監修
内藤 裕二 先生 (一般社団法人 日本ガットフレイル会議 理事長/日本潰瘍学会理事長/日本酸化ストレス学会理事長/京都府立医科大学大学院医学研究科生体免疫栄養学講座教授)
協力
京丹後市健康長寿福祉部健康推進課
発酵食品における発酵とは、食品に微生物が増えることによって起こる変化を指します。乳酸菌や酵母などの微生物が、多糖類やタンパク質といった有機物を分解し、別の物質に変えるのです。これにより、においや味が向上し、栄養分が増加する、保存性が高まるといったうれしい変化が起こります。
よく比較される「腐敗」も、同じく食品に微生物が増えることによって起こる変化です。しかし腐敗による変化は、食品の品質を悪化させ、有害なものにします。発酵と腐敗の違いは「人間にとって有益かどうか」で決まるのです。
発酵食品をつくる微生物の種類は、大きく3つに分けることができます。
発酵食品をつくる細菌には、主に以下の種類があります。
ブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに分解する微生物のことです。お酒の醸造に利用される他、パン、味噌、しょうゆにも使われます。用途によってビール酵母、清酒酵母、パン酵母などがあります。
麹菌、紅麹菌などは、しょうゆや味噌、みりん、米酢など和食に欠かせない食品をつくり出します。発酵の過程で糖分やアミノ酸を生成するため、独特の甘みとうまみが生まれます。また、白カビはカマンベールなど、青カビはゴルゴンゾーラなどのブルーチーズをつくり出します。
発酵食品とは、微生物の働きによって深い味や香り、豊かな栄養価を獲得した食品、飲み物のことを指します。
発酵食品の歴史は長く、世界最初の発酵食品は、紀元前5000年頃に牛乳から偶然にできたヨーグルトといわれています。それ以来、発酵技術は家庭や民族のなかで、伝承によって脈々と受け継がれてきました。
日本における発酵食品の最古の記録は奈良時代にまでさかのぼり、当時瓜を塩漬けにして食べていたという文献が残っています。平安時代には野菜の酢漬けに加え、酒、酢、しょうゆや味噌の原型がつくられていました。長い歴史のなかで、和食の根幹が発酵食品によってつくられてきたといえるでしょう。
近年発酵食品が腸内環境に影響することがわかってきており、注目を集めています。特に日本人の腸内フローラ(腸内細菌叢:ちょうないさいきんそう)は、酢酸菌やビフィズス菌などの細菌が多いことが特徴のひとつです。なかでも日本有数の長寿地域である、京都府京丹後市の人々の腸内フローラには酪酸菌が多いのですが、その定着に発酵食品の摂取が影響しているようです。
前述の通り、発酵食品が腸内環境に影響することが明らかになっています。ここでは発酵食品が体に良い理由をいくつか紹介します。
発酵食品が体に良い理由として、発酵食品に含まれる微生物が腸内環境を整えてくれることが挙げられます。
発酵食品をつくる微生物は善玉菌(有用菌)と呼ばれ、腸内で大腸菌など悪玉菌の繁殖を抑え、腸内フローラのバランスを保つ役割を果たしており、便通を改善する働きがあります。乳酸菌は加熱処理によって死菌化しますが、加熱死菌体も人間の免疫やアレルギーに影響を与えると考えられています。
特に、日本の伝統的な発酵食品である漬物、納豆、しょうゆなどのなかには、腸管免疫に影響するさまざまな乳酸菌があると知られており、腸内環境を整えるために不可欠な存在です。
また、納豆菌のなかには、安定した状態で腸内まで生きて到達し、腸内で善玉菌の一種であるビフィズス菌を増やしてくれる働きを持つものもあります。
発酵食品である納豆にはビタミンK2が多く含まれます。
ビタミンKには、骨に存在するオステオカルシンというタンパク質を活性化し、カルシウムを骨に沈着させて骨の形成を促す作用があります。
発酵食品は、微生物の働きによってある程度消化(分解)されています。そのため、人間の体内に入ってからの消化に必要なエネルギーや消化酵素が少量で済み、健康的な体をつくることができます。
発酵食品にはどのようなものがあるのでしょうか?代表的な種類を紹介していきます。
ゆでた大豆に納豆菌を加え、繁殖させてつくります。タンパク質や食物繊維が豊富な栄養食です。
豚肉を塩漬けにし、表面にオリーブオイルなどを塗って熟成させたものです。
においが強烈なことで有名です。くさやは魚を発酵液に浸し、天日干しした干物。シュールストレミングはニシンを塩漬けにした缶詰です。
ぬか漬け、酢漬け、塩漬け、キムチ、ザワークラウトなど。野菜に乳酸菌を加え、発酵させてつくります。
ココナッツ水に酢酸菌の一種であるナタ菌を加え、発酵させてつくります。
牛乳にブルガリア株やビフィズス菌といった乳酸菌を加え、発酵させてつくります。ノーベル賞受賞者のイリヤ・メチニコフが、「ブルガリア近辺に長寿者が多いのはヨーグルトを食べているおかげではないか」と発表したのがきっかけで注目を集め、ここ100年ほどで世界中に普及しました。
チーズの種類は1000種以上あるともいわれ、生乳に乳酸菌などを加えて固めたナチュラルチーズと、そのナチュラルチーズに乳化剤などを加えて加熱・再形成したプロセスチーズに大別されます。
大豆をゆで、塩と麹を加えて発酵させてつくります。
大豆と小麦を混ぜてつくった麹を、食塩水とともにかき混ぜ、約6~8ヵ月寝かせて発酵させたもの。麹や塩分量によって濃口しょうゆ、薄口しょうゆなどに分かれます。
蒸したもち米に米麹を混ぜ、焼酎または醸造用アルコールを加えて発酵させた後、圧搾、ろ過してつくります。
エタノールに酢酸菌を加え、発酵させてつくります。米酢や穀物酢、ワインビネガー、バルサミコ酢などがあります。
近年家庭に定着してきた調味料です。麹と塩と水を混ぜてつくります。炒め物や煮物などさまざまな料理に使えてうまみをアップしてくれます。
大麦を加水分解し、ブドウ糖にした後に、酵母を加えてアルコールに変化させてつくります。
米麹に蒸米(むしまい:蒸した米)と酵母を加えてつくった酒母(もと)、水、蒸米をタンクに入れて発酵させてつくります。
ぶどうからつくった醸造酒です。ぶどうには天然酵母とブドウ糖が元々あるため、貯蔵しておけば自然とワインが出来上がります。
韓国のお酒の代表。米や小麦と麹を使って発酵させたもの。本格的なものは、そこにさらに酵母と乳酸菌を加えています。
主に炊いた米と水に米麹を加え、発酵させてつくりますが、他にも麹だけでつくる全麹甘酒など、さまざまな種類があります。
小麦粉と水、イースト菌(パン酵母)を加えて練り、オーブンで焼いてつくります。
発酵食品を摂るときのポイントとして、以下の3つを挙げました。
発酵食品は、腸内環境を整えてくれることが期待できます。なるべく継続して食べるようにしましょう。
自炊で1日1食和食を取り入れる他、居酒屋などでも漬物、酢の物、チーズ、味噌などを使ったメニューを選べば、外食でも発酵食品を食べることができます。
しかし、デメリットとして漬物や味噌などの塩分が多いものを食べ続けるとむくんでしまう点が挙げられます。塩分が多い発酵食品は食べ過ぎないように気を付けると良いでしょう。
善玉菌を含む発酵食品(プロバイオティクス)と、そのエサとなる食物繊維(プレバイオティクス)を一緒に摂ることで、善玉菌を増やし、より健康的な腸内フローラを維持することができます。この考え方をシンバイオティクスといいます。
プレバイオティクスのなかでも最もおすすめなのは、善玉菌のエサになりやすい「発酵性食物繊維」です。例えば、大麦や小麦全粒粉、玄米、根菜類、大豆製品などがこれにあたります。意識して摂るようにしましょう。
プロバイオティクスは食品からだけではなく、サプリメントや市販の整腸薬からも摂ることが可能です。特に、酪酸菌を含む食材はほとんどないため、酪酸菌を摂取したい場合は市販の整腸薬などを使用することも選択肢に加えると良いかもしれません。
発酵食品は同時に摂ることによって、さまざまな栄養を摂取できるメリットがあります。なかでも日本料理は、発酵させた調味料を組み合わせて使っているものも多く、同時に発酵食品を摂りたいときにおすすめです。
例えば煮物は、しょうゆ、みりん、料理酒を使っています。煮物1品を食べるだけで、それぞれの発酵によってつくられたビタミン・ミネラルやオリゴ糖、アミノ酸などを一度に摂ることができるため、定期的に食べると良いでしょう。
京都府京丹後市は、100歳の長寿者が全国平均の3倍にのぼる日本有数の長寿地域です。
この京丹後市民の食生活に長寿の秘訣があるという考えのもと、その理由を探るべく、2017年から京都府立医科大学と京丹後市立弥栄病院で共同研究が進められています(京丹後長寿コホート研究※)。高齢者の方の腸内フローラを調べたところ、京都市内に比較して京丹後の高齢者の方に多い菌の上位4種が酪酸産生菌であることがわかりました。
酪酸菌の生存にとっては食物繊維や多彩な食材が必要であることから、これに着目したレシピを開発、掲載されているのが京丹後市の『~今に活きる~京丹後百寿人生のレシピ 第4版』(発行:京丹後市健康長寿福祉部健康推進課)です。
今回はこのうち、「海藻入りザワークラウト」「クラムチャウダー風豆乳味噌スープ」の2つをご紹介します。
※京都府立医科大学と京丹後市立弥栄病院とが共同研究をしており、2032年までの長期計画で丹後地域の65歳以上の1千人を健康調査し経過観察している。家族構成や生活習慣から血液の分析や腸内フローラ、骨密度まで約2000項目を調べている。
なるべく空気が入らないように、瓶に詰めるときはギューっと押し込んで入れます。重しを置いたり、残ったキャベツの葉で表面を塞いだりするとより安定して発酵します。冷蔵庫で半年ほど保存可能です。
ドイツの伝統的な発酵食品である「ザワークラウト」は、麹やイーストなどを添加して発酵させるものとは異なり、キャベツが元々持っている菌により自然に発酵していく、キャベツの漬物です。キャベツに対して2%の塩を入れることで発酵させられます。植物性乳酸菌がたっぷり詰まったスーパー発酵食品です。肉、魚、野菜など色々な料理に添えて腸活をしましょう。
豆乳を煮立たせると分離するので5の工程は火を入れすぎないように注意します。
善玉菌が豊富な発酵食品の味噌、善玉菌のエサとなるオリゴ糖を多く含む豆乳、食物繊維豊富なきのこ、じゃがいもを使用。オリーブオイルによって腸もあたたまります。
手づくりした発酵食品を食べることは、市販品に含まれる食品添加物の摂取を減らすことにもつながります。『~今に活きる~京丹後百寿人生のレシピ 第4版』(発行:京丹後市健康長寿福祉部健康推進課)には、その他にもたくさんの簡単でおいしい腸活レシピが掲載されているため、ぜひご覧いただき、つくってみてください。
私たちの暮らしに身近な発酵食品は、おいしく、簡単に摂れて、かつ健康にうれしい働きが盛りだくさんです。毎日の生活に取り入れて、腸から健康的な毎日を送りましょう。
■参考文献
~今に活きる~京丹後百寿人生のレシピ 第4版,京丹後市健康長寿福祉部健康推進課2022
内藤裕二「全ての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢」,羊土社,2021
内藤裕二「酪酸菌を増やせば健康・長寿になれる~今、話題の酪酸・酪酸菌のすべてが分かる!」,あさ出版,2022
内藤裕二「すごい腸とざんねんな脳」統合法令出版,2023
厚生労働省,e-ヘルスネット