屠蘇散
冒頭から質問で恐縮なのだが、みなさんの意識の中では「屠蘇」がさすものは次の3つのうちのどれだろうか。
(2)元旦の一番初めに口にする液体のことで、水かお酒であることが多い
(3)屠蘇散という配合薬を酒またはみりんで抽出したもの
何番を選ばれただろうか。筆者が勤務する大学の学生たちに聞いたところでは、(1)と答えた者が最も多く、次いで(2)、そして(3)と答えた者はわずか数名であった。
筆者の実家では子どもの頃から毎年、元旦の朝に、この時しか使わない屠蘇器に入った、香りの強い薄黄色の屠蘇を、年齢の若い者から順に「新年おめでとうございます」といただく儀式なしには正月は始まらなかった。つまり、当方では(3)が屠蘇であった。言葉の定義は時代の移り変わりとともに変化するものであるというが、学生たちによれば、元旦に儀式的にお酒は口にするし、それを屠蘇と呼ぶが、これに生薬は入っておらず、普通の日本酒であるという。どうやら屠蘇は形式だけが残って中身が変化してきているようなのである。
屠蘇散は華佗という古代中国の名医が考案したと伝えられる処方で、日本には平安時代に伝来したといわれる。
邪気を屠り、心身を蘇らせる効果があるということから、正月にその一年の無病息災を願って服用するのである。
処方の構成生薬や量については諸説あるが、乾姜(ショウガ)、桔梗、桂皮(シナモン)、山椒、朮、丁子(クローブ)、陳皮(ウンシュウミカン)、防風、などが配合されることが多いようである。これらの多くは香りのある生薬で、発汗や解熱、また健胃作用が期待できるというが、よくみれば普段から香辛料や食材としても利用する馴染みのあるものがほとんどである。
配合生薬のうち、朮と防風は聞き慣れない名前かもしれないが、それぞれキク科のオケラの根茎とセリ科植物の根および根茎である。上に挙げた8種類の生薬の中でもこれらは医薬品としてのみ使用が許される生薬で、屠蘇散の中にこれらを含んでいる場合は法律上、スーパーのレジ横で食品や嗜好品として販売することができない。そこで最近では、朮をオケラの葉茎に、防風をハマボウフウに、すなわち医薬品に使用が限定されない素材に取り替えて配合し、レジ横に並べられる商品としているメーカーもあるようである。
日本古来の健康を意識した習慣のひとつである屠蘇散入りの祝い酒。来る新年は邪気を屠り、心身を蘇らせる効果をご自身で体感してみられてはいかがだろうか。
屠蘇散に使われる薬用植物