ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎
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ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎とは、ヘリコバクター・ピロリ菌という細菌が胃の表面の粘膜にくっついていることが原因となり、長期間にわたって炎症や胃炎が起こり続ける病気のことを言います。胃はわりと鈍感な臓器であるため、自覚症状がある人は少ないですが、胃もたれ、胃痛、むかつきの症状が現れる人もいるようです。ここでは、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の原因や症状、対処法について解説します。

木下 芳一 先生

監修

木下 芳一 先生 (兵庫県立はりま姫路総合医療センター 院長)

胃炎とは?

胃炎とは、胃の粘膜に「炎症細胞」と呼ばれるいろいろな種類の白血球がたくさん集まって、白血球が体外から侵入してきた細菌などの外敵を食べたり、殺菌力のある物質やたんぱく質分解酵素を出して、外敵を殺したり溶かしたりしている状態のことです。

外敵の侵入を防ぐためには白血球による炎症が必要なのですが、外敵である細菌だけではなく胃の粘膜の細胞の一部も一緒に炎症に巻き込まれて死んでしまいます。このため胃炎があると、胃粘膜が傷ついて腫れたり、赤くなったり、ただれたり、小さな傷ができたりします。

胃はわりと鈍感な臓器です。内視鏡検査をする際、麻酔をせずに胃の粘膜に鋭い歯がついた生検鉗子(せいけんかんし:組織の一部を採取するための処置具)で直径数ミリメートルの粘膜を採取しても、小さな胃がんを内視鏡から出した電気メスで切り取っても、痛みは感じないと言われています。そのため、少々の胃炎(胃の炎症)があってもほとんどの方は症状を感じることがなく、自分では胃炎の存在に気がつかないのです。まれに、少しの胃もたれなど不快感を訴える方がいますが、思いのほか少数です。

胃炎の原因

自己免疫性胃炎

胃炎は主に二つの原因で起こります。まず1つが「自己免疫性胃炎」というものです。これは、胃粘膜にある胃酸を作る壁細胞という細胞やその成分を、体の免疫系が外敵だと間違えて攻撃してしまい、胃粘膜に長い期間軽い炎症、つまり胃炎が起こり続けるものです。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎

胃炎の原因のもう1つが、「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」です。これは、本当の外敵であるヘリコバクター・ピロリ菌という細菌が胃の表面の粘膜にくっついていることが原因で、長期間にわたって炎症、つまり胃炎が起こり続けます。

なぜヘリコバクター・ピロリ菌が胃の中に棲みつくの?

胃の中には、ヘリコバクター・ピロリ菌が棲みやすい環境がある

胃の中には塩酸が分泌され、酸度(pH)が2程度の強い酸性状態になっています。さらに、酸性環境で働くたんぱく質分解酵素のペプシンが常時分泌され、胃の中は塩酸と消化酵素の海のような状態です。このため、胃の中では細菌は生きていけないだろうと考えられ、無菌状態だと長く信じられていました。

ところが、一ヵ所だけ、細菌が棲める場所があったのです。胃の粘膜表面の上皮細胞は、胃液から自分を守るために細胞の表面から糖質が主成分の粘液を分泌し、上皮細胞層の上に分厚い粘液層を作っています。この粘液層は、カエルの卵の表面の粘液層のように、粘膜の表面にがっちりとくっついています。たんぱく質分解酵素であるペプシンは、主に糖質でできている粘液を分解することが出来ません。さらに、粘膜表面の上皮細胞は、この粘液層の中に少量のアルカリを分泌して、胃の内腔側から粘液層の中にしみ込んでくる酸を中和しています。

つまり、胃の上皮細胞層表面にくっついている粘液層の中は、酸もたんぱく質分解酵素もなく、細菌にとっては棲みよい環境なのです。この場所を見つけ、胃の粘液層の中で生活するようになった細菌がヘリコバクター・ピロリと呼ばれる菌です。

ヘリコバクター・ピロリ菌は、大きさ数ミクロンのらせん状にねじれた体と、粘液層の中を移動するための鞭毛をもった菌です。この菌が粘液層の中にいて粘膜表面の上皮細胞と接触すると、体の免疫系が反応し外敵がいると判断して、白血球が集まってきて炎症が起こり続けるのです。これがヘリコバクター・ピロリ感染胃炎です。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の原因

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の原因としては、衛生環境や人からの感染が考えられます。

人が生まれたときは、もちろんヘリコバクター・ピロリ菌には感染していません。ところが、5歳になる頃までに経口的にこの菌が胃の中に侵入すると、ずっと胃の中に棲み続けることになるのです。

この菌の感染を受けている人の吐物や便の中に菌が出てくるため、家族内感染が起こりやすく、井戸水を介する感染も報告されています。ヘリコバクター・ピロリ菌が胃の中に棲み始めると、残念ながら自然にはいなくなりません。除菌治療という、特別な薬剤の組み合わせによる病院や診療所での内服治療が必要になります。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の問題点

がん細胞が発生しやすくなる

胃内にヘリコバクター・ピロリ菌の感染が続いていると、胃粘膜には白血球がたくさん集まって胃炎を起こし、ヘリコバクター・ピロリ菌を殺そうとします。しかしヘリコバクター・ピロリ菌を自然に殺すことはできませんので、胃粘膜にはいつも炎症が起こり、胃炎が起こっている状態が続きます。

胃の正常な細胞がこの炎症に巻き込まれて、常に一定数は死んでしまいます。そのため、死んだ胃粘膜の細胞を補うために、胃粘膜では細胞の過剰な分裂と増殖が起こり続けることになります。本来は細胞分裂や増殖をそれほど必要としない臓器に大きな仕事をさせ続けることとなるため、細胞分裂や増殖に間違いが起こることもあります。つまり、がん細胞が生まれることがあるということです。これにより、胃がんをはじめとする、胃にできる悪性腫瘍の発症危険性を高めてしまうのです。

胃潰瘍や十二指腸潰瘍を起こしやすくなる

上述の通り、胃は鈍感な臓器のため痛みを感じにくく、胃炎が起こってもほとんどの人はそれに気づくことができません。胃もたれ、胃痛、むかつきを感じる一部の敏感な患者さんを除き、自覚症状はないと言われています。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎では、症状に気づかないまま何十年と胃炎が長く続いていると、胃や十二指腸に傷ができて胃・十二指腸潰瘍になりやすいことも、がん細胞の発生と共に問題視されています。

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最近では、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の患者数は減少している?

以前は、日本人の70%程度はヘリコバクター・ピロリ菌に感染しており、慢性的な胃炎を持っていました。このため、胃がんや胃・十二指腸潰瘍が発生しやすく、世界の中でも日本は、胃がんや潰瘍の患者数が非常に多かったのです。

しかし、今は下水道の整備をはじめ、日本の衛生環境の改善や除菌治療が広く行われたことなどが影響して、若い日本人では10%程度の人しかヘリコバクター・ピロリ感染胃炎にかかっていないと報告されています。このため、日本でも胃がんや胃・十二指腸潰瘍の患者数の減少が始まっています。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の症状

無症状

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎を有する多くの人は、自覚症状がありません。しかし、症状がないからと言って、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎がないと判断することはできません。つまり、検査をしてみないとわからないわけです。ヘリコバクター・ピロリ菌に感染すると、自覚症状の有無に限らず、感染者には胃炎が見られます。

胃もたれ、胃痛、むかつき

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎では、自覚症状を感じることはほとんどありませんが、一部の敏感な患者さんにおいて、胃もたれ、胃痛、むかつきを感じることがあると言われています。

これは、主に胃酸が関連して胃もたれ、胃痛、むかつきなどが起こる「機能性ディスペプシア」という病気の症状と類似しており、症状からこの2つの病気を区別することは出来ません。症状が気になる場合は、病院や診療所の消化器内科を受診するようにしましょう。

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ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の対処法

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の診断

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎は症状がないことの方が多いため、胃の中にヘリコバクター・ピロリ菌がいるかどうかを診断することが第一歩になるでしょう。

感染している可能性が高いのは、家族に感染者がいる人、兄弟の人数が多い人、子供の頃に育った地域に下水道が整備されていなかった人、井戸水を飲み水として子供の頃に使用していた人などが考えられます。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の患者さんで自覚症状のある人は少ないですが、胃もたれ、胃痛、むかつきなどがあると、感染している可能性はもちろん高くなります。そこで、そのような症状がよく起こる人は、病院や診療所の消化器内科を受診して相談し、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染診断を受けるのが良いでしょう。自覚症状のない方でも、子供の頃の生活歴から感染が心配な方は、検診や人間ドックでヘリコバクター・ピロリ菌の感染診断が広く行われていますので、相談してみることをおすすめします。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の治療

ヘリコバクター・ピロリ菌の感染が陽性であれば、特別な事情がない場合には除菌治療をするのが良いと考えられています。小児では、薬物アレルギーがある場合などは除菌治療ができないことがあるため、医師に相談するようにしましょう。

除菌治療をすると、10~20%程度の人は、その後に胸やけ症状が起こりやすくなり、逆流性食道炎を発症することもあります。一方、除菌治療をすれば、胃部の症状がヘリコバクター・ピロリ感染胃炎が原因で起こっているのであれば、それらの症状は軽快します。また、除菌治療が成功すれば、胃・十二指腸潰瘍や胃がんの発症危険性も徐々に低下していきます。

除菌治療の方法としては、プロトンポンプ阻害薬(PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)などと、2種類の抗生物質を組み合わせて、1週間内服する薬物治療があります。この治療は下痢などの副作用もあるため、病院や診療所の消化器内科を受診して診療を受け、治療の有効性と安全性を検討した後に行われます。

食べ物による有効な治療法は見つかっていない

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の治療法として、お茶のカテキンが有効とされてお茶を飲んだり、ある種の乳酸菌が有効とされてヨーグルトを食べたりなど、いろいろな食品や健康食品が試されましたが、除菌治療としての有効性が確実なものは、残念ながら見つかっていません。

確実に治療をしたい場合は、医師に相談の上、薬物治療を検討するのが良いでしょう。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の治療後の経過と注意事項

除菌治療後に大切なことは、どのような除菌治療でも、残念ながら完全に除菌に成功する治療法はないということを知っておくことです。そこで、除菌が成功したかどうか、治療後に判定する必要があります。成功しなかった場合には、薬剤の組み合わせを変えた「二次除菌治療」が必要な場合もあります。

ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の除菌治療が成功すれば、月単位で胃痛、胃もたれ、むかつきなどの症状が軽快することがあります。また、月~年単位で胃粘膜に集まっていた白血球が減少し、胃炎が軽快していきます。そして、胃・十二指腸潰瘍にもなりにくくなります。さらに、年単位で胃がんのなりやすさが低下していきます。

ただし、せっかく除菌治療が成功しても再度ヘリコバクター・ピロリ菌に感染することも少なからずありますので、注意が必要です。