食欲不振とは、「食べ物を食べたい」という生理的な欲求が低下もしくは喪失した状態のことをいいます。ストレスや過労、胃腸など消化器の疾患、がんの治療や薬による副作用、感染症など、さまざまな原因によって起こることが考えられます。
監修
内藤 裕二 先生 (一般社団法人 日本ガットフレイル会議 理事長/日本潰瘍学会理事長/日本酸化ストレス学会理事長/京都府立医科大学大学院医学研究科生体免疫栄養学講座教授)
「なぜかお腹が空かない」「食事を前にしても食べられない」「食事をしたいという気持ちがわかない」といった症状がある場合、食欲不振が疑われます。ごくまれにそうした症状があらわれる程度であれば、問題ないことが多いですが、症状が重くなると命に関わることもあり、注意が必要です。特に高齢者では隠れた基礎疾患の初発症状であることもあり、より慎重な対応が求められます。
食欲不振の程度は、健康への影響の度合いによって、以下の4段階に分けることができます。
なお「急激な体重減少」とは、減量を意図していないにもかかわらず、半年で5%または5kgを超える体重の減少がある場合を指すのが一般的です。体重60kgの人で、特に食事制限や運動をしていないのに半年間で3kg以上体重が減っている場合、要注意といえます。
食欲がなくなる原因は病気(疾患)の可能性もありますが、その前にまずは日常生活において食欲不振につながりやすいと考えられる原因をご紹介します。
人体はストレスを受け続けると自律神経のバランスが崩れ、体を活発に動かすときに働く交感神経が過剰に刺激され続けるようになります。すると、もうひとつの自律神経である副交感神経は、バランスを取るためにその働きが抑えられます。副交感神経には消化吸収を促す働きがあるため、ここが抑制されると食欲が起こりにくくなっていきます。
人間関係、仕事のプレッシャーなどの悩みや不安による精神的なストレスだけでなく、過労、事故、怪我、音、光、温度などの身体的なストレスも自律神経のバランスを乱し、食欲低下を生じさせる可能性が高まります。
ストレスの詳しい情報はこちら。 ストレス
運動不足や睡眠不足、バラバラな食事時間など不規則な生活習慣も自律神経のバランスを乱し、食欲を低下させることがあります。また、ビタミンの欠乏やミネラルの欠乏により、食欲が低下することもあります。
特に運動量が足りない場合はおなかが空きにくく、食事からエネルギーを補給する機会が少なくなります。すると食欲低下に加えて、低栄養状態になることも考えられます。
年齢を重ねることで起こる体の変化には、食欲不振につながるものが少なくありません。例えば動くのがおっくうになることによって運動量が低下すると、消費エネルギーが少なくなるため、おなかが空きにくくなり、食欲の低下を招くことがあります。胃や腸といった消化にかかわる内臓の働きが加齢によって低下すると、胃もたれや便秘などが生じ、食欲が減退することもあるでしょう。また味やにおいがわかりにくくなったり、入れ歯や歯周病などによって噛む力が低下したりすることも食欲不振をもたらす一因となります。
その他、友だちと会うといった人と交流する機会が、年齢を重ねるとどうしても少なくなる傾向にあることも、広い意味では食欲低下につながります。一人での食事が増えることで食べること自体への関心が薄れたり、上記のような状況が続いた結果、体力が衰えて買い物や調理がおっくうになったりして、さらなる食欲不振を招く可能性も考えられます。
便秘にともなって食欲不振が生じることもあります。
便秘が続くとおなかが張って苦しくなり、食欲が低下することがありますが、これは腸内に便が貯留することで、腸全体の動きが悪くなるためです。
便秘の詳しい情報はこちら。 便秘
アルコールの飲みすぎは肝臓に負担をかけます。それにより肝臓の持つ解毒作用が低下する他、胃や膵臓にも負担がかかり、機能が低下していきます。その結果、二日酔いに代表されるように、吐き気や食欲不振などが引き起こされることもあります。
二日酔いの詳しい情報はこちら 二日酔い
つわりとは、妊娠5~6週目頃から起こる食欲不振、吐き気、嘔吐といった消化器系の異常のことをいいます。つわりの原因はまだ詳しくわかってはいませんが、ホルモンのバランスの変化や心理状態が関係しているのではないかと考えられています。
妊婦の半数以上がつわりを経験するといわれており、食欲不振があってもすぐに健康を害するわけではありませんが、日常生活に支障をきたす場合は注意が必要です。
妊娠によるつわりの詳しい情報はこちら つわりや出血…多くの先輩ママが経験した妊娠初期の症状とは?
主にがん治療の副作用により、食欲不振が生じることがあります。治療薬(抗がん剤)や放射線治療の影響、手術後に胃腸などの消化に関わる内臓の機能低下、味覚障害、口腔機能の低下などが生じて食欲がなくなることは、がん治療において多くの人が経験する症状です。
「消化器系」と呼ばれる器官に炎症や潰瘍(かいよう)、腫瘍(しゅよう)などの病気(疾患)が生じたり、胃下垂・胃腸虚弱によって機能が低下したりすると、食欲が低下しやすくなります。
また消化器系の疾患以外では、がんを含むさまざまな悪性腫瘍、心不全、腎障害、甲状腺機能低下症、脳出血をはじめとした脳の疾患、ホルモン分泌をつかさどる内分泌系の疾患などの影響で、食欲低下を招くことも。
その他、風邪などの感染症、虫歯や口内炎といった口腔内疾患、うつ病などの精神的な疾患が原因の場合も考えられます。
※以下の疾患は、医師の診断が必要です。下記疾患が心配な場合には、早めに医師の診察を受けましょう。
これといった異常が見られないにもかかわらず、みぞおちの周辺に慢性的な痛み(心窩部痛)や胃もたれなどの症状が生じている状態を、機能性ディスペプシアといいます。
原因は胃や十二指腸の運動障害、知覚過敏、心理的な要因、胃酸の分泌過多などさまざまで、その中のひとつだけが原因のこともあれば、いくつかの要素が影響しあって生じていることもあります。
日本人の10人に1人は、この機能性ディスペプシアを発症しているというデータもあります。基礎疾患のない若年女性の機能性ディスペプシアでは、食欲不振などの症状が強いことも多く、早めに医療機関で受診することをおすすめします。
胃の粘膜が弱まり、炎症が生じている状態を胃炎といいます。さらにこの胃炎の状態が繰り返されて長期間続き、慢性化して治りにくくなった状態が慢性胃炎です。進行すると胃潰瘍(いかいよう)を発症することもあります。
慢性胃炎では腹部膨満感、胃もたれ、胃痛、胸やけ、吐き気、げっぷなどの症状が繰り返され、食欲不振に陥りがちです。
原因の約8割はピロリ菌の感染といわれていますが、その他にも非ステロイド性抗炎症薬の副作用や慢性的なストレスなどが原因になることもあります。
胃炎の詳しい情報はこちら 胃炎
強い胃酸と消化酵素によって胃や十二指腸の粘膜がところどころ損傷して潰瘍ができ、痛みなどが生じる疾患です。
潰瘍が胃の粘膜に生じた場合、胃潰瘍となります。胃に潰瘍が生じると食事中から食後にかけてみぞおち周辺に重苦しい痛みが起こる傾向があります。一方、十二指腸の粘膜に潰瘍が生じると、早朝や空腹時にみぞおち周辺がシクシクと痛むものの、食事をすると治まるという特徴が見られます。どちらの場合も胃もたれや吐き気、食欲不振をともないます。
ピロリ菌や非ステロイド性鎮痛剤、ストレスなどで胃や十二指腸の粘膜が正常に防御や修復できなくなり、粘膜が胃酸などの損傷を受けやすくなるのが主な原因といわれています。
胃がんは日本人に非常に多く、2018年の統計では罹患率第2位のがんです。
罹患しても初期はほとんど自覚症状がないことが多いといわれていて、みぞおちの痛みや膨満感、食欲不振、吐き気といった自覚症状があらわれてきたころには進行しているケースが多々見受けられます。
その後も胃がんの症状が進み、粘膜が破壊されると黒褐色の吐血や下血が見られたり、貧血の症状があらわれたりすることもあります。
胃がんの原因はさまざまですが、ピロリ菌の感染率と塩分の多い食生活が関係していると考えられています。
免疫の異常によって、甲状腺ホルモンの分泌が低下する疾患を甲状腺機能低下症といいます。
主な症状は無気力感、疲労感、皮膚の乾燥やまぶたの腫れ、しゃがれ声、暑さや寒さの感覚が狂う、発汗減少、便秘などですが、それらの影響で食欲不振が起こることもあります。
肥満に対する恐怖心などから極端な食事制限を行い、体重の減少や低体重、食欲の減退などが見られる疾患です。周囲から低体重への指摘をされたり、食事や休養を勧められたりしても受け入れることはなく、むしろ活発に動きまわる傾向があります。ほとんどの罹患者が女性で、3カ月以上無月経が続いている場合も少なくありません。思春期に多く、低体重状態にもかかわらず、やせていくことに喜びを感じるのが特徴です。この状態が続くと極度な栄養障害にいたり、最悪の場合は死を招くこともあります。
特別な疾患がないにもかかわらず、だるさや疲れがとれず、気力が低下したり、落ち込んだりして興味や楽しい気持ちを失い、それを自分の力で回復するのが難しい状態を「うつ」と呼びます。
多くの場合、食欲不振や睡眠障害、集中力の低下、体の動きが鈍るなど心と体の両面に症状があらわれます。
※以上の疾患の中には、医師の診断が必要なものもあります。 症状が続くなど心配な場合には、早めに医師の診断を受けましょう。
ストレスは食欲不振につながることもあるので、うまく解消・発散する方法を見つけておきましょう。
方法はさまざまありますが、大切なのは自分一人で抱え込まないことです。周囲の人に聞いてもらったり、専門機関に相談したりすることはストレスの軽減に役立つといわれています。周囲の力を借りながら、積極的にストレスを解消していきましょう。
食欲不振は胃腸の機能低下が影響していることが少なくありません。そのため、まずは弱った胃腸に負担をかけないよう、消化の良い食べ物をとることが基本です。鶏ささみや白身魚、りんご、青菜、にんじん、じゃがいもなど、脂肪分が少ない食品やゆっくりと消化される食品を取り入れてみると良いでしょう。
冷たいもの、のど越しの良いもの、やわらかいものなど「食べやすい食品」を口にするのも効果的です。麺類、茶わん蒸し、アイスクリーム、ゼリー、果物などは食欲が低下しているときでも、比較的食べやすい食品です。
食欲がないときは無理をせず、少量で栄養価の高いもの(高カロリー・高タンパク・ビタミンの多いもの)を食べたり、ゼリー状のパウチドリンクなど栄養補助食品やビタミン剤を活用して栄養補給をしたりといった「量より質」の食事をとることも一つの方法といえます。
少しずつ食欲が回復してきたら、食欲増進の効果が期待できる食材を積極的に摂取するのも良いでしょう。胃の働きを助けるといわれるショウガや各種スパイスなどには、食欲増進が期待できることも。過剰摂取に注意しながら、適切に利用しましょう。また高齢者はビタミンD、カルシウム、タンパク質の摂取も心がけると良いといわれています。魚のサケなどを取り入れてみましょう。
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基本的には1日3食、規則正しい食生活を送ることが大切ですが、食が進まないときは回数にこだわらず、食べられるときに食べられる量を少しずつ食べましょう。また一度にたくさん食べるのが難しい場合、例えばおかずを先に食べ、ごはんを後で食べるというように食べる順番を工夫すると栄養の偏りを防ぐことができます。
きれいに彩り良く盛り付けると、視覚から食欲が刺激されたり、見た目にも食べやすく感じたりすることがあります。具体的に挙げると、緑黄色野菜をトッピングや付け合わせに使うなどして彩りを加えたり、ハンバーグなど色の濃い食べ物には白いお皿を用いるといった食器とのコントラストを意識したりすると良いでしょう。また、高低差をつけて盛り付けたり、丸いお皿に四角く食材を盛り付けて変化を出したりすると、見た目の美しさが引き立ちます。
楽な姿勢で、心身ともにリラックスして食事をとることも大切です。可能であれば食事前にストレッチをするなど、体を軽く動かしてみるのも良いでしょう。
誰かと一緒に食事をするなど、食べることへの興味や関心が失われないよう心がけてください。特に高齢になると、人との交流機会が少なくなりがちなので、感染症対策を講じた上で積極的に会食の機会を設けましょう。
夜ふかしや昼過ぎまで寝ている生活をすると、体内時計が狂い、自律神経が乱れやすくなります。自律神経のバランスが崩れると食欲が低下しやすくなるので、できるだけ規則正しい生活を送るように心がけましょう。朝食はしっかりとる、1日3食できるだけ決まった時間に食べる、早寝早起きの習慣をつけるなどして、生活のリズムを整えることが大切です。
胃や腸の調子を整える市販薬を服用することで、胃もたれなどの不快感が改善され、食欲不振の解消につながることもあります。食べすぎや飲みすぎなどを原因とする食欲不振の場合は、市販の胃腸薬の服用で改善することが少なくありません。
またストレスを原因とした胃腸の不快感の改善や、便秘にともなう食欲不振にも市販薬が役立つことがあります。健胃消化作用のある生薬が配合された漢方処方の胃腸薬も効果的といわれています。
胃腸の不具合をともなう食欲不振が長引く場合は、医療機関を受診しましょう。
慢性化すると、改善に時間がかかることもあります。内科や胃腸科、消化器科を受診し、医療の力を借りて症状の改善に努めることも大切です。
神経性食欲不振症(拒食症)の場合は家族が協力し、心療内科での相談を勧めるのが良いでしょう。
参考文献
日本消化器病学会ガイドライン有害事象共通用語規準 v5.0
厚生労働省「e-ヘルスネット」
ttps://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
厚生労働省「こころの耳」
https://kokoro.mhlw.go.jp/
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
https://hfnet.nibiohn.go.jp/