〈話し手〉 辨野 義己 Yoshimi Benno(国立研究開発法人理化学研究所 イノベーション推進センター辨野特別研究室 特別招聘研究員)
「私たちの心や身体は腸内細菌によってコントロールされている」などということを考えたことはありますか?驚くような話ですが、最近の腸内細菌の研究では当たり前となっています。
大腸がんや免疫疾患、肥満や糖尿病といった全身疾患と腸内細菌の関係が示唆され、脳の機能にも影響を与え、腸内細菌が司令塔となって身体をコントロールしているということが、研究によって明らかになりつつあるのです。
腸内細菌叢研究の第一人者・辨野義己先生は、今まで未知であった数々の新菌種を発見し、最近、健康長寿に欠かせない腸内細菌を『長寿菌』と名付けています。その理由や「大腸は健康の発信源である」といわれる理由などについてお話しいただきました。
21世紀の腸内細菌の考え方
腸内細菌は、文字通りヒトや動物の腸に生息する細菌です。特にヒトの大腸に生息する腸内細菌は2万~2万5,000種以上、大腸内の腸内細菌の総重量は1.5kg、便1g当たりに含まれる腸内細菌は約1兆個といわれています。また、便の成分の80%は水で、残りの20%が固形成分ですが、この固形成分の3分の1が摂取した食物の食べカス、3分の2が腸内細菌とはがれた腸の粘膜です。ただし、食物の残渣には食物繊維が含まれるため、食物繊維が多い食物を摂取すれば、便の量は増えることになります。
腸内細菌は、体によい働きをする「善玉菌」と悪い働きをする「悪玉菌」、そしてどっちつかずの「日和見菌」に大別されていますが、実際には「日和見菌」は未知の菌であり、腸内細菌の中で確認できているのは全体の3~4割にすぎません。
「善玉菌」として現在詳しい働きが明らかになっている菌が、いくつかあります。それがテレビや雑誌等のメディアでも取り上げられるようになった「ビフィズス菌」であり、「乳酸菌」や「酪酸産生菌」です(表1)。
また、体に悪影響を与える「悪玉菌」、つまり「有害菌」が増えることで有害物質が産生され、直接大腸に障害を起こしたり、血流を介して全身に蔓延しさまざまな病気を引き起こすということもわかってきました。大腸がんや乳がん、肥満、糖尿病、さらに花粉症やアトピー性皮膚炎といったアレルギー症状にも腸内細菌が影響することが相次いで報告されています。大腸は、あらゆる病気の発生源といえるでしょう(図1)。
表1 主な腸内細菌の種類や体への影響
辨野義己著.「べんのお便り」p18-20
図1 腸内細菌と様々な病気の関わり
もともと腸内に存在するビフィズス菌や乳酸菌
ビフィズス菌や乳酸菌は、酢酸や乳酸を産生して腸を浄化し、腸をよい状態にする働きを持っています。また、酢酸や乳酸は腸内を酸性に傾けることで、感染症が起こりにくい環境をつくります。一方、酪酸産生菌は腸管の免疫機構を調整し、炎症の抑制や腸粘膜機能の正常化に働くことが報告されています1)。
これらの菌はいずれも腸内にすでに存在していますが、腸内環境をよりよくするためにはそれらを増やす必要があります。
実はビフィズス菌や乳酸菌は、サプリメントなどで口から摂取したものがそのまま腸に定着するというわけではありません。口から摂取したそれらの菌は、腸内の悪い菌を抑制することでスペースを作り、すでに腸内に存在していたビフィズス菌や乳酸菌がその空いたスペースを利用して増えていくイメージです。その意味で、ビフィズス菌や乳酸菌をサプリメントなどで摂取することはよいことといえます。
一方酪酸産生菌は、エサとなる食物繊維の積極的な摂取で活性化し、酪酸を多く産生することができます。
“シンバイオティクス”という新しい考え方
ヒトの体によい影響を与える生きた微生物やそれを含む食品を、“プロバイオティクス”といいます。現在世界で活用されている菌は50種類以上もありますが、その代表格がビフィズス菌や種々の乳酸菌、納豆菌などです。
プロバイオティクスを効果的に摂るためには、例えばヨーグルトでは1日200~300gの摂取がよいとされています。また、プロバイオティクスに使われているビフィズス菌や乳酸菌は胃酸のような強力な酸に強いという性質を持っているため、生きて大腸に到達する能力があります。
なお、ビフィズス菌と乳酸菌は特徴が異なり、菌の種類もさまざまです(表2)。選ぶときにはそれらの違いも参考にするとよいでしょう。
表2 ビフィズス菌と乳酸菌
辨野義己著.「腸内細菌の驚愕パワーとしくみ」p130,一部改変
また、有益な腸内細菌の栄養源(エサ)になり、増殖を促したり、活性を高めたりすることで健康に有益となる物質を“プレバイオティクス”と呼びます。オリゴ糖類や食物繊維がその代表です。
さらに最近は、プロバイオティクスとプレバイオティクスの両方を取り入れることを“シンバイオティクス”と呼び、より効率的に腸内細菌を増やせる方法として推奨されています(表3)。たとえばビフィズス菌とオリゴ糖、あるいは乳酸菌と食物繊維を組み合わせて摂取することで、相乗効果が期待できるというものです。
表3 プロバイオティクスの作用と今後期待される作用
日内会誌 104:86~92,2015
元気で長生きの人が持っている「長寿菌」
長寿の人が多いといわれる地域で、90歳を過ぎても元気に畑を耕している方々から提供いただいた大便を用いて、腸内細菌を解析させていただいたところ、一般的には20%以下となる酪酸産生菌の比率が40~50%ととても高く、ビフィズス菌も明らかに多いことに驚かされました。以来私は、これらの腸内細菌を「長寿菌」と呼んでいます。
そうした長寿の方たちの食事は、海藻と畑で収穫する野菜類が中心で、肉を食べる習慣は少ないようでした。そして、よく体を動かす生活様式も特徴的だといえます。彼らの生活様式に感銘を受けた私は、長寿菌を増やす秘訣として運動が5割、野菜中心の食事が4割、そしてビフィズス菌などが入った発酵食品や乳酸飲料の摂取が1割と考えています。
大腸が握る健康維持の鍵
健康の源である大腸の環境をよい状態に保つためには、「3つのうんち力」が大切だと思います。
1つ目は「うんちをつくる力」。これは毎日どんなものを食べるかということです。2つ目は「うんちを育てる力」。これは腸内のビフィズス菌や酪酸産生菌などの有用菌を増やすために、どれだけシンバイオティクスを取り入れるかです。そして3つ目は「うんちを出す力」。つまり運動です。インナーマッスルを鍛え、出す力をつけることです。
それでは、私たちの生活でどのように取り入れていけばよいでしょうか。
まずは食事です。ビフィズス菌入りのヨーグルトにオリゴ糖の多いきな粉やハチミツを加えること、あるいは食物繊維がとても豊富なきのこ類のスープに乳酸菌の豊富なナチュラルチーズを加えることは、理想的なシンバイオティクスです。
さらに、キクラゲや豆類などを一緒に食べれば、長寿菌がより増えることになるでしょう。ちなみに、野菜は熱を加えて全体のかさを小さくすれば、より多くの食物繊維を摂取できます。また、ビフィズス菌やオリゴ糖などの入った健康食品をうまく利用するのもよいでしょう。
次に運動については、腸の働きが悪くならないように、腸の蠕動運動を促す腸腰筋を鍛えることが大切です。私は毎日、まっすぐに手を伸ばしたまま開脚して体を左右に揺らす運動と、足を上げる運動を心がけています。
次々に明かされる腸内細菌の力
腸内細菌の研究はさらに進み、大腸の病気から全身の疾患、脳の機能さえも影響を及ぼしていることが明らかになってきています。
腸内細菌は脳の機能を左右する生きた微生物であると考えられています。例をあげると、おなかがすくとイライラしてくるのは腸内細菌が栄養源を要求している、そういうイライラさせる物質を作り出して信号を与えているということが明らかになってきているのです。
また最近の研究では、自閉症から始まって認知症に関わるアルツハイマー病やパーキンソン病と腸内細菌の関係までもが解明されつつあり、まさに腸内細菌の研究は現代医療のトップランナーの位置にあるのです。
そして今後は腸内細菌をもとに、病気を診断する方法から健康を増進するための方法へとさらに発展を遂げていくでしょう。
健康に関心を持つことは、自分の腸に関心を持つことから始まります。運動と食事を工夫して、ビフィズス菌や酪酸産生菌などの腸内細菌の力も借りながら、健康寿命を延ばしていただきたいと思います。寿命さえ左右する臓器である「腸」を制することこそが快適なネクスト・ライフを手にする「はじめの一歩」であると肝に銘じましょう。
【参考文献】
1)古澤之裕, 他. Nature, 504: 446-450, 2013
2)Xiao JZ, et al. J Investig Allergol Clin Immunol 16 : 86-93, 2006