〈話し手〉 荒田 尚子 Naoko Arata(国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 母性内科 診療部長)
女性の健康は、年齢に伴う女性ホルモンの変化や生活スタイルの影響を受け、ダイエットや職場などのストレスによる月経トラブル、妊娠・出産の経験、さらに閉経後には女性ホルモンが減少して体調や体つきの変化に悩まされる方も多いと思います。
しかし、将来こうした変化が起こることを知り、日常生活のなかで適切な対策を講じて、変化への備えを心がけておけば、自分らしく健やかに、充実した人生を送ることができると考えられます。
そこで、女性が身につけておきたいセルフケアについて、国立成育医療研究センターの荒田尚子先生にお話を伺いました。
まだまだ男性中心の日本の社会
女性の社会進出に伴い、出産後も仕事を辞めることなく職場に留まり、子育てしながら働く女性が増えてきました。日本では、産前・産後休業(産休)や育児休業などの社会制度が徐々に整いつつありますが、社会の意識が制度に全く追いついていないのが現状です。子育て、家事、介護などの負担は女性が担うことが多く、「男性は仕事優先、家族は二の次」というカルチャーがまだ日本には根強く残っています。
例えば海外では、子供の学校の行事には男性も参加しますし、子供が熱を出したら会議があったとしても男性が会社を休んで迎えにいくのも一般的で、それが当たり前の社会になっています。一方、日本では、子供の保育園の日常の送り迎え、何かあったときに急に仕事を切り上げて迎えにいくのはほとんどが女性です。女性のみが時短勤務で働くようになると職場への負担も増えて、女性が多い職場では人手不足が起こりやすく、男性も女性も疲労困憊してしまいます。そのような状況では、女性たち自身も職場や同僚に迷惑がかかることを気にしすぎて遠慮してしまう傾向があり、必要な休みを取りにくいという状況に陥ります。
妊娠・出産・子育てに関する制度は整いつつあるものの、日本ではその他の制度や常識もいまだに男性中心にできています。一般的な会社の健康診断の内容はメタボ健診(特定健康診査)など生活習慣病が中心で、これは完全に男性向けの制度といえるでしょう。本来ならば女性には女性が罹りやすい病気や年代に応じた健康診査が必要です。このような労働環境のなかで、いかに女性のヘルスケアを行うかは現代社会の重要な課題と言えます。
女性の病気は触ってわかるものも
女性に多い病気には、婦人科疾患、内分泌・代謝疾患(甲状腺疾患)、神経内科疾患(頭痛)、精神疾患がありますが、なかでも圧倒的に多いのは婦人科疾患です。
20代から子宮筋腫、子宮内膜症、月経前症候群などが認められます。加えて、若いうちは男性よりも女性にがんが多く、20代~30代で子宮頸がんや乳がんが増えてきます。それにもかかわらず、日本人の婦人科受診率は著しく低いとされています。女性特有の病気は自覚症状がないことも多く、病気の発見が遅れがちなので、生殖可能年齢(20~40歳)ではがん検診を徹底するとともに、かかりつけの婦人科をつくり、些細なことでも相談する習慣をつくることをお勧めします。
また、乳がんは月に1回、性周期のホルモンの影響が少ない時期(生理がはじまって1週間後)に自分で乳房を触り、しこりがないかチェックすることで早期発見につながります。日常生活のなかでこうした自分で行うヘルスチェックを習慣づけることは、検診を受診することと同じように重要です。両親と兄弟姉妹の病気(家族歴)を知ることも、自分自身の将来の健康のために欠かせません。糖尿病や高血圧を若いうちに発症する女性は男性に比べ非常に少ないのですが、肥満やそれらの病気の家族歴がある場合には注意が必要です。
ライフプランを考えて、正しい情報を集めよう
女性の健康は、就職・結婚・出産などのライフイベントの影響を受けることがしばしばあります。そのため、自分は結婚したいのか、子供が欲しいのか、仕事を続けたいのかなど、自分のライフプランについて考えて欲しいのです。重要なのはプランを立てることで、自分の人生にどのような可能性があるか知ることです。
例えば、子供が欲しいと考えている人の場合、女性には出産の適齢期がありますから、何歳で何人ぐらい産めるのか、自然妊娠と不妊治療の妊活を開始すべき上限年齢はだいたい何歳かなどを、知っておいた方がよいでしょう。近年、体外受精の技術が進歩して上限年齢が高くなりましたが、それでも高齢出産になるほど染色体異常や合併症は増加します。表は海外の調査の結果ですが、欲しい子供の数と妊娠成功率から、妊活を開始すべき上限年齢をまとめたものです。子供が2人欲しい場合の上限年齢は、自然妊娠で34歳、不妊治療で35歳となります。30代~40代は仕事に就いている女性にとってはゴールデンタイムで、社会的に中心的な役割を果たす時期ですから、仕事を含めた自分の人生の様々なシチュエーションを考えておいて欲しいと思います。
表 「欲しい子供の数」と「達成率(妊娠成功率)」からみた妊活を開始すべき上限年齢
Habbeman et al. Hum Report.30;2215-21 2015を基に改変
もちろん人生はプラン通りにはいきませんが、このような情報を知っておくことが大切です。あとになって気がついて「誰も教えてくれなかった」と嘆いても、時間を巻き戻すことはできません。しかし、あらかじめ知識を身につけておけば、人生の選択肢を増やし、納得した人生を選択することができます。
体の状態を把握し、将来の変化に備える「プレコンセプションケア」
若い頃から進学、就職、結婚、出産などの人生の節目となるライフイベントの際に、自分自身の健康について意識して欲しいという願いを込めて提唱したのが、「プレコンセプションケア」です。コンセプションとは「受胎」の意味で、直訳すると妊娠前の健康ケアとなりますが、ここでは広く、若い世代の男女がともに将来の健康を考え、健康管理を意識し、健やかな社会生活を送ることを指します。
私たちの施設では2015年にプレコンセプションケアセンターを立ち上げ、生殖可能年齢の女性を対象に、妊娠あるいは将来の健康増進に向けて、より良い体づくりを目指す試みを始めました。例えば、妊娠中に風疹に感染すると、生まれた子供に白内障や難聴などの先天異常が起こるリスクが高まることが知られていますが、これは予防接種を受けていれば避けることができます。当然、飲酒や喫煙の習慣、胎児の奇形率が高まる薬はすぐに中止しなければなりませんし、糖尿病、高血圧、治療中の持病を抱えている場合には、そもそも現段階で妊娠して大丈夫なのかを医師に相談する必要があるでしょう。妊娠前に不足しがちな葉酸、鉄分、ビタミンDなどの栄養分を補う指導もしています。また、最近の日本人女性は痩せ型が多く、低出生体重児*が増えていることが問題となっています。低出生体重児は、成人後の最終身長が低いばかりか、糖尿病、高血圧になりやすい体質で、妊孕性にも関連し、出産時のリスクも高いと考えられています。
プレコンセプションケアは、自身のライフプランを考える上で役立ちますし、将来の子供たちのヘルスケアにつなげることができます。もちろん、妊娠は女性だけの問題ではないので、男性向けのプレコンセプションケアも必要です。
日本ではお互いの性に関する教育が行き届いておらず、異性の体についての理解が不足しています。そのため、異性に対して無関心になったり、過剰に反応して腫れものを扱うような態度をとったりすることもあります。男性は女性を、女性は男性をもっと知らなければいけません。それはパートナー同士だけではなく、学校や職場などの社会においても必要なことです。
プレコンセプションケアは、簡単に言えば、若い世代のヘルスケアであり、現在の体の状態を把握し、将来の変化に備えて、健康に関する正しい知識や習慣を身につけることです。また、積極的に情報を集めて「知る意識」、自分から適切なタイミングで適切な病院を訪れる「判断」ができるようになることで、生涯を通じた健康を目指して欲しいと考えています。
*低出生体重児:出生時に体重が2,500g未満の新生児の総称
閉経は女性の体のターニングポイント
女性には「閉経」という体にとって大きなターニングポイントがあります。生理の終了とともに女性ホルモンが減少するため、体の代謝バランスが著しく変化します。女性ホルモンが多いうちは筋肉量や骨密度を維持しやすく脂肪もつきにくいのですが、閉経後は内臓脂肪がつきやすく、筋肉量や骨密度は減少しやすくなり、その結果、脂質異常症、動脈硬化、高血圧、糖尿病、骨粗鬆症などが増えてきます。太っている人が閉経後に運動せずに減量しようとすると、先に筋肉量や骨密度が減り、脂肪が残ってしまい、股関節や腰、ひざを痛めることになりがちです。このように、閉経後には生活習慣病が現われたり、筋肉や骨が衰え将来要介護や寝たきりになる可能性が高まるロコモティブシンドロームを起こしやすくなります。更年期障害の症状は一時的なものですから、適切なホルモン治療などを受けることで軽減できますが、代謝バランスが変化した閉経後から体づくりを始めても、同じ効果を得ようとしたら閉経前の数倍の努力が必要となります。閉経後も健康を維持するためには、閉経前から栄養バランスのとれた規則正しい食生活や適度な運動を心がけるなど体づくりを十分に行うのが望ましいでしょう。
ヘルスリテラシーを養おう
身につけて役に立つのは、あくまでも正しい知識、正しい情報です。私たちはインターネット、メディア、書籍などの膨大な情報にアクセスできますが、このなかには間違った情報や古い情報も多く存在します。自分で健康についての情報を探し、どれが正しいのか判断し、活用する力が必要です。これをヘルスリテラシー*と言いますが、日本人は低いと言われています。まずは自分自身の健康に関心を持ち、積極的に情報収集を行う際には、あわせて正しい情報かどうかを吟味する癖もつけましょう。
何年に、誰によって書かれたものか(専門家によるもの、あるいは、そうでないもの)、出典はどこかといった情報の出所を確認すれば、正しい情報かどうかを判断する一助になります。若い世代ではTwitterやInstagramといったSNSやWebサイト上のナレッジコミュニティだけしか見ない方も多いと聞きますが、それだけでは正しい情報を集めるのは難しいでしょう。ライフプランニングとは人生を計画通りに進めるためのものではなく、自分で考えて人生の選択肢を増やすために情報を収集し、活用することなのです。厚生労働省や日本産婦人科学会などの公的な機関もWebサイトで情報を提供していますので、ぜひ参考にしてください。
*ヘルスリテラシー:健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの
【関連サイト】
※外部サイトにリンクします。
● 厚生労働省研究班監修「女性の健康推進室 ヘルスケアラボ」
● 日本産科婦人科学会監修「HUMAN+ 女と男のディクショナリー」
● 国立成育医療研究センター プレコンセプションセンター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/
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