたび起こる病気のことを言うのです。
実は、胃部の症状で診療所や病院にかかる患者さんの約50%は、機能性ディスペプシアだと言われています。また、健康診断を受診する人の約10~20%に機能性ディスペプシアが診られるとも言われており、患者さんの数はとても多い病気とされています。
昔、機能性ディスペプシアは「症候性胃炎」と言われていました。胃の粘膜に小さな傷があり炎症を起こしている胃炎の患者さんと症状が似ているため、そう呼ばれていたのです。しかし、実際の機能性ディスペプシアの患者さんの胃の粘膜には、傷も炎症もありません。
機能性ディスペプシアの患者さんは、どうして胃もたれや胃痛を感じるのでしょうか。どこの臓器のどのような機能の障害で、症状が起こるのでしょうか。実は、原因は1つではなくいくつかあり、それらが重なって症状が出るようです。
最近までは、病気の名前の通り胃の動きや胃液の消化力が低下して、食べ物の消化や胃から十二指腸への移動に時間がかかり、食後に胃もたれや胃痛、むかつきが起こると考えられてきました。ところが、良く調べてみると、機能性ディスペプシアの患者さんで胃の動きが悪い人や食べ物の消化が悪く胃から十二指腸への移動に時間がかかっている人は、ごく一部だったのです。
実際、胃もたれや胃痛がある患者さんに、消化を助ける消化酵素製剤や薄めた胃酸、胃の動きを良くする薬をのんでもらったりしても、胃もたれや胃痛、むかつきの症状が良くなる人は多くはなかったのです。
最近、胃のすぐ下流にある十二指腸の粘膜に胃酸や脂肪分が接触すると、胃もたれや胃痛、むかつきが起こることが分かってきました。というのも、胃もたれや胃痛、むかつきの症状がある人に胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害薬(PPI)をのんでもらうと、かなりの患者さんの症状が良くなることがわかりました。それまでは胃酸を減らして消化力を低下させると胃もたれの症状が悪化すると思われていたため、驚く結果となりました。
特に、胃酸は十二指腸の表面にたくさん接触すると、十二指腸の胃酸中和力を超えてしまい、不快な胃部の症状が起こるようです。胃は、その消化力によって食べ物を小さくします。胃の中で食べ物を消化して大きさが2mm以下になると、胃酸と混ざった状態のまま少しずつ十二指腸に送り出されます。少しずつ送り出すと、十二指腸の持つ酸中和力で流れてきた胃酸が中和され、胃酸が十二指腸粘膜に直接接触しないため、胃もたれや胃痛、むかつきは起こりません。
ところが、機能性ディスペプシアの患者さんの多くでは、胃酸で消化された食べ物が胃から十二指腸に急に流れ出てしまい、十二指腸が急に胃酸や脂肪で刺激されることとなり、胃もたれや胃痛、むかつきなどの不快な症状が起こっているようです。
強いストレスや不安感は、胃もたれや胃痛、むかつきの症状を強く感じさせてしまいます。
人の胃や腸は比較的鈍感で、内視鏡検査中にポリープが見つかると電気メスを内視鏡から出して麻酔なしでポリープを切り取りますが、痛くはありません。実は、十二指腸に少しぐらい多くの胃酸や脂肪が急に流れ込んでも強い症状が出ることは少ないのですが、強いストレスや不安感があると、胃もたれや胃痛、むかつきをより強く、そしてより不快に感じてしまうのです。
例えば、宴会でスピーチを頼まれていると、スピーチが済むまでは胃がもたれて食欲がないのにもかかわらず、スピーチが済んだ途端に胃もたれがなくなり、食欲が出ることがあるでしょう。これは、強いストレスや不安感によって胃もたれを感じていると考えられます。もちろん、ストレスがあっても、胃酸が少なくなれば症状は軽くなります。
このように、機能性ディスペプシアの症状が起こる原因としては、胃酸の存在がとても重要なのです。胃酸の急激な十二指腸への流入に加えて、脂肪分の十二指腸内への急な流入、胃の動きの異常、胃や十二指腸の強いストレス・不安感による知覚過敏など、いくつかの原因があると考えられています。
実際は、患者さんによって少しずつ違いや個人差があるようですが、多くの場合、これらの原因がいくつか重なって起こるのではないかと考えられています。
病気の名前が機能性ディスペプシアですから、食事を上手に消化できていないように感じる症状がいろいろと起こります。症状の種類は、胃もたれ、胃痛、むかつき、早期飽満感などが中心です。
胃もたれは、食事をした後に何時間も胃のあたりが重く、食べ物が消化されずに残っていて気持ちの悪い状態が続くことを言います。
胃痛は、食後に胃のあたりに鈍い痛みが続く状態を言います。強くなったり弱くなったりすることもあり、特に心配事や不安になることがあったり、ストレスにさらされると痛みを強く感じることがあります。
むかつきは、食べたものを吐いてしまいそうな気持ちの悪さを感じることです。
早期飽満感は、食事をしているときにすぐにお腹がいっぱいになり、食事を全部食べきれないような症状です。例えば、一人前の定食などを食べ始めてもお腹がいっぱいになり、お腹が張ってたくさん残してしまうような状態です。
不快な症状が起こりやすいのは食後です。食事をしていないと症状はあまり起こりません。特にカツや天ぷらなど脂肪分をたくさん含む食事をした後、たくさん食べた後に症状は起こりやすくなります。
症状は、臍(へそ)よりも上の腹部で、左右の真ん中あたりを中心として起こることが多いです。ここは、一般に胃と呼ばれている場所です。この場所には、胃に加えて十二指腸、大腸、膵臓、肝臓、胆嚢(たんのう)・胆道などもありますが、機能性ディスペプシアの患者さんでは、症状は胃や十二指腸から起こると考えられています。
機能性ディスペプシアの症状は、それぞれの患者さんによって感じ方、表現の仕方が少しずつ違っており、感じている症状がどの症状になるのか決め難いこともよくあります。この病気では、胃もたれや胃痛、むかつきを中心としたいろいろな胃部の症状が、食後の時間を中心に起こると理解したほうが良いでしょう。
また、これらの症状は1つだけではなく、3~4つ同時に起こることの方が多いことも分かっています。胃もたれ、胃痛、むかつき、食欲の低下が一緒に起こるような場合もあります。
さらに、日によって症状が変わることも珍しくありません。先週は胃痛が中心であったものが、今週は胃もたれが中心に変わったりもします。症状の強さも日によって変わります。特に、ストレス、心配事、不安感は症状を強く感じさせます。
機能性ディスペプシアの症状は辛く、他の人たちと一緒に楽しく食事をすることも難しくなります。そのため、できるだけ早く症状をなくす対処をするのが良いでしょう。食習慣や生活習慣を変えたり、ストレスや不安感をなくすことも大切ですが、効果が出るのには時間がかかります。そこで、まずは薬を利用してできるだけ早く症状を取ることが望ましいとされています。
胃のあたりの症状に医師が処方可能な薬はたくさんあります。ただ、医師の診察を受け、薬の処方を受けるためには、病院や診療所を受診することが必要です。効果が高く、一番初めに医師が処方するべき薬は、日本消化器病学会による機能性ディスペプシアの診療ガイドラインに記載されています。このガイドラインによると、「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」、胃の運動能を改善する「アコチアミド」という薬、「六君子湯」という漢方薬が第一処方選択薬となっています。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、胃からの酸分泌を抑制する薬剤です。1日に1回服用すると胃酸の分泌を効果的に抑制するため、食後に胃酸と混ざった食べ物が急に十二指腸内に流れ込んでも、胃酸が十二指腸を刺激し胃もたれや胃痛、むかつきが起きるのを抑制します。
服用を始めた日は効果がそれほど強くはありませんが、数日のみ続けると効果が強くなります。過去に良く使用されてきた「H2ブロッカー」とは違い、2週間程度であればのみ続けても効果が弱くなるようなことはありません。また、腎臓の働きが低下している人や高齢の方も使用できることが分かっています。
アコチアミドは、食後の胃の動きを良くして胃もたれなどの症状を軽くします。
六君子湯は、胃が食後に膨らみ、食べ物を消化しやすくして早期飽満感や胃もたれを軽くすることが知られています。
これらの薬に加えて、日常生活でできる対処法としては、一度にたくさん食べるのを控える、脂肪分の多い食事を控える、ストレスや心配事をなくすようにするなどの食習慣や生活習慣の改善をできるだけすると良いと考えられます。
なお、機能性ディスペプシアと喫煙、飲酒、コーヒー摂取については、関連があるという報告とないという報告の双方があります。有用性を示すエビデンスは少ないものの、実際の医療現場では禁煙指導や飲酒・コーヒー摂取を避ける指導がよく行われていることから、まずはできることから始めてみるのも良いでしょう。
胃部の症状が胃がんなどの病気ではないかと心配するだけで、不安感はどんどん大きくなってしまいます。市販の薬をのんでも2週間以上症状が続くようなときは、病院や診療所を受診して相談してみましょう。きちんと検査をして心配な病気がないことが分かっただけで、症状がなくなる患者さんもよく見られるようです。受診するべき診療科としては、消化器内科や内科が適切です。
機能性ディスペプシアは、薬剤の服用で症状が良くなっても、薬の使用をやめると胃部の症状が再び現れることが少なくない病気です。命にかかわる病気ではありませんが、再発しないように食事や生活の習慣を改善して、脂っこい食事を控えたり、不安やストレスをなくす工夫も一緒にすることが大切です。
参考文献