監修
福田 昇 先生 (医療法人社団 博栄会 浮間中央病院 院長)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、コロナ)にかかった後に
全般を「コロナの罹患後症状」といいます。いわゆる、「後遺症」のことです。(以下、コロナの罹患後症状はコロナ後遺症とします)
コロナそのものは、ワクチンや治療薬の登場によって、死亡率が大きく低下し、今では恐ろしさをあまり感じなくなりましたが、コロナ後遺症に対してはいまだに決め手となる治療法がないのが現状です。
なお、WHO(世界保健機関)は、コロナ後遺症を「post COVID-19 condition(long COVID)」と表現し、「コロナに罹患した人にみられ、少なくとも2ヵ月以上持続し、また、他の疾患による症状として説明がつかないものであり、通常はCOVID-19の発症から3ヵ月経った時点にもみられる症状」と定義しています。
コロナ後遺症に悩む患者さんの多くは、さまざまな症状を抱えてなんとか日常生活を送っているものの、生活の質(QOL)が大きく低下していたり、仕事や学業などに支障が生じたりしていることも少なくありません。なかには、強い全身倦怠感のために身の回りのことができず、日常生活にサポートを必要としている人もいます。
しかし、コロナ後遺症のつらさは当事者以外にはわかりにくい点もあるため、海外では、患者さんの中に、スティグマと呼ばれる周囲からネガティブなレッテルを貼られて不当な扱いを受ける経験をしている方が少なくないとの報告1)もあり、社会の理解が求められています。
1)Marija Pantelic et al. Long Covid stigma: Estimating burden and validating scale in a UK-based sample. PLOS ONE. 2022 Nov 23;17(11).
コロナ後遺症の主な症状として、呼吸器症状、循環器症状、精神・神経症状、嗅覚・味覚障害、および痛みなどがあります。
として現れます。
なかでも、呼吸器症状や嗅覚・味覚障害については、感染初期によくみられ、症状に対する治療を行うことで回復することが知られています。精神・神経症状や痛みは感染後数ヵ月経っても後遺症として残ってしまいます。
なお、厚生労働省が、2020年1月~2021年2月にコロナで入院治療を受けた人約1,000人を、退院後にも追跡した調査結果を2023年10月に発表しています。その結果は以下のグラフのようにまとめられており、倦怠感などの精神・神経症状や呼吸器症状が多く、その他、多彩な症状があることがわかります。
これらのうち、比較的出現頻度が高い精神・神経症状に該当する全身倦怠感と、集中力の低下などを引き起こす「ブレインフォグ」と呼ばれる症状について詳しく説明します。
前出の厚生労働省の調査によると、コロナと診断されてから3ヵ月時点で、21%の患者さんに倦怠感がみられ、半年後も16%、1年後にも13%にみられるとされています。
コロナ後遺症で生じる倦怠感の程度にはとても幅があって、なんとか日常生活は送れるという患者さんが多いものの、通勤や通学ができない患者さん、歯磨きやシャワーを浴びただけで寝込んでしまうほどの患者さんもいるようです。
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易疲労
ブレインフォグとは、脳(brain〈ブレイン〉)に霧(fog〈フォグ〉)がかかっているように感じる症状のことです。具体的には、思考力や集中力、記憶力などの認知機能が低下した状態が該当します。
前出の厚生労働省の調査では、コロナと診断された後3ヵ月時点で「集中力の低下」が12%に、半年後には10%、1年後には9%にみられたとされています。これらの症状があるために、社会人では仕事の効率が悪くなって組織内での評価に影響が生じてしまったり、学生では勉強がはかどらなくてテストの成績が下がったりすることがあるようです。
コロナ後遺症が現れる人の割合については、さまざまな対象(集団)で多くの研究結果が報告されていて、結果に大きな幅があります。
そんな中、例えば既に何度か紹介した厚生労働省のコロナ罹患時に入院を要した患者さんの追跡調査では診断3ヵ月後には46.3%(433/935名)、6ヵ月後には40.5%(350/865名)、12ヵ月に後33.0%(239/724名)という結果でした。12ヵ月後の時点でも約1/3もの方が後遺症に悩まされているようです。
コロナ後遺症が現れやすい人の傾向については、かなりのことが明らかになってきています。これまでの研究から、コロナ罹患時に重症だった人(入院や酸素投与を要した人)や、コロナに複数回罹患した人は後遺症のリスクが高く、また性別で比較した場合には男性よりも女性、年齢層では若年者よりも中高年でリスクが高いこともわかっています。その他に、なにかしらの基礎疾患がある人も高リスクと考えられています。
反対に、罹患前にワクチンを接種しておくことが、後遺症のリスクや重症度を下げる可能性が示されてきています。また、コロナ感染時に抗ウイルス薬による治療を受けることも、リスク低下に関係がある可能性が示唆されています。
近年、ワクチンと抗ウイルス薬の同時併用によって、ワクチン接種時に患者さんの体の中のウイルスが増幅するリスクを最小限に抑え、ワクチン接種による抗体産生が1年以上継続する大幅な残留ウイルスの抑制を導いたという報告2)も出ています。ワクチンと抗ウイルス薬の同時併用は、後遺症を回避する治療法として期待されています。
これらの他、コロナ罹患時に入院を要した人を対象とする研究で、退院後に有酸素運動を続けていた人は後遺症のリスクが低下した例もあります。
2)Tomonari Sumi, Kouji Harada. Vaccine and antiviral drug promise for preventing post-acute sequelae of COVID-19, and their combination for its treatment. Frontiers in Immunology. August 2024.
コロナ後遺症の原因は、いまだに不明点が多く残されています。現時点で考えられているメカニズムとしては、わずかな量のウイルスの感染が続いているのではないか、コロナ罹患時に生じていた臓器の障害や細い血管の血流障害が続いているのではないかといったことや、免疫機能の低下、慢性炎症、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう:腸内フローラ)が変化しそれによってウイルスが再度活性化しているのではないかなど、さまざまな可能性が指摘されています。そんな中、最近ではコロナ後遺症の多くの症状には、「脳へのウイルスの侵入」が関係していることもわかってきました。
脳の視床下部に感染すると、炎症の抑制に関わる副腎皮質ホルモンの分泌に影響を与え、全身倦怠感や食欲不振といった症状が起こります。
さらに脳全体にウイルスが感染し、脳内の神経伝達経路に影響が出てしまうと、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を引き起こします。ME/CFSでは脳ミトコンドリア障害による労作後倦怠感、神経伝達経路の障害による睡眠障害、筋肉痛、自律神経障害を起こします。
これらはもともとある疾患ですが、最近ではコロナの後遺症として罹患する人が増えています。
▼脳内神経伝達経路
脳へのウイルス感染によってこれらの神経伝達経路に影響を与える
参考:東邦大学理学部神経科学研究室増尾好則の総説「ストレスと脳」
コロナ後遺症の症状の持続期間は、患者さんによって大きく異なります。数ヵ月続いて軽快する患者さんもいれば、長きにわたって悩まされている患者さんもいます。
ただし、「コロナ後遺症が現れる人の割合と経時的変化」の項目に示したグラフを見るとわかるように、症状の有病率は時間の経過とともに低下していくことは確かです。
コロナ後遺症の原因はまだ不明な点が多いために、現段階では、患者さんに現れている症状に応じた治療(対症療法)が中心です。
例えば、痛みに対しては鎮痛薬を処方し、せきに対しては鎮咳薬を使って、たんに対しては去たん薬を試すといった具合です。日本で伝統的に使われている漢方薬は、原因を一つに絞り込めないような状態の治療に向いていて、実際、コロナ後遺症の治療で処方されることが少なくありません。
なお、コロナ後遺症は一つの手段で治療するよりも、複数の治療法を並行して行ったほうが有効性が高いと考えられています。
コロナ後遺症で最も多いとされる全身倦怠感に対しては、ビタミンB製剤やコエンザイムQ10、漢方薬(例えば十全大補湯)などが処方されることがよくあります。ビタミンB群の中では、全身の細胞でのエネルギー産生に必要なビタミンB1(チアミン)が、より重要な可能性があります。
ビタミンB1(チアミン)の誘導体である「フルスルチアミン」も、コロナ後遺症の倦怠感の治療に使われています。フルスルチアミンはビタミンB1(チアミン)よりも体に吸収されやすく、組織への移行に優れている(体の隅々に行き渡りやすい)特徴があります。また、上述のウイルス感染によって影響を受けるドーパミン神経経路にも関わり、意欲の向上などに関与する脳内のドーパミンを増加させることも知られています。
なお、コロナ後遺症で生じる倦怠感の特徴として、本人にとっては苦痛の程度が軽いか、むしろ楽しいような行動であっても、その行動の後に大変強い倦怠感が生じるという現象があります。医学用語では「post-exertional malaise(PEM)」といい、日本語でいうなら「労作後(運動後)疲労増悪」となります。PEMの場合、無理は禁物で、状態に応じた活動制限も必要です。ただ、活動量を下げすぎることで、筋肉が減って筋力が低下してしまう可能性もある点に、注意が必要とされます。
集中力や思考力の低下、不安などの症状が起きるブレインフォグに対しては、抗ヒスタミン薬(アレルギーの薬)や向精神薬(精神疾患の治療に使われる薬)が、症状改善に役立つと報告されています。少し古い世代の抗ヒスタミン薬には眠気を催す副作用があって、睡眠前に服用することで、コロナ後遺症による睡眠障害が改善されることもあるようです。
夜間の睡眠障害が昼間の眠気につながり、倦怠感やブレインフォグの症状を強めてしまうことも考えられます。コロナ後遺症対策として、夜しっかり眠れるようにすることも大切です。
コロナ罹患時に嗅覚や味覚に障害が生じることは、パンデミックの比較的早い時期に注目されました。ただし、ウイルスが変異してオミクロン株になってからは、嗅覚・味覚障害の頻度は減ってきました。
コロナ後遺症として現れる嗅覚・味覚障害も同様に、デルタ株まではこの症状を訴える後遺症患者さんが多かったものの、オミクロン株に感染した場合の後遺症では、その割合が少なくなりました。ただし、それでも比較的多くの患者さんがこの症状に悩まされています。
嗅覚・味覚障害の治療にはパンデミック以前から亜鉛製剤がまず処方されることが多く、コロナ後遺症での嗅覚・味覚障害でも亜鉛製剤がよく用いられています。
多くの病気の治療で、運動が推奨されています。運動は、血行改善や自律神経のバランスを整えるように働きます。
コロナ後遺症に対しても、適度な運動が症状の改善に役立つ可能性があります。また、倦怠感などのために長期間、安静を続けていると、筋肉が減ったり筋力が弱ってしまったりすることがあるため、それを防ぐためにも適度な運動が大切です。
ただ、コロナ後遺症の治療目的で運動をする際には、運動することで倦怠感などの症状が悪化しないことが重要なポイントです。通常は散歩などが勧められますが、家事さえつらいような状態では散歩も負担となり得ます。そのような場合は、室内でもできるごく軽い体操やヨガなどからスタートして、症状の改善にあわせて少しずつ負荷を増やすようにしてください。
日本で50年以上前に、鼻炎や風邪の治療方法の一つとして、鼻やのどの奥にあたる所(上咽頭)を綿棒で軽くこする(擦過する)「上咽頭擦過療法」という治療法が提唱されました。あまり一般的に行われることはないのですが、耳鼻咽喉科などの一部の医療機関で続けられています。
近年、この上咽頭擦過療法がコロナ後遺症の疲労や頭痛、注意力低下などの症状改善につながると報告され、再評価されつつあります。この治療法を行う医療機関(主に耳鼻咽喉科)も、少しずつ増えてきているようです。
なお、「鼻うがい」にも、同じような効果を期待できるという報告もみられます。
頭部に当てた機器から弱い電流を流して脳の神経細胞を刺激する、「反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)」という治療法が、以前からうつ病の治療に使われています。このrTMSが、コロナ後遺症のブレインフォグにも有効とする報告があり、一部の医療機関で行われています。ただし、コロナ後遺症の治療目的では保険が適用されません。
まだ確立された治療法がないコロナ後遺症。患者さんの多くは、つらいながらもなんとか日常生活を維持されていますが、仕事を続けられなくなったり、寝たきりに近い状態になっている方もいるようです。効果的な治療法が早く現れて、事態が改善することを望まずにいられません。幸いにも、後遺症の症状は、時間の経過とともに少しずつ軽くなっていくことは間違いないようです。
また、業務中に感染し後遺症が生じ療養が必要と認められる場合は、労災保険給付の対象となります。該当する人は、管轄の労働基準監督署へ相談してみましょう。その他、コロナ後遺症に限らず近年では、仕事と病気の療養を両立できるような環境づくりが行政主導で進められていることも、明るい話題です。
厚生労働省 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)に関するQ&A