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なんで続けられない?運動意欲に関連する脳機能へのアプローチ

なんで続けられない?運動意欲に関連する脳機能へのアプローチ

〈話し手〉 征矢 英昭 Hideaki Soya(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)

 人はなぜ運動を習慣にすることができないのか。日本でも世界でも毎日運動をしているのは2割かそれ以下といわれています。運動は健康によいこと、生活習慣病を予防するのに重要であることは知っていても運動を続けられない人が大半です。これは、三日坊主などと表現される性格のせいではなく、脳の機能に理由があるようです。
 そこで運動が続けやすくなる脳機能に焦点をあてた最新の知見について、脳科学と運動生化学の第一人者である征矢英昭先生にお話しを伺いました。

現代人が陥る「不活動」とは?

 運動と聞くと激しいスポーツや肉体労働など(exercise)をイメージしますが、ここではもう少し広げて、まっすぐ立って歩くとか、モノをつくるとか、遊ぶといったことを含め身体を動かす身体活動(physical activity)を運動とします。
 運動を行うと人の体内では代謝が高まり、血の巡りがよくなり、脳の働きも活発になります。その結果として、健康を維持できるだけでなく、仕事や勉強の効率も高まります。最近の米国NIH(国立衛生研究所)の調査では、強度が低くとも余暇に身体活動に興じる人の平均寿命が数年延びることも示唆されています1)。日常生活の中で運動を続けることはとても重要です。
 しかし現代の労働環境・生活環境は、デスクワークが増え、肉体労働のような身体活動性の高い労働に携わる機会は減り、日常生活の中でもエレベーターや車、掃除機などにより身体を動かすことが少なくなりました。このように、日常生活の活動性が低下した状態を「不活動」と呼びます。
 「不活動」は、代謝が低下し、血の巡りが悪化して、脳の働きも低下します。現代社会では、肥満、2型糖尿病、高血圧の患者さんが増えていますが、これらの生活習慣病が発症してくる背景には、身体活動量の低下が大きく影響していると考えられます。さらに、糖尿病は認知機能障害の発症・進行を促しますから、身体活動量の低下は、認知症の増加にもつながる可能性があります。
 身体活動は人間にとって非常に重要だということは分かっているものの、どの程度活動すればよいかという最低ラインが分かっていません。しかし歴史的に見ると、相対的に昔と比較して人類はいま活動しなくなっています。

せっかく始めても運動を続けられない理由

 運動が身体によいことは分かっていても、毎日の生活の中で運動を続けるのは難しく、運動を習慣化できている人は限られています。その理由はいろいろありますが、簡単にいうと、「運動するのは面倒」で、「楽しくない」からです。
 運動を続けようとしたら、屋外なら雨の日も、暑い日も、寒い日も外で運動しなければなりませんし、屋内外に関わらず着替えたり、運動の種類に応じて靴を履き替える必要もあります。女性の場合はお化粧する準備や時間も必要になるかもしれません。また、運動を始めても、一緒に運動する仲間がいないと、なかなか続ける気持ちにもなりません。
 運動を続けるには、何も特別に激しいスポーツをする必要はなく、いつでも、手軽に始めることができる軽い運動を選ぶのがよいです。ラジオ体操やヨガも良いですし、通勤で歩くこと、家の片付けなど何気なく生活の中でできる活動もあるので、何でもよいと思います。その際、運動を続けやすい環境を整えることも重要です。環境といっても自然環境などいろいろな環境がありますが、一緒に運動する仲間のいる環境をつくることでも運動は長続きしやすいです。人は進化論的に孤独で生きる動物ではなくもともと群をつくって生活する動物だからです。
 私自身は自転車に乗って通勤しています。片道10分程度ですが、陽の光や木々や草花、自然の匂い、爽やかな風を感じることができて、気持ちが楽しくなります。そして「楽しい」と感じることは、運動を毎日続ける大きな動機付けになります。

運動を続けるためのポイント

 人やチンパンジーは、ネズミに比べて脳の前方の部分にある前頭前野が発達しています。前頭前野はものを考え創造する脳で、記憶や注意力、判断力などを司る部位です。特に人が頭を使った作業をするときに活性化されます。
 私たちの研究では、ヨガや太極拳、サイクリングといった非常に軽い運動を10分間行うだけで、脳の一部(前頭前野の背外側部や海馬)が活性化して、実行機能、注意集中力、記憶力が高まることを明らかにしました2)。また興味深いのは、軽い運動を行うと、運動しているとき以外の時間帯の活動性が高まることです。人は感性の動物ですから、運動して「楽しい」と感じると気持ちが前向きになり、さまざまな課題にも取り組みやすくなると考えられます。このようなパフォーマンスの高まりは、運動意欲において非常に重要です。
 いくつかの研究でもヒトが運動を続けるためには、「運動は健康によい」ことが分かっているだけでは不十分で、「運動はやってみたら気持ちがよい」、「運動を続けたほうがパフォーマンスも高まる」と感じることが重要な要因だといわれています。
 さらに前述のとおり、運動するための場所や道具を整え、自然にも恵まれた環境があり、社会的にも運動しやすい状況を整えることで、人は運動を継続しやすくなります。

運動を続けるためには脳の覚醒レベルを高める

 人が健康的な生活をおくるためには、覚醒と睡眠のリズムにメリハリをつけることが重要です。通常人は1日に1回は眠りますが、その反対が覚醒です。よい覚醒はよい睡眠によってもたらされますがこのリズムにメリハリがなくなったり、覚醒レベルを維持できなくなると、夜は眠れない、昼間は眠くて動きたくないといった状態に陥り、身体活動量も低下してしまいます。つまり運動意欲が低下します。
 覚醒レベルが低くて眠いときには、興味のあることを行うと覚醒レベルは高まります。例えば好きな映画を見たり、甘いものを食べたり、笑ったり、大きな声を出したりすることです。優秀なコーチや指導者は、運動する前に、皆さんを集めて、笑わせるような面白い話をすることが多いのですが、これは、皆さんが笑うことで覚醒レベルが高まり、前向きな気持ちになって、運動への意欲が高まり、身体も動きやすくなるからです。一種のウォーミングアップともいうことができます。
 このような好きな映画、甘いもの、笑いや大声などといった前向きになる刺激を外部から受けると、脳内では神経伝達物質というものが影響を受けます。
 脳が覚醒し、それを維持するためには、脳内(脳幹)で産生されるドパミンを始め、セロトニン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質が重要な役割を担っています。これらの神経伝達物質が脳全体にいきわたることで、脳の覚醒レベルは高まり維持されます。特にドパミンは脳を活性化して、気持ちを前向きにする働きがあります。
 このように脳(脳幹)は、心拍や呼吸といった生命維持機能を司るだけでなく、覚醒レベルを高めて維持するためにも重要な役割を担っています。
 実は運動にも脳内の神経伝達物質を活性化する働きがあるのですが、そもそも運動する気が起こらない人に運動を始めてもらうには、脳内の神経伝達物質のレベルを高めて、前向きな気持ちになってもらう必要があるわけですから、笑いや甘いもののように何か外部からの刺激が必要です。そこで、疲労の症状に利用されている医薬品成分の中で、神経伝達物質、特に意欲を上げるドパミンの分泌を促すものがないかを検討しました。

フルスルチアミン投与後にラットの運動量が増加

 注目したのはビタミンB1誘導体であるフルスルチアミンです。フルスルチアミンが脳に移行して作用すれば行動に変化が生じますので、行動の変化からフルスルチアミンの作用を検討しました。
 研究ではラットのおなか(腹腔内)にフルスルチアミンを注射で1回(単回)投与したところ、ラットの身体活動性が高まり、まず輪回しをぐるぐる回す、さらに自由に動き回れる環境(オープンフィールド)に解き放つと活発に動き回ることが分かりました(図13)。加えて、ラットの脳内(前頭前野)の神経伝達物質の変化を検討したところ、ドパミン代謝が亢進していること(図2)、ドパミン代謝が亢進した直後に運動量が増加していることが分かりました3)
 脳(脳幹)で産生されたドパミンが、前向きな気持ち、意欲を高めますが、フルスルチアミンはドパミン放出を増加して、運動量を増やしたものと推測されます。

フルスルチアミンと生理食塩水を投与したときの運動量の比較後の変化(ラット)

図1 フルスルチアミンと生理食塩水を投与したときの運動量の比較後の変化(ラット)

フルスルチアミン投与後のドパミン代謝の変化(ラット)

図2 フルスルチアミン投与後のドパミン代謝の変化(ラット)

脳機能に注目したアプローチで不活動から脱却を

 運動がなかなか始められない人、運動を始めても長続きしない人には、運動の内容を自分にあったものに見直したり、運動する環境を整えたり、一緒に運動する仲間をみつけたりする工夫が必要だと思いますが、そのほかにも今回の研究で得られた新たな知見を応用し、外からの刺激もうまく活用していくことが「不活動」撲滅への近道だと私は思っています。

【参考文献】

1)Moore SC et al. PLoS Med. 2012;9(11):e1001335.

2)Suwabe K, et al. PNAS. 2018 Sep 24. pii: 201805668. doi: 10.1073/pnas.1805668115.

3)Saiki M, et al. Sci Rep. 2018 Jul 11;8(1):10469. doi: 10.1038/s41598-018-28462-2.

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