監修
伊藤 剛 先生 (北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター、北里大学客員教授)
飲食物と胃痛の関係については現状、有効なエビデンスがあまり多くありません。とはいえ、例えば脂肪の多い食事によって胃に負担がかかり、痛みを感じたという経験のある方は、決して少なくないでしょう。他には、香辛料、お酒(アルコール)、コーヒーなどのカフェインを含む飲料も、胃の不調を生じさせるという報告もあります。また、大量の砂糖を摂取することも、胃壁を刺激し胃痛を起こす場合があります。さらに食べ過ぎや飲み過ぎによって痛みが起こる場合もあり、胃痛に対する飲食物の影響は無視できません。
これらの症状は、食事を改善すると軽減されることがあるため、飲食物は胃痛の原因の一つになっていると考えて良いでしょう。
ストレスは、自律神経の乱れや、それにともなう胃粘膜血流の低下が胃酸に対する胃の知覚過敏を引き起こし、胃痛の原因になると考えられています。
自律神経とは、血圧や呼吸、体温など、体内のさまざまな機能を無意識のうちに調節している神経です。胃酸の分泌や胃のぜん動運動、胃壁(胃粘膜)の血流など、胃の働きにかかわることの多くが、自律神経である交感神経と副交感神経にコントロールされています。自律神経はストレスに弱く、ストレスの影響を受けると体の機能をコントロールする働きが弱まるという特徴があります。ストレスを受けると、交感神経が刺激され胃の粘膜血流を低下させ、胃の粘膜にしみ込む胃酸(塩酸)を洗い流せなくなります。そうなると、通常なら自覚症状があらわれるほどではない、わずかな胃酸にも刺激を強く感じてしまう知覚過敏のような状態になり、痛みを感じると考えられています。さらに進むと、今度は交感神経を抑えるために副交感神経が働き、胃酸によって刺激を受けると、胃粘膜が傷つけられて「ストレス潰瘍」を起こすこともあります。
以下で紹介する病気が胃痛の原因となっている場合もあります。
※以下の疾患は、医師の診断が必要です。心配な場合には、早めに医師の診察を受けましょう。
胃液の成分である胃酸や消化酵素が胃や十二指腸の壁を深く、穴が開きそうになるくらいまで傷つけて、「潰瘍(かいよう)」と呼ばれる状態が生じる病気です。急性に起こる代表的な潰瘍は、急性ストレスなどで起こる「ストレス潰瘍」ですが、最近では非ステロイド性消炎鎮痛剤などの薬剤によって起きる「薬剤性潰瘍」も増えています。また一般的に多い「慢性潰瘍」では、主にピロリ菌という菌が胃の粘膜に慢性的に感染することで起こりますが、急性感染で起こる「急性胃粘膜病変」と呼ばれる潰瘍も引き起こすことがあります。さらに、薬剤の影響やピロリ菌感染をともなわない、「特発性潰瘍」と呼ばれる原因不明の潰瘍性病変も増加傾向にあります。
胃の内容物が食道へ逆流することを「胃食道逆流(GER:gastroesophageal refluxの略)」といいます。GERは、食道の粘膜に「胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux diseaseの略)」を引き起こします。胃液は塩酸や胃粘液、食物残渣(しょくもつざんさ:食べ物などの残りカス)などが混ざった液体のため、GERDのうち強い「酸」を含む場合は、食道粘膜が障害され胃液による「逆流性食道炎」を引き起こします。一方、胃液に強い酸を含まず、食道粘膜障害もなく症状のみがあるものは「非びらん性逆流症(NERD:non-erosive reflux diseaseの略)」と診断されます。
「ディスペプシア」とは、心窩部(しんかぶ:みぞおちの周辺)に痛みや胃もたれなどの慢性的な症状があるにもかかわらず、症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患が検査では見つからない状態に対する医学的診断名です。
機能性ディスペプシアの症状がある人は胃の伸展刺激(伸び縮みでかかる刺激)に対して、健常者よりも高い頻度で痛みを感じるとの報告もあります。
胃炎や胃潰瘍などの痛みが、空腹時または食後にあらわれやすく、さらに食事に関連して症状が変化することが多いのに対して、胃がんによる痛みは持続的である場合が多いのが特徴です。ただし、痛みが自覚できるのは胃がんがある程度進行してからのこと。初期の胃がんには、自覚症状がほとんどありません。胃もたれや食欲不振のような症状であっても、それが持続している場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
胃に症状があらわれる食中毒として多いのがアニサキス症です。アニサキスはサバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなど近海物の鮮度の高い魚に寄生していることの多い微生物(寄生虫)です。
胃アニサキス症の大半が、激しい上腹部の痛み、悪心、嘔吐を発症する劇症型(げきしょうがた)胃アニサキス症ですが、一部には自覚症状がなく、健康診断などの内視鏡検査で胃壁や腸壁に虫体が見つかる「緩和型胃アニサキス症」を発症しているケースもあります。またアニサキスが小腸に迷入すると、腸管が麻痺して腸閉塞(イレウス:消化管の内容物が流れなくなっている状態)の症状を起こす「小腸アニサキス」になることもあります。
なお、なかには胃の痛みだと思っていても、検査をすると原因が胃ではなかったとわかることもあります。胆石発作や虫垂炎の初期、慢性や急性の膵炎(すいえん)など緊急性が高い場合もあるので、心配な場合には早めに医師の診察を受けましょう。
東洋医学では、体の中にはあらゆる機能を保つためのエネルギー=「気」が巡っていると考えられています。「気」が巡る経路は「経絡(けいらく)」と呼ばれ、その表面に並んでいる「経穴(けいけつ)」が、一般的に「ツボ」と呼ばれるポイントです。
ツボ(経穴)は、交感神経のように体表面に分布している神経と、内臓などに分布している神経が分岐する場所でもあります。ツボを刺激すると経絡の流れが良くなり、その作用が体の中にまで及んで、さまざまな症状が緩和するという考えは、解剖学的にも理にかなっているといえます。
ここでは、胃痛を和らげる効果が期待できるツボを紹介します。
手のひらを上に向け、手首の横ジワの中間から指2~3本分下がったところにあります。
内関は、胃の動きを正常化することが医学的に認められたツボで、胃痛や胃もたれなど、ほとんどの胃の不調を和らげる効果が期待できます。
ひざのお皿の下から3寸(指の幅4本分)下にあたる、すねの骨の外側のくぼんだところにあります。
足には陽明胃経(ようめいいけい)という胃の働きにかかわりが深い経脈があります。足三里は陽明胃経に属するツボで、胃の運動機能の低下から起こる食後の胃の痛みやもたれなどの不調の緩和に効果的なツボとして知られています。
内くるぶしから指の幅4本分ほど上のあたりで、骨の際の筋肉がないところにあります。
三陰交は生理痛やPMS(月経前症候群)など女性に多い諸症状の改善に効果的なツボとして知られていますが、空腹時の胃の痛みにも効果的といわれています。
膝のお皿の外側の上端から、太ももに向かって指の幅3本分ほど上のところにあります。
梁丘は胃腸の働きを整え、三陰交と同様に空腹時の胃の痛みに効果的といわれています。
背中の脾兪は、脊髄から胃に向かう交感神経と関連するツボです。ここを刺激すると交感神経の緊張を抑え、胃の血流や動きを正常化して、胃痛やもたれ感を解消します。
このツボは自分では押せないので、ソフトボールを使って押すのが良いでしょう。この脾兪の下にある胃兪も合わせて刺激すると効果的です。脾兪や胃兪はストレス性の胃痛や、胃下垂などによる不快感や痛み、さらには機能性ディスペプシアの痛みにも即効性があることが、臨床的にも確認されています。
みぞおちとへその中間にあるツボです。
仰向けになり、中指を中脘に当て、人差し指・中指・薬指の3本でお腹の中心に向かって押すのがおすすめです。
中脘には、胃の痛みを鎮める効果が期待できます。
ツボ押しを自分以外の人に行う場合は、手のひらや親指で押してあげるのが基本です。自分で自分にツボ押しをする場合は、親指を基本に、ツボの場所に応じて押しやすい指で押しましょう。どちらの場合も、指の腹で約5秒間押してから離すのを3~5回繰り返す方法がおすすめです。
強さは、気持ち良いと感じる程度から、多少痛いと感じる(痛気持ち良い)程度が適しています。強く押すほど、また長く押すほど良いというわけではありません。刺激しすぎると、筋繊維が損傷し痛みを感じる「揉み返し」などが生じ、逆効果になる場合もあります。
指で押す以外に、お灸をしたり、ベッドなどの上に仰向けになってソフトボールを背中のツボのあたりに置き、体を乗せて自分の体重でツボを刺激したりする方法もあります。ただし、お灸やお湯などを利用する場合には、一般的な「やけど」や「低温やけど」(あまり熱くなくても長時間あてることで、皮膚の深い部分までやけどしてしまうこと)に注意が必要です。また、ソフトボールでツボ押しをする場合は、痛みのあるツボが見つかったら、ゴリゴリせずに10~30秒ほど乗っかるだけ、かつ1日1回で十分です。
ツボ押しにおすすめのタイミングは、入浴後の血行が良くなっている時間帯や就寝前です。ただし、なかには入浴などで血行が良くなると痛みが増す場所もあります。その場合は痛みが少ないタイミングにずらしましょう。
一方、ツボ押しをしてはいけないタイミングもあります。例えば、高熱のあるとき、皮膚に痛みや炎症などがあるときです。妊娠中や悪性腫瘍に罹患している場合も、むやみにツボ押しをしてはいけない状態に挙げられます。
胃痛があるときは胃腸の働きが弱っている可能性があります。胃腸を休ませる意味でも、消化の良い食べ物を摂ることを心掛けましょう。
食物繊維や脂肪分が少なく柔らかい食べ物、例えば、野菜の煮物、白身魚、鶏ささみ、豆腐、納豆、ヨーグルト、食パン、おかゆ、うどんなど、消化に良いといわれる食べ物を意識して摂ると良いでしょう。
胃は精神面の影響も受けやすく、強いストレスを感じると、胃に知覚過敏や運動異常が生じます。その結果、痛みが生じたり、胃もたれになったりすることがあります。
なるべくストレスを溜めず、心穏やかに過ごしましょう。
※既に説明したとおり、医療機関での診断や治療を要するものもあります。市販薬で症状が治まらない場合や繰り返す場合は必ず医療機関を受診してください。
胃痛の原因が思い当たる場合には、市販の胃腸薬を活用するのも一つの方法です。
胃痛がある場合、胃酸によって胃の粘膜がダメージを受けていたり、胃酸による胃の知覚過敏の状態であることが多いため、市販の胃腸薬のなかでも、胃酸の分泌を抑えたり、胃酸を中和したり、粘膜を保護する以下のような成分を含む薬が役立ちます。また、「安中散」という漢方薬をもとにした製剤が有用なこともあります。薬剤師または登録販売者に相談して選ぶと良いでしょう。
など
など
など
など
なお、市販薬で対処ができない場合には必ず医療機関を受診しましょう。
運動は、お腹の調子の改善に有効といわれています。
胃腸の働きは、2つの自律神経(副交感神経と交感神経)が上手に切り替わることで保たれています。しかし何らかの原因で自律神経の切り替えがうまくいかなくなると、胃酸の分泌バランスが乱れ、痛みにつながることがあります。
そのようなときには、ウォーキングなどの軽い運動をすると自律神経が適度に刺激され、切り替えがスムーズになる効果が期待できます。胃腸の働きも再び整い、胃痛も和らいでいくでしょう。
睡眠不足も、自律神経のバランスを乱し、内臓機能の低下につながる可能性があります。個人差はありますが、6時間以上を目安にしっかりとよく寝て、自律神経を含む全身の健康を整えていきましょう。
今回は胃痛の原因として考えられる要因や、胃痛を緩和するといわれるツボを中心に紹介しました。
食事内容を見直して胃の負担を和らげたり、ストレスを溜めないように心がけたり、適度な運動をして睡眠をしっかりとるなど、生活習慣の改善に努めながら、ツボ押しなどのセルフケアを試してみてはいかがでしょうか。また、市販薬を用いることも選択肢の一つとして有効です。
しかし、それでもなかなか胃痛がおさまらなければ、他の病気が原因になっていることも考えられます。そのような場合は専門の医療機関(消化器科)を受診するようにしてください。
参考文献