胃潰瘍、十二指腸潰瘍
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胃潰瘍、十二指腸潰瘍

胃潰瘍、十二指腸潰瘍とは、胃や胃につながる十二指腸の壁に傷(潰瘍)ができる病気のことをいいます。胃痛や胃もたれ、むかつきなどが主な症状です。ここでは、胃・十二指腸潰瘍の原因や症状、対処法について解説します。

木下 芳一 先生

監修

木下 芳一 先生 (兵庫県立はりま姫路総合医療センター 院長)

胃潰瘍、十二指腸潰瘍とは?

胃潰瘍、十二指腸潰瘍とは、胃や胃につながる十二指腸の壁に傷(潰瘍)ができる病気です。胃液の消化作用が原因で傷ができるため「消化性潰瘍」とも呼ばれています。かつて日本では胃・十二指腸潰瘍の患者さんはとても多く、馴染みのある病気でした。胃・十二指腸潰瘍の患者さんが多かった理由の1つは、再発をおこしやすい病気であるため、何度も再発する人が多かったからです。このように潰瘍を繰り返す患者さんは「潰瘍体質」とも呼ばれていました。胃・十二指腸潰瘍の患者さんには厳重な食事指導や生活指導が行われましたが、それだけではあまり効果はなかったとも言われています。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の発病率が、昔と比べて低下した理由

かつては発病率の高かった胃・十二指腸潰瘍ですが、最近は発症率が下がっています。これは潰瘍が起こる原因や再発の原因が明らかになり、これを取り除くことが可能になったからです。原因を完全には取り除けない人でも、今では再発予防に効果の高い薬が広く使われるようになり、胃・十二指腸潰瘍の患者さんは少なくなりました。

昔は胃痛や胃もたれ、むかつきを感じる人の一番多い原因は胃・十二指腸潰瘍でしたが、最近ではこれらの上腹部(胃部)の症状の一番多い原因は胃・十二指腸潰瘍ではなくなっています。ただ、上腹部の症状を起こす原因疾患として、胃・十二指腸潰瘍はときに命にかかわる合併症を起こしますので、重要で忘れてはいけない病気なのです。

胃や十二指腸は、普段どのようにして胃液から守られているの?

胃では、毎日1.5リットル程度の胃液が胃粘膜にある胃腺から分泌されます。胃液は酸度がpH 2程度の強い酸性で、強酸である塩酸と酸性状態でたんぱく質を分解・消化するペプシンという強力な消化酵素を含んでいます。胃液の中では、お肉の塊でも1時間もすればどろどろに溶かされてしまいます。胃液の消化力は食べ物を消化するのには重要ですが、胃の壁や十二指腸の壁、食道の壁もたんぱく質が主成分なので、胃液に触れると溶かされてしまいます。

そのため、胃の粘膜上皮細胞の表面は、たんぱく質分解酵素であるペプシンでは溶かされない、糖質が主成分の粘液で被われています。わかりやすく例えると、カエルの卵やジュンサイの葉の周りにくっついている、透明でトロッとした粘液をイメージしてください。さらに、粘膜表面の細胞は、少しだけ粘液層の中にアルカリ成分を分泌して、胃粘膜上皮細胞の表面だけ胃酸を中和し、胃壁が溶けないようにしています。十二指腸も少量の粘液とたくさんのアルカリ成分を分泌して、流れてきた胃液を中和し、十二指腸の壁を守っています。

食道の防御機構はもう少し簡単なもので、胃と食道の境界部分に括約筋(かつやくきん)と呼ばれる弁機構を持っていて、胃液が食道に逆流しないようにしています。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の原因

胃や十二指腸の粘液分泌やアルカリ分泌による防御力が弱くなったり、胃液の量が多くなりすぎると、胃や十二指腸の壁が胃液に消化されて壁に傷ができ、胃潰瘍や十二指腸潰瘍ができることになります。胃液の量が多くなりすぎる病気は実は少ないのですが、胃や十二指腸の粘膜の防御力が弱くなる病気はたくさんあります。

胃や十二指腸の粘膜の防御力が弱くなる原因としては、ヘリコバクター・ピロリ感染症とアスピリンなどの解熱鎮痛薬の使用が深くかかわっています。

ヘリコバクター・ピロリ感染症

ヘリコバクタ―・ピロリ菌は、胃の粘膜表面の粘液層の中に棲んでいる細菌です。胃や十二指腸を守っている粘液の中に棲んでいるのです。粘液の中は上皮細胞が作るアルカリが胃酸を中和しているため、酸が少なく棲みやすいようです。

ヘリコバクタ―・ピロリ菌は5歳ごろまでに経口的に感染し、人の胃や十二指腸の粘液層内に棲み着きます。そして粘膜に炎症を引き起こして、粘膜上皮細胞を傷つけ粘液の分泌量を減らしてしまいます。私たちの免疫系は、子供のときに感染したヘリコバクター・ピロリ菌を殺すことは残念ながらできません。そこで、一度感染すると特別な治療(ヘリコバクター・ピロリ除菌治療)をしない限り、ほぼ一生私たちの胃や十二指腸に棲み続けます。

昔は日本人の70%以上がヘリコバクター・ピロリ菌に感染していました。このため、この菌の感染によって胃粘膜が傷つき、胃粘液分泌量が少なくなり、アルカリ分泌量も少なくなります。それにより粘膜の防御力が弱くなり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍がたくさんできていたのです。潰瘍が薬物治療で治っても、ヘリコバクター・ピロリ菌が棲み続けている限り、また潰瘍ができてしまいますので、胃・十二指腸潰瘍は何度も再発を繰り返す病気であったわけです。

またヘリコバクター・ピロリ菌は、胃がんの最も重要な原因でもあります。この菌が胃粘液層内に棲み着いて胃粘膜に炎症を起こし、これが長く続いていると胃がんになりやすくなるのです。胃潰瘍は胃がんの原因ではありませんが、胃潰瘍も胃がんもヘリコバクター・ピロリ感染が重要な原因なのです。

幸いなことに、衛生環境の改善や除菌治療が広く行われたこともあって、日本人のヘリコバクター・ピロリ感染はずいぶん少なくなり、若い人たちでは感染率は10%以下になっています。このため、日本では胃・十二指腸潰瘍、胃がんが最近少なくなってきているのです。

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アスピリンなどの解熱鎮痛薬の使用

アスピリンなどの解熱鎮痛薬は、胃や十二指腸の粘液分泌やアルカリ分泌を少なくしてしまうことが分かっています。つまり、胃や十二指腸の胃液に対する防御力を低下させてしまうのです。

現在、心臓の病気や脳卒中の予防のためにアスピリンを継続して長く使用する患者さんが増えています。さらに、高齢の方が増え、腰痛や膝の痛みのために鎮痛薬を高頻度に使用する方も増えています。このため、アスピリンなどの解熱鎮痛薬が原因で胃や十二指腸の防御力が低下し、胃酸によって傷がつき潰瘍ができる患者さんが増え、今では潰瘍の最も重要な原因はアスピリンなどの解熱鎮痛薬の使用に変わってきています。

また、解熱鎮痛薬には痛みを和らげる作用があります。このため、これらの薬の使用が原因となって潰瘍ができた場合には、痛みの症状を感じにくくなり、病気ができても分かりにくくなります。さらに、アスピリンは血液を固まりにくくする薬ですので、潰瘍からの出血が起こりやすくなります。

※この後にご紹介する胃潰瘍、十二指腸潰瘍の症状を確認し、潰瘍からの出血が疑われる場合や気になる症状がある場合は、速やかにかかりつけ医に相談しましょう。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の症状

胃痛

胃潰瘍、十二指腸潰瘍共に、胃痛が主な症状となります。胃潰瘍の胃痛は胃酸分泌が増え、胃が運動を始める食後に起こりやすく、十二指腸潰瘍の胃痛は胃が空虚な空腹時や夜間に起こりやすいことがわかっています。

胃が空虚なときには分泌された胃液が胃からそのまま十二指腸に流れ出し、傷のできた十二指腸を刺激して痛みを起こします。十二指腸潰瘍の痛みは、牛乳や水を飲んで胃液を薄めると和らぐことが多いという特徴があります。

胃もたれ、食欲低下

上述の通り、解熱鎮痛薬には痛みを和らげる作用があります。そのため、これらを使用しているときに潰瘍が起こった場合には胃痛は無く、胃もたれや食欲低下だけのこともあるため、注意が必要です。

むかつき

十二指腸の潰瘍は、十二指腸の中でも胃に一番近い「球部」と言われる場所に起こります。この場所や胃の幽門部という出口に近いところに潰瘍が何度も再発すると、潰瘍が治った後に瘢痕(はんこん:傷跡のこと)ができて収縮し、胃の出口が細くなってしまうことがあります。こうなると胃に食べ物が残りやすく、むかつき症状が起こることがあります。

吐血

潰瘍が深くなると、胃の壁の中にある血管が傷つき破れて出血することがあります。太い血管や動脈が破れるとたくさん出血するため、吐血(血液を吐く)することがあります。

タール便(黒い便)

毛細血管や細い静脈が破れると少量の出血しか起こらないため、吐血は起こらず、出血した血液は食べ物と混じって腸に流れていきます。胃潰瘍や十二指腸潰瘍から出血した血液が混じった便は黒く、コールタール(石炭の乾留により得られる黒色の副産物)あるいは海苔の佃煮のような色合いとなるため、おかしいなと気づかれることがあります。少量でも出血が毎日続くと、貧血となり瞼の裏や顔色が白っぽくなることもあります。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の予防法

胃潰瘍も十二指腸潰瘍も、どのような場合に起こりやすいかがはっきりしているため、病気が起こるのを予防することが可能です。

ヘリコバクター・ピロリ菌の感染診断を受ける

胃・十二指腸潰瘍はヘリコバクター・ピロリ感染がある人に起こりやすく、再発もしやすいため、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染診断を受けると良いでしょう。検診や人間ドックで検査を受けることも可能です。

検査方法は血液検査、便検査、呼気の検査、内視鏡の検査などいろいろな検査があり、それぞれ特徴がありますが、血液や便の検査が最初に利用されることが多いです。ヘリコバクター・ピロリ感染がある場合には病院や診療所を受診して、除菌治療について相談してみましょう。受診する診療科は、消化器内科が適しています。

潰瘍予防薬の使用を検討する

アスピリンなどの解熱鎮痛薬は潰瘍を起こしやすい薬です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍が起こりやすい人には、これらの薬を使用するときには特別な対応をすることがあります。

最も潰瘍が起こりやすい人は、過去に胃や十二指腸に潰瘍ができたことがある人です。このような人にアスピリンなどの解熱鎮痛薬を使用するときには、潰瘍の再発を防ぐために潰瘍の薬を予防的に投薬します。一般的には、プロトンポンプ阻害薬(PPI)が使用されることが多いです。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の対処法

日常生活でできる対処法としては、禁煙や禁酒などが挙げられます。以前は厳重な食事指導や生活指導がされましたが、潰瘍の治療効果や再発予防効果は高くありませんでした。潰瘍では胃の血管が傷ついて吐血をしたり、潰瘍が深くなって胃や十二指腸の壁が穿孔(せんこう:臓器の壁に穴が開いてしまうこと)すれば、直ちに緊急の内視鏡治療や緊急手術ができる病院で治療を受ける必要があります。

潰瘍では自分なりの対応はせずに、消化器内科がある病院、診療所を定期的に受診し、治療を受けることが大切でしょう。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍の治療後の経過と注意事項

胃潰瘍、十二指腸潰瘍になった人が病院で治療を受けて治っても、潰瘍が再発しやすい状態は残ります。そこで、ヘリコバクター・ピロリ感染の有無を検査し、可能であれば除菌治療を行って再発の危険性を減らすことが大切です。

アスピリンなどの解熱鎮痛薬を使用する場合には、潰瘍が再発しやすいためプロトンポンプ阻害薬(PPI)などの予防的な投薬の必要性についてかかりつけ医と相談するのが良いでしょう。

胃・十二指腸潰瘍は出血や穿孔による腹膜炎のために死亡することもある危険な病気です。定期的な消化器内科への通院が望ましいでしょう。