〈話し手〉 柴田 克己 Katsumi Shibata(甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科 教授)
現在、日本人の約7割が疲れを感じているといわれています。疲れに対処しようと栄養補給しても、疲れがとりきれていないことはありませんか?それは、摂るべき栄養素が十分に摂れていないのかもしれません。
疲労にはエネルギー代謝に深くかかわるビタミンB群、特にビタミンB1がよいことは広く知られています。しかし、ビタミンB群を摂取しても、どれだけ体内で活用されているかは不明でした。ビタミン研究の専門家である柴田克己先生は、糖質やアミノ酸などからエネルギー物質が作り出される時の中間代謝産物である2-オキソ酸の尿中排泄量の変動からビタミンB群の充足度を推定する方法を編み出し、さらに今回その中でもビタミンB2の重要な働きを明らかにしました。そこで柴田先生に研究の内容やエネルギー代謝にかかわるビタミンB2の役割、上手な摂り方など疲労対処の新常識についてお話をいただきました。
エネルギー産生とビタミンB群の役割
ビタミンB群は、疲労の一因であるエネルギー不足状態の改善に深くかかわっているビタミンといえます。それはエネルギー源となる三つの栄養素(糖質、脂質、たんぱく質[アミノ酸])の代謝に欠かせない働きを持っているからです。特に、主なエネルギー源である糖質の代謝に不可欠なビタミンB1は疲労に対して効果があることは広く知られています。
私たちが食事からとった栄養素は個々の代謝経路で処理され、エネルギー物質ATP(アデノシン三リン酸)が産生されます(図1)。このときビタミンB群は、代謝にかかわる種々の酵素の補酵素として代謝を促します。たとえば、ビタミンB1は糖質の代謝、ビタミンB2は糖質・脂質・アミノ酸の代謝、ビタミンB6はアミノ酸の代謝、ビタミンB12はメチオニンなど含硫アミノ酸の代謝などにかかわっています。
エネルギーが必要になった場合には、エネルギー代謝が円滑に行われることが望ましく、そのため常時だけでなく緊急時にも対応するためには、これらの栄養素が常に体内に十分存在しているのが理想です。しかし、ビタミンB群は水溶性のため、体内に保持されにくく、食事からの摂取も不足しがちであるため理想のようにはならず、むしろ足りていないと思われます。
図1 ATP産生のしくみ
2-オキソ酸を指標にビタミンB群の充足度を推定
ビタミンの充足状態を知る方法として、今までは尿中のビタミン排出量を指標にしていました。しかし、尿中に排出されるビタミンは使われていない量を反映するだけで、真の充足度を示すものではありませんでした。
そこで2-オキソ酸という糖質やアミノ酸などの中間代謝産物の尿中排泄量の変動を利用して、ビタミン補酵素が関与する酵素の代謝能力を推定し、ビタミンの充足度を推定する方法を開発しました。その仕組みは次のとおりです。
糖質やアミノ酸などがエネルギーになるには、2-オキソ酸(ピルビン酸、2‐オキソイソ吉草酸など)という中間代謝物がつくられます。2-オキソ酸はビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシン(ビタミンB3)、パントテン酸(ビタミンB5)を必要とする酵素により○○CoAという物質に変化した後、エネルギー産生経路(TCA回路)に進みます(図2)。
これらのビタミンB群が不足すると代謝は途中で滞り、利用されず余剰となった2-オキソ酸は尿中に排泄されます。つまり、エネルギー代謝が正常な場合では尿中2-オキソ酸は比較的低値ですが、代謝が滞ると高値を示します。2-オキソ酸の尿中排泄量の増加は、エネルギー産生経路の滞りを示し、エネルギー産生がスムーズにできないことを意味します。つまり、エネルギー代謝が悪くなるということが示唆されます。
図2 2-オキソ酸代謝にかかわる酵素とビタミンB群
ビタミンB2補給は、ビタミンB群不足による、
2-オキソ酸排泄量の増大を抑制(エネルギー代謝を改善)
上記の理論を利用して、ラットを使ってエネルギー代謝へのビタミンB群充足の影響について調査しました。
(1)方法
成長期のラットを4群に分け(各群ともn=5)、29日間飼料を与えて、最後の3日間の24時間ごとの尿を集め、2-オキソ酸排泄量を分析し、3日間の平均値としてまとめ、比較しました。
4群に与えた飼料は、①通常食29日間、②ビタミンB1、B2、B6、B12低減食(ラットが正常に成長できる最小量のビタミンB1、B2、B6、B12を含む飼料)29日間、③ビタミンB1、B2、B6、B12低減食14日間+(ビタミンB1、B6、B12を補給)15日間、④ビタミンB1、B2、B6、B12低減食14日間+(ビタミンB1、B2、B6、B12を補給)15日間、です。補給したビタミン量は、ラットの体重 1 kgあたり、フルスルチアミン塩酸塩109.16mg、リボフラビン10mg、ピリドキシン塩酸塩100mg、シアノコバラミン1,500μg、としました。
(2)結果および考察
通常食を与えたラットに対し、ビタミンB1、B2、B6、B12低減食を29日間与えたラットで、エネルギー代謝異常を生じることが示唆されました(図3-①、②)*。
次に、補給したビタミンの組成の違いによる影響を比較しました。その結果、ビタミンB1、B2、B6、B12低減食によるエネルギー代謝異常状態においては、ビタミンB1、B6、B12のみを補給したラットでは、2-オキソ酸排泄量が改善傾向を示し(図3-③)*、そこにビタミンB2を補給、すなわちビタミンB1、B2、B6、B12を補給したラットでは2-オキソ酸排泄量が改善しました(図3-④)*。
*図3は2-オキソ酸のうち、分岐鎖アミノ酸由来の分岐鎖2-オキソ酸を測定し作図しています。
図3 分岐鎖2-オキソ酸の尿中排泄量
柴田克己先生 第447回ビタミンB研究協議会発表データ
疲労とビタミンB2
今回の試験ではビタミンB1、B6、B12に加えビタミンB2を補給することでエネルギー代謝の改善がみられました。
先に述べたように、ビタミンB2は糖質・脂質・アミノ酸の代謝にかかわっています。かつてビタミンB2は動物の成長を促すことから、GrowthのGをとってビタミンGと呼ばれていたことがあります。ビタミンB2がこのような働きを持つ理由は、脂質代謝とのかかわりにあると考えています。
一般に、エネルギー物質に利用されやすい栄養素は糖質やアミノ酸で、脂質は疲労時などエネルギー物質の需要がより高まった際に使用されます。ビタミンB2は補酵素型フラビンモノヌクレオチド(FMN)、あるいはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)として脂質の代謝に不可欠です。そのため、疲労時などエネルギー物質の需要がより高まった際には、脂質を効率よく利用できることはとても意義のあることだと思います。
さて、忙しい現代社会では、疲労やストレスが続いて7割近くが疲れたと感じていると聞きます。疲れは、生体の三大アラームといわれ、これ以上の疲労の蓄積は危険だという合図ですので、まずは休養をとることが大切です。一方、疲れの一因はエネルギー不足ですから、疲れを感じたときはビタミンB群を意識して摂取したいものです。確実で実践しやすい方法として、疲労を感じたときには糖質のエネルギー代謝に不可欠なビタミンB1、特に強い疲れを感じるときにはより効率的なエネルギー産生を期待し、ビタミンB1に加えビタミンB2を含む医薬品などを上手に活用していただきたいと思います。