〈話し手〉 佐藤 純 Jun Sato(愛知医科大学学際的痛みセンター/一般社団法人天気痛治療推進協会代表理事)
気象の変化と病気との関係は古くから知られています。頭痛やめまい、喘息やリウマチの悪化といった症状です。実は「更年期障害」も気象の影響を受ける可能性があることをご存じでしょうか。
最近、「ゲリラ豪雨」「大型台風」「温暖化」といった世界的な異常気象がみられ、体の不調を訴える方が多くなっています。私たちはこの気象変化から逃げることができません。私たちの体は常に、気象変化というストレスを受けているのです。
そこで、日本で唯一の天気痛※外来を開設し、気圧医学の第一人者である佐藤純先生に、更年期障害と気象の関わりとその対処法について、お話しを伺いました。
※気象病の中でも特に痛みにまつわる病気を「天気痛」と佐藤先生が名付けられました。
体と気象との関わり
「気象病」という言葉を聞いたことはありますか。最近ではテレビなどのメディアで気象病の話題が取り上げられるようになり、一般にも徐々に認知されてきました。気象病とは、気象に関連する気圧、気温、湿度などの影響を受けて悪化する病気をいい、慢性痛、めまい、心臓病、脳卒中、認知症、喘息、花粉症、歯周病などで報告されています。近年では四季の移り変わりに加えて地球温暖化の影響などで気象はますます過酷になり、気象病を訴える患者さんが数多く外来に訪れるようになりました。
気象の変化を私たちは避けることができません。その場にいれば台風やゲリラ豪雨は来ますし、私たちの体にとって気象変化は避けられないストレスといえます。したがって、気象病の方にとっては、なんともいえないような拷問を繰り返し受けている感じがするのではないでしょうか。
気象の変化でなぜ不調になる?
気象病はなぜ起こるのでしょうか。私たちの体には、外部環境の変化にかかわらず体温などを一定に保つといった恒常性を維持する働き「ホメオスタシス」が備わっています。その働きに重要な役割を果たしているのが自律神経です。自律神経には、心や体を活動的な方向に促す交感神経と、興奮した精神や肉体を安らぐ方向に導く副交感神経の2種類があり、それぞれがバランスを取りながら体の機能を調節しています。ところが気象が変化すると、人間の体はこの変化をストレスと感じてそれに抵抗しようとし、このことが自律神経の混乱を招き、体の不調をきたしてしまいます。気圧、気温、湿度という要素の中でも、特に気圧の低下が自律神経を乱すことがわかっています。
では、外部からの気圧変化は具体的に体のどこで受け止めて、自律神経を混乱させるのでしょうか。その答えは「耳」です。私はこの研究に長年取り組んでいます。
気圧の変化を察知するセンサーは「耳」にあると考えられます。内耳の前庭です。外部の気圧の変化を感じると、前庭神経が興奮し、その情報が脳へと伝わります。この内耳から脳への情報伝達によって自律神経のバランスが乱れて体の不調をきたしてしまうのです(図1)。また脳がストレスを受けることによって脳の疲労も起こります。脳の疲労は脳の機能低下にもつながるので、自律神経のコントロールが落ちてしまい、自律神経失調とよばれるような状態になっていくとも考えられます。気圧の変化が、本当に自律神経に影響を及ぼすのかについて、私はラットを用いて実験し、気圧低下により血圧の上昇、心拍数の上昇などの自律神経の変化がみられたことを確認しています1)。
このように、気象変化によって自律神経が乱れてしまい、不調が現れるのが気象病のメカニズムです。気象病は決して特別なものではなく、多くの方が抱えている悩みです。そして、実は更年期障害の症状も気象変化によって左右される可能性があります。
図1 気象病のストレス学説
更年期障害と気象病の関係
更年期障害とは、更年期つまり閉経の前後5年の約10年間(平均的には40代半ばごろから50代半ばごろ)に現れ、日常生活に影響を与える体の不調をいいます。具体的には「頭痛、めまいがする」「肩こり、腰痛がひどい」「のぼせやすい」「イライラする」といった様々な不調が現れます。
これら不調の原因は、更年期に女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が激減することですが、実は、自律神経が関わっています。
脳からの指令により卵巣はエストロゲンを分泌し、さらに脳へ分泌していることを知らせる(応答する)ことで、エストロゲン分泌はコントロールされています(図2左)。しかし卵巣の機能が衰えると、十分なエストロゲンの分泌ができず、指令と応答の関係が崩れてしまいます(図2右)。その結果、ホルモンのコントロール機能が乱れて脳が混乱を起こしてしまいます。卵巣に指令を出している脳(視床下部)は、自律神経の中枢でもあり、脳の混乱により自律神経が乱れ、様々な症状を引き起こしてしまうのです。
このように更年期障害の症状も自律神経を介して現れるものであるため、気象病と症状が似ています。そして、自律神経を介する更年期障害の症状は、気象変化に左右される可能性があります。更年期障害の症状が気象変化によって悪化する場合には、気圧センサーである内耳が敏感に反応している可能性があり、気象病を疑ったほうが良いかもしれません。自分は気象病かもしれないという視点で対処すると体調の改善が見込めることがあるので、是非そういった視点も持って頂きたいと思います。
図2 エストロゲンの分泌
自分は気象病?
自分が気象病であるかどうか、気象病になる可能性があるかどうかは下記の表のようなリスク要因の有無によって、ある程度判断することができますので、是非参考にしてみてください。
表 気象病のセルフチェック
佐藤 純著『頭痛 めまい 関節痛 なんだか調子が悪いのは「天気痛」かもしれません』株式会社PHP研究所
特に気をつけるべき時期や日常生活
年間を通して症状が出やすいのは、季節の変わり目や気圧変動の大きい春先3月や5月、低気圧の続く梅雨の時期、台風の多い秋などです。意外にも冬の季節は天候が安定しているため、症状は軽いのが特徴です。しかし、なかには等圧線が混み合う風の強い日に症状が悪化する人もいらっしゃり、わずかな気圧の揺れに影響を受けることがあります。また、「冷え症」の人では、寒さが気象病の症状を出しやすくなる場合もあって、注意が必要です。
またこういった気圧変化による不調を引き起こすのは、気象だけではありません。新幹線や飛行機、エレベーター、そして地下鉄などは速度や高低差により大きく気圧が変わる乗り物です。例えば、20階の高層ビルにある会社へ地下鉄で通勤するなどの場合には、1日に何回も気圧の変化を体験することになります。実は私たちの日常生活は、気圧の変化だらけなのです。
具体的な対処法
まずはどういった気象のタイミングで症状が出るかを把握することが大切です。天気が崩れ始めてから症状が出るのか、天気が回復するときに出るのか、症状の出方には個人差があるからです。そのためには日記をつけると良いでしょう。前もって症状に対しての準備をすることができますし、いつ調子が悪くなるか分からないという不安もなくなります。
また、基本的なことですが、睡眠、食事、入浴などの生活習慣をおろそかにせず、自律神経を整えて症状が気象変化に左右されないような心と体のリズムを作りましょう。
自律神経を整えるという観点から、漢方薬もお勧めしています。その他、自律神経を整えるツボの刺激、運動、耳マッサージなどいくつか対処法があります(図3)。
以上のような対処をしても症状が良くならない場合には、医療機関を受診しましょう。
図3 耳のマッサージ、ツボ
<参考>5ヘクトパスカルの気圧低下でも体調が悪くなることも・・・・・・
実際にどのくらいの気圧低下によって、不調となるのでしょうか。
2015年の東海大学の研究グループが、34人の片頭痛の患者さんを対象に行った調査では、気圧が標準気圧1013ヘクトパスカルから6~10ヘクトパスカル下がると、片頭痛の発症率が上がると報告されています2)。実際に5ヘクトパスカルの低下で起き上がれなくなった方もいらっしゃいます。
5ヘクトパスカルとはどのくらいなのでしょうか。気圧が1ヘクトパスカル下がると、海水が1cm上昇します。5ヘクトパスカル下がれば、重たい海水が5cmも上昇することからも、相当な圧力の減少が発生していることが分かります。
気象による体調変化にもご注意を
繰り返しますが、私たちは気象の変化から逃れることができません。気象の変化と向き合いながら生活する必要があります。
そのためにはまず、ご自身が気象に左右されやすい体質であるということに気がついていただくことが不可欠です。そしてその次に大切なのが、その症状が現れるタイミングやリズムを知ることです。どのような気象のときにどの程度の症状が現れるのか、症状を客観視することです。更年期障害や気象病について正しく理解するとともに、気象や気圧を知るために、インターネットやアプリなどから情報を入手するなどして上手につきあっていきましょう。
【参考文献】
1)Sato J, et al. Neurosci Lett 299(1-2): 17-20, 2001
2)Okuma H, et al. SpringerPlus(2015)4: 790
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