ムラサキバレンギク
(英名:Echinacea エキナセア) Echinacea purpurea Moench
MERS(マーズ)と呼ばれる中東呼吸器症候群が今年5月後半から話題にあがり始めた。それは瞬く間に広がって6月にはお隣の韓国で深刻な状況が出現した。記憶をたどれば、MERSに似た名前で2002年から2003年にかけて中国で流行したものにSERS(サーズ)があるが、MERSもSERSもコロナウイルスという種類のウイルスが感染することで発症する呼吸器症状を主とする感染症である。発症してしまうと有効な治療薬がないため、流行が報道されるとまずは感染しないように防御対策を考えることになる。マスク着用やうがいと手洗いの励行などで物理的に防御することが勧められるが、それにプラスアルファとして身体の免疫力を高め、少々のウイルスが体内に入ってきてもそれらを滅する抵抗力をつけておこうと考えると、エキナセアのサプリメントに思い至る。
エキナセアは、日本薬局方の医薬品各条に収載されている生薬ではなく、日本ではいわゆる健康食品として利用される植物素材である。花期は梅雨時から初夏にかけてだが、表紙写真をご覧いただいてもわかるように、鑑賞用としても使えそうな可憐で大きな花をつけるキクの仲間である。キク科植物は北アメリカ大陸原産のものが多いのだが、エキナセアも御多分に洩れず、もともと北アメリカ大陸の草原の中に生えていたものである。そして平原インディアンと呼ばれる、遊牧主体の生活をしていたネイティブアメリカンの部族が、他のどんな植物よりもはるかに薬用に重宝していた植物であるらしい。すなわち、エキナセアは北アメリカ大陸の伝統薬のひとつなのである。
平原インディアンは、エキナセアの根をそのままよく噛んで吸う、あるいは茶剤のように抽出して利用し、ヘビに噛まれた時、クモに刺された時、癌、歯痛、火傷、難治性の外傷、インフルエンザ、風邪など、多岐にわたる目的に使用していたという。これらの効果・効能は、科学的な実験で裏付けデータがとられているものも多いが、近年のアメリカではもっぱら風邪やインフルエンザに予防効果のあるサプリメントとして、またこれらの発症初期に服用すると症状が軽くてすみ、特に呼吸器の炎症を抑えることができる植物薬として人気がある。根のほか全草が使われる場合もあり、エキス、軟膏、チンキの各剤形で、外用にも内服にも使われている。
冒頭のMERSやSERSは発症すると呼吸器症状が顕著であるということだが、そうするとエキナセアは感染予防にも、また万が一感染した場合の症状緩和にも効果がある、魅力的な植物素材といえるのかもしれない。ただし、日本では医薬品としての取り扱いはないので、利用には十分な配慮が必要である。
解説:伊藤美千穂(京都大学大学院) 撮影場所:京都薬用植物園