胃の中には塩酸が分泌され、酸度(pH)が2程度の強い酸性状態になっています。さらに、酸性環境で働くたんぱく質分解酵素のペプシンが常時分泌され、胃の中は塩酸と消化酵素の海のような状態です。このため、胃の中では細菌は生きていけないだろうと考えられ、無菌状態だと長く信じられていました。
ところが、一ヵ所だけ、細菌が棲める場所があったのです。胃の粘膜表面の上皮細胞は、胃液から自分を守るために細胞の表面から糖質が主成分の粘液を分泌し、上皮細胞層の上に分厚い粘液層を作っています。この粘液層は、カエルの卵の表面の粘液層のように、粘膜の表面にがっちりとくっついています。たんぱく質分解酵素であるペプシンは、主に糖質でできている粘液を分解することが出来ません。さらに、粘膜表面の上皮細胞は、この粘液層の中に少量のアルカリを分泌して、胃の内腔側から粘液層の中にしみ込んでくる酸を中和しています。
つまり、胃の上皮細胞層表面にくっついている粘液層の中は、酸もたんぱく質分解酵素もなく、細菌にとっては棲みよい環境なのです。この場所を見つけ、胃の粘液層の中で生活するようになった細菌がヘリコバクター・ピロリと呼ばれる菌です。
ヘリコバクター・ピロリ菌は、大きさ数ミクロンのらせん状にねじれた体と、粘液層の中を移動するための鞭毛をもった菌です。この菌が粘液層の中にいて粘膜表面の上皮細胞と接触すると、体の免疫系が反応し外敵がいると判断して、白血球が集まってきて炎症が起こり続けるのです。これがヘリコバクター・ピロリ感染胃炎です。