シャクヤク
ボタン科 Paeoniaceae(生薬名:芍薬)Paeonia lactiflora Pallas
芍薬といえば、観賞用の美しい花というイメージが一般的だと思われる。最近は、海外で改良されたピオニーという名前の一見薔薇かと思うような花弁の多いタイプの切り花もよく見かけるようになった。この芍薬、もともと中国原産のものが日本に輸入され、栽培化が進んだのは観賞用ではなく、生薬として利用するためだったと思われる。花の美しさにおいて芍薬と並び賞せられる牡丹も実は同様に、古い時代に薬用として導入されたものである。
芍薬は根を生薬にする。独特のにおいがあって、かなり固く締まった感じの根である。特有のにおいのもとは含まれる二次代謝産物で、ぺオニフロリンやペオノールなどの化合物である。二次代謝産物とは植物が体内で合成する様々な化合物をさすが、それらはその植物自身が生きていくのに必ず必要な化合物ではない。その化合物が作れなくても生きていくだけなら差し支えないはずだったが、なにかの場面でその二次代謝産物を作っていたことが有利に働いたので、作っていなかった個体は生き残れなかったが作っていた個体は生き残った、そのためにその二次代謝産物を作る能力が子孫に受け継がれて残ってきた、と考えられるものである。
また、二次代謝産物は植物ごとに特徴的な構造を持つ化合物である場合が多く、近縁なものは類似した構造の、あるいは全く同じ構造の二次代謝産物を蓄積していたりする。さらには、これら二次代謝産物には生物活性を示す化合物が多く、ひと昔前までは医薬品開発の出発物質となる化合物は植物の二次代謝産物であることが非常に多かった。
生薬のシャクヤクに含まれるこのにおいのする化合物たちも、芍薬にとってどういう働きのあるものなのかはわからないが、葉で合成されて根に運ばれて蓄積されるらしく、葉や茎からも検出されるが、特に根に多量に含まれている。そして実験的にペオニフロリンなどを動物に投与すると、鎮静、鎮痙、平滑筋弛緩などの作用が観察されたという報告がある。
芍薬の根を生薬として使おうとする場合は、シャクヤクに特徴的なこれらの化合物、特にぺオニフロリンが十分量含まれていることを確認してその品質を担保する。しかしこれはぺオニフロリンだけがシャクヤクの有効成分であるからというわけではなく、シャクヤクに特徴的な本成分を検出することで、それが真にシャクヤクであることを保証し、その含量が十分であればその他の成分も満足に含まれているということが経験的にわかっていることに基づいている。シャクヤクに限らず生薬の場合は、有効成分は1種類の化合物ではなく、含まれる多種多様な成分が混然一体となって有効成分として働くと考えた方が理にかなっているのである。
さて、このシャクヤクであるが、漢方処方では芍薬甘草湯、当帰芍薬散、葛根湯など非常に多くの種類(日本で汎用される漢方処方の約3分の1)に配合されており、処方中では、鎮痛、鎮痙、鎮静、抗炎症などの作用が期待されると言われている。配合される処方数が多いので我が国での使用量は多く、常に使用量ランキングの上位5位以内に入っており、平成26年度の使用量は約1,464トンほどである(日本漢方生薬製剤協会調べ)。生薬を扱う者にとってはシャクヤクは主要な品目であり、根が主役なのである。今後は読者の皆様も、美しい芍薬の花を愛でながら、地下にある根に想いを馳せていただけたら、と思う次第である。
解説:伊藤美千穂(京都大学大学院) 撮影場所:京都薬用植物園