オタネニンジン
ウコギ科 Araliaceae (生薬名:人参・紅参、Panax ginseng C.A.Meyer)
「薬用人参」「高麗人参」「朝鮮人参」「御種人参」- これらは同一の生薬の呼び名である。いずれも名前の後半は「人参」であるが、これは現代日本でおなじみのニンジン、すなわち橙色で煮物やカレーに入っている野菜のニンジンとは異なる、生薬のニンジンである。野菜のニンジンよりも生薬のニンジンのほうが日本での歴史は古く、後から輸入された野菜のニンジンは、色や形、そしてにおいが生薬のニンジンに似ていたため同じ名前が付与されたと言われている。以下、「ニンジン」は生薬のニンジンのことである。
前出の4つの名称の中で「御種人参」というのは、江戸時代、特に徳川吉宗の時代にニンジンの栽培が奨励され、幕府直轄の薬草園で採られたタネが全国に分与されて栽培が勧められたことから、将軍さまに頂戴したタネのニンジンという意味でついたものである。ニンジンの栽培は技術的に簡単ではないのだが、この幕府推奨という背景もあって広まり、一時はニンジンが外貨獲得のための重要な輸出品になるほど盛んであった。しかし、現代では国内のニンジン栽培地は長野県や島根県大根島などごく一部の地域に残るのみで生産量は少なく、日本で薬用に消費するニンジンはほぼ100%が中国や韓国からの輸入品である。
ニンジンは滋養・強壮の効果が強く、日本の伝統医学である漢方でも、普段から体力に自信がないというような、どちらかといえば虚弱体質気味の人を対象にしたさまざまな処方に配合されている。また、病気で体力が低下した人にも有効であるとされており、医療の現場でも、疾病が原因で、あるいは薬物治療の副作用などで体力が低下した状態の患者さんに、ニンジン入りの漢方薬が投与される場合がある。さらに、もともとの処方にはニンジンは配合されていなかったが、滋養・強壮等の効果を付与するためにあとからニンジンが加えられた当帰芍薬散加人参のような処方や、薬用人参配合八味丸などの製剤もある。
ニンジンに特徴的な成分としては、ジンセノシドと総称されるサポニンが挙げられる。細かい構造が少しずつ異なる多種類のジンセノシドが含まれており、それらをひとつずつ取り出して実験すると、それぞれ異なる薬理活性が検出される。中には、ある2種類のジンセノシドが互いにまったく反対の作用を、例えば、ひとつは血圧を上昇させる作用を、他方は血圧を降下させる作用を示すような場合もある。そんな多様な活性をもつジンセノシドがニンジンには少しずつ含まれ、服用した人の身体のあちらこちらにうまく働きかけることでしっかりとした効果が発揮されるのだろう。
ニンジンの効果があらたかであるせいだろうか、ニンジンの人気は昔から衰えることがない。
独特のにおいが苦手とおっしゃる方もあるかと思うが、例えば韓国や中国では、煎じて薬として服用するだけでなく、普段の料理や菓子などにもたっぷりとニンジンが加えられたものがたくさんある。韓国料理の参鶏湯をはじめ、人参茶や人参飴などは海外旅行のお土産としてもよく見かけるものである。
料理や菓子の材料にニンジンが使われる時には、ニンジンは食品として扱われている。しかし、ニンジンが漢方薬に配合される時には生薬、つまり医薬品として扱われている。生薬の中には、桂皮(シナモン)、甘草(リコリス)など、ニンジンと同様に、医薬品、食品、両方の取り扱いがあるものが相当数ある。医薬品と食品とでは、取り扱いの基本となる法律がまったく異なるが、医薬品とされる場合には健康保険等との関係から価格面での自由度が小さいことが多いため、日本産ニンジンは高品質であるにもかかわらず漢方薬に配合される機会がほとんどないのが現状である。では、量的には多くないとはいえ、毎年日本で栽培・収穫されたニンジンはどこへいってしまうのだろうか。答えは「ニンジンが大好きな富裕層向けに輸出されている」のだそうだ。
解説:伊藤美千穂(京都大学大学院) 撮影場所:京都薬用植物園