〈話し手〉 柴田 克己 Katsumi Shibata(甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科 教授)
日本人の7割が疲れを感じている今、「適切な対処をしたいと思っても何をしたらよいのか・・・」という方が多いのではないでしょうか。そんな方に疲労対処にかかわる新しい切り口の情報です。ビタミンB2は、生命の源であるエネルギー産生に重要な働きをしていることは前回ご紹介(疲労対処の新常識ビタミンB2の役割)しましたが、実は疲労と関係の深いストレス症状にも関係しているのです。今回もビタミン研究の専門家である柴田克己先生に、新しい研究の結果をもとに、ストレス負荷がかかったときのビタミンB2の作用を考察して頂きました。上手な疲労対処のヒントになるはずです。
細胞の成長に働きかけるビタミンB2
ビタミンは生物が通常に元気に生きていく上で必須の微量栄養素であり、その多くは体内で作ることができないため食物などから取り入れる必要があります。13種類あるビタミンの作用は個々に異なり、そのなかでも、最も重要なエネルギーの供給源となる三大栄養素(糖質、脂質、たんぱく質)の代謝に欠かせないのがビタミンB群です。
ビタミンB群のうち、ビタミンB2は細胞の成長に働きかけることが知られています。ビタミンB2が欠乏すると成長期における発育障害、口角炎、口唇炎、皮膚炎などさまざまな症状を引き起こすという報告1、2)だけでなく、ストレス性潰瘍(胃潰瘍)を悪化させるという報告3)もあります。
そこで実際にビタミンB2の摂取が胃粘膜障害の発生に影響を与えるかについて検討した試験を取り上げ、ビタミンB2の作用について考察したいと思います。
ストレス性胃粘膜障害に対するビタミンB2充足の影響を検討
ラットは強いストレスを負荷されると急性の胃粘膜障害を引き起こすことが知られています。試験は、ラットのストレス潰瘍モデルで行われました。
(1)方法(図1)
図1 試験の流れーストレス性胃粘膜障害へのビタミンB2充足の影響
(アリナミン製薬株式会社 社内資料)
成長期のラットを5群に分け(各群ともn=16)、通常食またはビタミンB2欠乏食で6週間飼育し、ビタミンB2欠乏食群には異なる種類のビタミンを6週間投与した後に、4時間の水浸拘束ストレスを負荷してストレス潰瘍モデルを作製し、胃粘膜障害(出血痕)の長さを測定して群間を比較しました。
各5群の飼料及び投与ビタミンは、通常食群(1群)、ビタミンB2欠乏食群(2群)、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB2投与群(3群)、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB1、B6、B12投与群(4群)、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB1、B2、B6、B12投与群(5群)としました。2群は通常食よりビタミンB2を除去、3・5群に投与したビタミンB2は通常食の約6倍量、4・5群に投与したビタミンB1、B6、B12は薬用量(通常食よりも多量)としました。ビタミンB2はリボフラビン、ビタミンB1はフルスルチアミン塩酸塩、ビタミンB6はピリドキシン塩酸塩、ビタミンB12はシアノコバラミンを使用しました。
(2)結果
胃粘膜障害の長さ(出血痕の長さ)の総和について、ビタミンB2欠乏食群(2群)は通常食群(1群)と比較して有意な延長が認められました(図2)。
また、胃粘膜障害の長さの総和についてビタミンB2欠乏食(2群)と3群を比較すると、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB2(3群)は有意な短縮が認められました(図3)。
さらに、胃粘膜障害の長さの総和についてビタミンB2欠乏食群(2群)と4・5群を比較すると、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB1、B6、B12投与群(4群)は短縮傾向が見られたものの有意差はなく、ビタミンB2欠乏食+ビタミンB1、B2、B6、B12投与群(5群)は有意な短縮が認められました(図4)。
(3)考察
以上の結果から、ラットにおいてビタミンB2の欠乏はストレス性潰瘍における胃粘膜障害を増悪させ、ビタミンB2の補給により胃粘膜障害の増悪を抑制することが示唆されました。また、ビタミンB2の欠乏による胃粘膜障害の増悪を抑制するには、ビタミンB1、B6、B12の補給もよさそうであるが、ビタミンB1、B6、B12の補給だけでなく、ビタミンB2の併用が必要なことが示唆されました。
バラエティに富んだビタミンB2の役割
ビタミンB2が欠乏するとさまざまな症状(成長期における発育障害、口角炎、口唇炎、皮膚炎など)が起こることは明らかですが、そのメカニズムを証明した研究はありません。ビタミンB2の欠乏によりストレス性の胃粘膜障害が増悪し、その抑制にビタミンB2の寄与が大きかったのは、ビタミンB2の3つの役割に基づくものだと考えられます。
1つ目の役割は、エネルギー産生への関与です。ビタミンB2はエネルギーの供給源である糖質、脂質、たんぱく質の代謝にかかわり、重要な働きをしています。特に、ストレスなどで身体に大きな負荷がかかったときにはエネルギーの需要が高まり、エネルギーを多く産生できる脂質の代謝が亢進されます。脂質の代謝に不可欠なのがビタミンB2で、不足するとエネルギー産生が滞ることが知られています。ストレス性の胃粘膜障害は、粘膜修復のために通常よりも多くのエネルギーを必要とすると考えられ、ビタミンB2不足によるエネルギー産生の滞りは胃粘膜障害の増悪を引き起こす原因の一つとして考えられます。
2つ目の役割は、抗酸化系への関与です。身体には酸化ストレスに対して防御する役割が備わっており、それを抗酸化系と呼びます。細胞内における主要な抗酸化物質であるグルタチオンは、グルタチオンレダクターゼという酵素により抗酸化を示す形に変換されます。ビタミンB2は、グルタチオンレダクターゼの補酵素として機能し、酸化防御に役割を果たしています。ストレス性の胃粘膜障害が発生すると、そこには炎症が起こり酸化物質が増え、粘膜の修復が阻害されることが考えられます。そのためビタミンB2不足による、抗酸化能の低下は、胃粘膜障害の増悪を引き起こす原因の一つとして考えられます。
3つ目の役割は、アルデヒドオキシダーゼなどの酸化酵素への関与です。酸化酵素は、生体に不必要な物質を体外に排出しやすい形に変える役割をしており、つまり細胞の解毒を促しています。ビタミンB2は、酸化酵素の補酵素であるため、酸化酵素が解毒を行うために必須な栄養素と言えます。ストレス性の胃粘膜障害が発生すると、そこには不必要な物質が増え、粘膜修復を阻害すると考えられます。ビタミンB2不足による、解毒機能の低下は、胃粘膜障害の増悪を引き起こす原因の一つとして考えられます。
まとめると、水浸拘束というストレス状態にあったラットは通常よりも多くのエネルギーが必要であったにもかかわらず、ビタミンB2の欠乏により代謝が不完全になりエネルギーが不足し、また細胞の抗酸化や解毒といった作用も十分に機能せずに胃粘膜障害が増悪し、ビタミンB2の投与群によりその抑制がみられた、修復できたのではないかと考察しています(図5)。
図5 胃粘膜障害の修復阻害のイメージ
身体に負荷を感じたらB2も含めたビタミンB群の活用を
変化の目まぐるしい現代社会では、ストレスに悩む人も少なくありません。ストレスを感じると、身体はさまざまな反応を起こしますが、疲労もその一つです。日本人の7割近くが疲れを感じているのは、ストレス社会を象徴しているのかも知れません。身体にストレス負荷がかかると多くのエネルギーを必要とし、代謝回転の速い粘膜などはエネルギーが不足しやすく障害が生じやすくなります。そのため疲労に伴い口内炎や肌荒れなどがあらわれやすくなるのです。疲労を感じたときは、まずは休養をとることが大切ですが、エネルギー要求量の高まりに応じてビタミンB群などの栄養素を上手に摂取することをおすすめします。
今回の試験では、水浸拘束というかなり強いストレスを与えています。ビタミンB2が不足している状態では、ビタミンB1、B6、B12を摂取することにより胃粘膜障害を抑制する傾向を示してはいるものの、その効果は十分であったとは言えません。特に強いストレスなどで疲労を感じているときには、さらにビタミンB2を意識して摂ることの意味を示したと考えています。
確実で実践しやすい疲労の対処法として、疲労を感じたときには糖質のエネルギー代謝に不可欠なビタミンB1、特に強い疲れを感じるときにはビタミンB2のバラエティに富んだ役割を期待して、さらにビタミンB2を含む医薬品などを上手に活用していただきたいと思います。
【参考文献】
1)Rivlin RS. Riboflavin(vitaminB2). In Handbook of Vitamins. 4th ed. Robert BR. CRC Press. 233-251. 2007
2)Kennedy DO. B vitamins and the brain:mechanisms, dose and efficacy–a review. Nutrients. 868. 2016
3)川村武ほか:ラットストレス実験潰瘍とビタミンB2. 日本消化器病学会雑誌. 85(8)1459-1465. 1988