〈話し手〉 柴田 重信 Shigenobu Shibata(早稲田大学先進理工学部 電気・情報生命工学科薬理学研究室 教授)
2017年のノーベル医学・生理学賞は体内時計の研究者が受賞しました。病気の治療や健康維持増進に体内時計が重要な関わりを持っていることが明らかになっています。これらの知識を持っていると、より質の高い対処ができるかもしれません。実は、この体内時計の調整に重要な役割を果たすのが食事です。今注目されていて身近な体内時計について、食事の内容や量、摂取する時間を研究する時間栄養学の第一人者である柴田重信先生にお話しを聞きました。
※注:体内時計とは生物の体内で1日、1ヵ月、1年の周期で変動して生体のリズムを調節する働きのこと。時間栄養学とは食事のタイミングや内容が体内時計に及ぼす影響を検討する学問です。
現代社会では社会的時差ボケが起こりやすい
一般に、早起きして朝から活動的な人を朝型、夜遅くに活動的に過ごす人を夜型などと呼びます。こうした活動性が高まる時間帯の違いは遺伝的にある程度規定されています。
現代社会では人は遺伝的に朝型であっても夜型にシフトしやすい環境にさらされています。仕事で遅くまでパソコンを操作してブルーライトを浴び、スマートフォンを操作し、夜にコーヒーを飲む、夜食を食べるなどの行動は全て体内時計を遅らせ夜型化させます。
夜型の人や夜型化している人は、平日は無理して早起きして仕事に出かけ、その分、週末は昼頃まで寝て、平日の睡眠不足を解消しようとします。この平日に積み重なった睡眠不足を睡眠負債と呼びます。週末に寝だめをすれば、睡眠負債が返済でき少しは疲れが取れたように感じることもあると思いますが、これにより体内時計が再び夜型にセットされてしまいます。そうすると、月曜日から再び環境時間*1と体内時計にズレが生じて、時差ボケのような状態に陥ってしまうのです。これを社会的時差ボケと言います。人の身体は環境時間と体内時計のズレが4~5時間になると自覚できるのに対し、1~2時間では自覚できません。そのため多くの夜型化している人は、社会的時差ボケが起こっていることに気づいていません。睡眠負債を返済するためには、1日でもいいので平日1時間早く寝る、もしくは1時間遅く起きる環境をつくることが重要です。そうすると睡眠負債を1時間解消することができます。
*1 環境時間:人の生活している地域や社会の時間
体内時計のズレは脳と末梢(内臓)でも起こる
体内時計のズレは、人の体内の臓器間でも起こります。自分の体内時計の中で、例えば脳の時計と肝臓等の末梢の時計がズレることがあるのです。哺乳類は脳の視交叉上核*2だけでなく、全ての細胞・臓器がそれぞれの時計を持っていることがわかりました。体内時計は脳の視交叉上核が指揮者として指揮棒を振り、演奏者である体内の各臓器はそれに従って演奏するというイメージで制御されています。しかし、指揮者が倒れてしまうと、演奏者は楽器をいつ弾いたらよいのかわからないため、勝手に演奏しだし、脳と末梢の時計にズレが生じて体内時計の乱れにつながります。
指揮者である脳の時計がズレないようにするには、外部から定期的に刺激が入る必要があります。刺激として最も重要なのは外界からの光です。朝に強い光を浴びると、脳は朝が来たと認識して、指揮棒を振り始め、末梢の臓器の活動を促します。
ところが興味深いことに、末梢の時計、特に肝臓の時計は光ではなく食事によって調整されていることがわかってきました。脳の中でも視交叉上核以外の大脳皮質や海馬の時計も全て食事によって調整されています。朝の光を浴びて指揮者は指揮棒を振り始めますが、朝食を食べないと演奏者は動き出さないことになります(図1)。朝食をしっかりと食べると、指揮者だけでなく演奏者も動き出しますから、体内のハーモニーがとれた状態になります。
マウスを対象に食事のタイミングを遅らせたときの体内時計の動きを検討した研究では、視交叉上核のリズムは食事時刻を遅らせても変わりませんでしたが、末梢の体内時計のリズムは食事時刻の遅れによって変化しました1-3)。つまり、朝食を抜くと本人は気づいていなくても体内で脳と末梢の時計がズレてしまい、時差ボケを作り出し、集中力や作業効率の低下といった心身の不調が生じることがあります。
*2 視交叉上核:脳下垂体の一部で哺乳類では概日リズムを司る
図1 脳と内臓の体内時計にズレ
長い絶食後に食べる1日の最初の食事=朝食
朝食は通常、長時間の絶食後に食べる食事です。夜20時に夕食を食べて朝8時に朝食を食べるとしたら絶食時間は12時間になります。夕食を夜遅くに食べる人は翌朝、お腹が空いていないので食べられないと言いますが、絶食時間が短いのでお腹が空かないのは当たり前です。このような場合、末梢の時計のリズムが乱れています。
私たちは、ネズミを用いた実験で、朝食は7時、昼食は12時に固定し、夕食の時刻を次第に遅くしていき、体内時計の変化を検討しました。その結果、夕食を夜の23時に食べると、昼食からの絶食時間が長くなるため、夕食をその日の最初の食事、つまり朝食だと勘違いしてしまい、末梢の時計が夜型に引っ張られてしまいました(図2)4)。また、朝食を抜いたり、食べていても軽い場合は昼食を朝食だと勘違いしてしまったり、夕食が重たい場合にも末梢の時計のリズムが乱れる原因となり、体内時計は夜型に引っ張られてしまいます3)。
こうした知見を総合すると、環境時間に合わせ体内時計を朝型にするためには、朝食をしっかりと食べる、夕食は早めに食べる、夕食は大量には食べないことが重要なポイントになります。朝食をジュースやスムージー1杯で済ませるというのは時間栄養学の観点から適切ではありません。
図2 長い絶食の後の食事が朝食
間食・分食のすすめ
間食は悪者のように言われていますが、日本人の食物摂取量は摂取基準を下回っている場合が多く、ビタミン類、カルシウムも足りません。そうした栄養分を間食で補うことは重要です。私たちはこれを「攻めの間食」と呼んでいます。昼間の間食であれば、特に不足している栄養分を補え、プラスの面があります。
また、私たちは遅い時間に大量の夕食を食べるのを防ぐために、分食を勧めています。1日に摂取する食事の総量は同じだとしたら、夕方17時くらいの小腹が空いたときに間食を摂れば、夕食の摂取量を減らすことができるという考え方です。
シフトワーカー、海外旅行者へのアドバイス
夜勤がずっと続く人は、体内時計が昼夜逆転した状態で固定しているので、大きな健康被害は生じないと考えられます。一方、シフトワーカーの方は体調管理に注意が必要です。例えば、就業時間が8時間単位でシフトすると、体内時計に大きなズレが生じ、それが修正できないうちに、また就業時間がシフトするという状態が続くからです。
脳と末梢の時計にズレが生じても、時計が動いて2つの山が一致すれば、1日の生活のリズムは調和がとれたものになりますが、移行期には2つの山が重なって台地のようなかたちとなり、1日の中で活動性の高まる時間帯がなくなってしまいます(図3)。シフトワーカーの人は、この移行期が持続しやすく、1日の生活のリズムが失われて、1日中調子が上がらない状態が続きやすいと思います。
1日だけ徹夜をする場合には、食事は普段通りにして深夜は食べない、仮眠できる時間があれば短時間でも眠るようにすることをお勧めします。そして朝になったらいつものように朝食をしっかりと食べ、できれば眠らずに夜まで過ごすことです。
一方、1週間以上の長期にわたって海外に行く、シフトワークを1ヵ月交代で行うといった場合には、事前に体内時計を早めておくのがよいでしょう。朝ご飯は末梢の時計をリセットするので、現地やシフトでの朝ご飯に相当する時間にしっかりと朝食を食べることが大切です。
図3 体内時計のズレの調整が長引くと1日の活動ピークがなくなる
朝食はしっかり食べろ、夜遅く食べるのはだめなど、古くから言われてきた生活に関する先人の教えについて、なぜそうしたほうがよいのかが時間栄養学の進歩によって明らかになってきました。時間栄養学の知識を活かして、皆さんの生活を活動性が高く、かつ健康的なものにしてほしいと願っています。
【参考文献】
1)Hara R, et al. Genes Cells. 6(3): 269-278, 2001
2)Damiola F, et al. Genes Dev. 14(23): 2950-2961, 2000
3)Wehrens SMT, et al. Current Biology 27(12), 1768-1775, 2017
4)Kuroda H, et al. Sci Rep. 2: 711, 2012