ダイオウ
タデ科:Polygonaceae (生薬名:大黄)Rheum coreanum Nakai × R.palmatum Linn.
日本の大学薬学部・薬科大学には必ず薬用植物園が設置されている。多くの園では教育と研究に使う薬用植物が少量ずつ多種類植栽されており、カンゾウ(甘草)やマオウ(麻黄)など日本原産ではないものでも、教育上重要と考えられるものについては、どうにかこうにか維持しているという場合が多い。しかし、各薬用植物園の管理担当者がそれぞれに苦労してもなかなか日本では生育させることが困難な薬用植物がいくつかあって、その一つがダイオウである。
ダイオウは高い山の斜面に生育し、日差しは強くても冷涼で乾燥気味の気候を好むらしいので、高温湿潤な日本の梅雨から夏の季節に耐えきれないようである。このため、平地にあることが多い大学の薬用植物園等では維持がほぼ無理な状態となる。つまり、薬学生も生薬学の授業で生薬としての大黄は必ず学習するが、その基原となる植物を生で見る機会はほとんどないのが現実である。ダイオウの薬用部位は根茎、つまり地下部であるが、その新鮮なものは断面が黄色く、乾燥させても黄色い。また、非常に強い特徴的なにおいがある。
日本で生薬としてまた生薬製剤の原材料等として使用される大黄は、日本漢方生薬製剤協会の資料によれば、年間約300〜400トンほどであり、その大部分は中国からの輸入品で賄われている。しかし、そのほかに量的には多くはないが日本で生産されている大黄がある。日本の気候でもなんとか生育できるように、薬用のダイオウの仲間どうしを交配して作り出されたシンシュウダイオウ由来の大黄である。
使用する原材料の70〜80%を中国一国の産品に頼っている日本の漢方薬・生薬製剤類の現状を考えると、日本産原料がゼロというのと、少しでも国内生産実績がある、というのとでは大きな違いがあるといってよいだろう。日本に育てる種苗とノウハウがある、のである。地球規模の環境変動が顕著になり、また名古屋議定書が発効するなど、天然資源の安定供給を考える際の不安要素ばかりが増える昨今では、国内生産の可能性はこれまでよりもずっと重要性を増しているといえるだろう。特に大黄は野生資源の採取による利用がまだまだ多い生薬であるといわれており、輸出国が資源保全を図ろうとすれば、たちまち日本は原料不足に悩まされることになるのである。
大黄は大黄甘草湯をはじめ各種の漢方処方に配合される重要な生薬の一つである。大黄に期待される主な薬効としては、瀉下作用(便秘解消作用)が一番に挙げられることが多く、含まれるセンノシド等の成分が大腸に作用して効果が現れるとされる。他方、大黄に含まれる成分で含有量が多いものとしてはタンニン類が挙げられる。タンニン類は収斂作用が強く、止瀉作用(下痢止め作用)等が期待される成分である。つまり、相反する作用が期待される成分がそれぞれ主要成分として一つの生薬に同居しているわけである。
漢方では大黄は駆瘀血(クオケツ)作用が期待される生薬の一つとされている。駆瘀血作用とは、漢方の概念でいう血(ケツ)の巡りが滞った状態(=瘀血)を解消する作用であると説明されるが、医学的所見の詳細等については漢方の教科書を参照されたい。一般的に、医薬品の効果効能は、含有される成分一つ一つの作用を積み上げていくことで説明できるが、生薬の場合はこの方法が通用しないことが非常に多い。含まれる成分の種類があまりにも多いからである。大黄の駆瘀血作用についても例外ではなく、前述のセンノシドやタンニン類など含有成分の個々の薬理作用をひもとき、それらを重ねてみても、大黄という生薬の薬効の説明は完成しないのである。今後、科学のさらなる発展とともに人工知能やビッグデータの利活用が進めば、網羅的解析の結果から生薬の薬効をクリアカットに説明できる時がくるのだろうか。興味津々である。
解説:伊藤美千穂(京都大学大学院) 撮影場所:北海道