〈話し手〉 土屋 政雄 Masao Tsuchiya(株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント 調査研究部 主任研究員)
最近、「マインドフルネス」という言葉をよく耳にしませんか?マインドフルネスは、職場のメンタルヘルスケアにおけるストレス軽減だけでなく、集中力UPにも非常に役立つため、生産性向上のために取り組む企業が続々とあらわれ、今とても注目されています。マインドフルネスを理解し日常生活で実践してみると、心と身体の健康の維持にもつながり、自分で健康を管理する「セルフメディケーション」にも活用できます。
そこで、マインドフルネスに関する本の監訳や専門雑誌での記事執筆などの経験があり、マインドフルネスに関連する労働者向けプログラムの実施や研究を行ってきた、元労働安全衛生総合研究所の土屋政雄先生に初心者のためのマインドフルネスについて解説していただきました。
マインドフルネスってなあに?
マインドフルネスは、「今の瞬間の現実に常に気づきを向け、その現実をあるがままに知覚し、それに対する思考や感情にはとらわれないでいる心の持ち方、存在の在り様」と定義されています1)。難しそうと思うかもしれませんが、実は誰でも簡単に生活に取り入れることができ、上手に使いこなすと「ストレスの軽減」「集中力UP」「身体や脳のリラックス」など、嬉しい効果を感じることができます。
簡単にいうと、マインドフルネスは「今」という瞬間に対する気づきのことです。理論や具体例は後ほど紹介いたしますので、まずは以下の音声ファイルにアクセスして、基本的なマインドフルネスの瞑想を体験してみましょう。
・椅子に座って行います(※座禅を組む座り方でも大丈夫です)。
・再生ボタンをクリックすると音声が流れます。
・音声の内容は記事の最後にテキスト版も掲載しています。
・途中、瞑想のため無音が続くところがあります。
いかがですか?「今」の瞬間の現実に常に気づきを向けることで、ふだん生活しているとなかなか気づかない身体の感覚を感じたのではないでしょうか。マインドフルネスは身体で覚えることがとても重要で、意識して使えるようにするためには1日5分でも続けることが大切です。
マインドフルネスの基本
マインドフルネスは米国のジョン・カバットジン博士が禅の瞑想などからも影響を受けて、体系的なプログラムを開発して以来注目が高まり、科学的な検証も盛んに行われながら医学・心理学の分野で広まりました。日本では、昔から座禅が広く実践されているので、マインドフルネスを体験してみると受け入れやすく感じる方も多いと思われます。また、ヨガや太極拳などをやったことがある人もイメージしやすいはずです。
①「今」に気づく
人は、自然にしていると、過去のことを悔やんだり未来を心配したりと、雑念や感情がわいてきます。過去や未来について考えて行動できることは、人間にとって重要な能力ですが、考えすぎることによって悪い結果につながる場合もあります。そんなときは、「今」に気づくようにするだけで、よりよく自分の考えや感情と付き合えるようになります。つまり、自分の思考を客観的に見ることができやすくなるのです。
たとえば、あなたが大切な友人の結婚式のスピーチを頼まれ、引き受けたとします。準備から精一杯取り組み、たくさん練習もして、いざ本番を迎えました。そのとき「(過去の失敗したスピーチを思い出し)失敗したらどうしよう」「うまく話せるだろうか」「友人は喜んでくれるだろうか」など、過去や未来に意識が向けられすぎて、目の前の聴衆のことをあまり考えられなくなった場合、スピーチを成功させることができるでしょうか。
このように、思考や感情が邪魔をしてしまうと、普段の力を発揮できないことがあります。「過去」や「未来」の悩みや心配、不安、後悔、嫌な記憶などが邪魔をするのです(図1)。このとき「今」に気づくようにすると、「あ、今こういった思考や感情が自分の中に発生しているな」と分かる機会が増え、思考や感情にとらわれにくくなります。自分の思考を客観的にとらえることができれば、不要な観念にとらわれることなく、自分の周りで起こる物事も俯瞰して見ることができるようになるのです。その結果、心がおだやかになり、集中力が向上し、良い結果につながります。
今に目を向ける手法として、呼吸に意識を向けることをよく使います。意識を体の感覚や呼吸のプロセスに向け続けていると、未来や過去についての心配や不安からいったん離れ、「今」の瞬間に戻ってきて現実に向き合うことができるようになります。
図1 「過去」や「未来」の悩みが「今」を邪魔する
②思考や感情のコントロールは不可能なことに気づく
私たちの身体は常に、外からの刺激(光や音、におい、味など)や内からの刺激(思考、感情、身体の感覚など)を受けています。人は外の刺激を直接コントロール(刺激の発生源を取り去る)したり、入ってこないようにコントロール(防音する、不快なにおいを遮るなど)したりすることはできますが、自然にわき起こる感情や思考など内からの刺激は自分でコントロールすることはできません。では、ここで実験をしてみましょう。まず、シロクマを思い浮かべてください。では、これから一定時間(1分程度)、シロクマのことをまったく考えないようにしてください。さぁ、どうでしょう?できた方はいらっしゃいますか? おそらくシロクマのことをまったく考えないで時間が経過した方はいないと思います。シロクマのことを考えないようにしようと思えば思うほど、シロクマのことを考えてしまったのではないでしょうか。マインドフルネスとは、感情や思考をコントロールするのではなく、それらがコントロールできないものであると認めることでもあります(図2)。
図2 皮膚の外側と内側にある刺激
Masao Tsuchiya 『思考や身体感覚は内的刺激』 CC BY 4.0を元に作成
日常生活からマインドフルネスに
マインドフルネスのスキルを身につけるための正式なプログラムは、瞑想やヨガなども用いて週2〜2.5時間の講義や実習を8〜10週間受けるプログラムになっています。マインドフルネスのスキル習得にはそれなりの時間が必要なのです。ただし、マインドフルネスを身につけるための基本は瞑想なので、日常生活にうまく取り入れることでマインドフルネスのスキル向上を目指すこともできます。
①瞑想を毎日してみましょう
今の瞬間に気づきを向けることは最初は難しいかもしれません。ここで図3を見ながら、時間の流れをイメージしてみましょう。時間の流れは、過去から未来に進んでいきます、その中に「今」という地点がありますが、「今」という時間はこの文章を読んでいる間にも、どんどん進みます。そうした一瞬一瞬の「今」が連続している流れに気づくようにするのが、瞑想の目的の一つです。とはいっても時間の流れ自体に気づくのは難しいので、その替わりに自分自身の身体の感覚や呼吸のプロセスに意識を向けることになります。意識を身体や呼吸に向け続けることは意外に難しく、すぐには身につけられないため、最初は5分でもよいのできちんと時間をとって、瞑想の練習を毎日行いましょう。マインドフルネスは脳の筋トレといっても過言ではなく、練習の継続が大切です。しかも、サボるとついた筋肉が落ちてしまうように、せっかく身についたスキルも失ってしまいがちです。
図3 「今」という瞬間に対する気づき
Masao Tsuchiya 『「今」が連続していることに気づく』 CC BY 4.0を元に作成
②日常生活の中で実践しましょう
食べているとき、歩いているとき、歯磨きをしているときなど、少しの時間でよいので身体の感覚に意識を向けます。たとえば、食べ物を口に入れ、咀嚼し、味わい、のみ込む…といった一連の動作ひとつひとつを意識しながら、ゆっくり食事をします。時間をかけ、丁寧に味わっていくことで「ながら食い」や「早食い」などによる過食を自然に防ぐことができます。
セルフメディケーションに役立てたいマインドフルネス
マインドフルネスは、自分自身の健康に責任を持つ「セルフメディケーション」にも役立ちます。「今」の瞬間を意識するということは、まさに現在の自分自身の身体の状態を意識することであり、日頃から続けていれば、些細な体調の変化にも気づくことができるかもしれません。欧米では学校でマインドフルネスが実践されることも増えていることから、子どもも実践することができますし、もちろん働き盛りの人も高齢者も、年齢に関係なく、生活に役立てることができます。マインドフルネスの広がりとともに研究も盛んに行われ、心の健康づくりに役立つことに加えて、認知機能の低下防止や睡眠の改善、減量など身体の健康にも役立つ可能性がわかってきています(図4)。
日常生活の中にマインドフルネスを取り入れると、集中力が増し、過去や未来にとらわれにくくなり、元から持っていたはずの前向きな考えに気づきやすくなって生活を送れるようになります。目標に向かって行動を続けていると「自分にはできないかもしれない」「もう継続は無理だ…」などの思考がよぎってしまうこともあると思います。そんなときこそ、マインドフルになりましょう。そして、それがただの思考であることに気づくことができれば、目標達成への一歩に繋がることでしょう。
図4 マインドフルネスでセルフメディケーション
【参考文献】
1)熊野宏昭: マインドフルネスそしてACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)へ
−二十一世紀の自分探しプロジェクト−. 2011. 星和書店; p.70.
それでは、マインドフルネスのエクササイズをはじめます。
まず、周りを気にしないでいられる場所で、姿勢を楽にして椅子に座った状態で背筋を伸ばしましょう。
ただし背筋をあまり緊張させずに力を抜き、背骨にエネルギーが満ちていくことをイメージしてみてください。目は閉じるか、または焦点を合わせずぼんやりと下のほうの一点を眺めます。
それでは、自分の両足のつま先から足首の下までの部分に注意を向けてみてください。
今、この瞬間に感じている足の感覚を意識します。足やつま先がヒリヒリ、チクチクしたり、ズキズキしているのを感じるかもしれません。または足が体のほかの部分と比べて温かかったり冷たかったりといった感覚があるかもしれません。足が靴の中に包まれている感じに気づくかもしれません。足の裏の床に触れている部分が押しつけられている感覚を感じてみてもよいでしょう。そういった足の今、この瞬間の感覚に対して、どんなものでもただ注意を向けていってください。
次に、両手と指に注意を向けていきます。
両手や指がヒリヒリ、チクチクしたり、ズキズキしているのを感じるでしょうか。手や指が今どんな位置にあるでしょうか。温かい、または冷たいといった感覚があるでしょうか。さまざまな感覚に、ただ好奇心や関心を向けて、今、この瞬間にそこにあるどんな感覚にもただ気づくようにしてみてください。
手や指から意識がそれたらもう一度注意を向け直しましょう。
手や指に注意を向けている間にも、何か考えが浮かんできて意識がそちらに流され、体の感覚への注意がそれてしまうかもしれません。誰でも当然そうなるものです。こうしたことがいかに自然に起こることなのかも、実感してみてください。そして浮かんできた考えによって自分の意識が流されたと気づいたときは、今、この瞬間に感じている身体の感覚に、もう一度注意を向け直しましょう。
次に、お腹のあたりに注意を向けてください。
自然に息を吸って吐くごとに、お腹が動く感覚を意識してみてください。
それでは、今注意を向けているお腹から、だんだんと身体全体に注意が広がっていくようにしてください。今、そこで座っている皆さんの身体全体への気づきを深めていくように注意を広げていきます。
…それでは目を開けて元の状態に戻ってください。
いかがでしたか?どんな感覚に気づいたでしょうか?もちろん何も感じなかった場合もあるでしょう。継続的に練習していくことでまた異なった体験を得られると思いますので、筋トレのようなものだと思って、続けてみてください。
Masao Tsuchiya 『身体と呼吸への気づきを高めるエクササイズ』 CC BY 4.0を元に作成
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